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<title>小説『森一族』</title>
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<description>戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20</description>
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<title>第三十五話：「予兆（二）」</title>
<description> 「与三様、お久しゅうございます。長井殿はお留守のようでございますね。」蓮台村からやって来た近松は森与三に差し向かい、非常にゆったりとした口調で答えた。与三は驚いた顔をした。「まさか蓮台にまで隼人殿の話が届いているわけじゃなかろうな。」「話とは何のことでございますか。何か、あったのでしょうか。」それよりも与三は近松の顔が曇っているのが気になる。「判らぬならよいのだ。新五、何か嫌な報せなのか。」「いえ
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<![CDATA[ <span style="font-size:large;">「与三様、お久しゅうございます。長井殿はお留守のようでございますね。」<br />蓮台村からやって来た近松は森与三に差し向かい、非常にゆったりとした口調で答えた。<br />与三は驚いた顔をした。<br />「まさか蓮台にまで隼人殿の話が届いているわけじゃなかろうな。」<br />「話とは何のことでございますか。何か、あったのでしょうか。」<br />それよりも与三は近松の顔が曇っているのが気になる。<br />「判らぬならよいのだ。新五、何か嫌な報せなのか。」<br />「いえ…あの…。」<br />その時、武藤が与三と近松の立ち話に近づいてくる。<br />「与三様、何かよからぬことでもあったのでございますか。」<br />武藤が近松と与三の顔を交互に覗きこむと、近松は一呼吸置くようにして切りだした。<br />「…大殿(可行)にお子様が…つまりは、与三様の妹君がお生まれになりました。」<br />まるで想定外の話をされて与三はつい口に手をやった。<br />「…親父はいつの間に…。何も知らなんだ。」<br />三人はしばらく沈黙したが、その後、武藤が高笑いして懐から扇子を出して広げてはしゃいだ。<br />「いや、いや！何とも何ともおめでたいことではござらぬか。与三様に妹君がお生まれになったとは。蓮台城に花が咲いた。お名前は何とおっしゃるのか。」<br />「お鍋さまと申されます。」<br />「おっほ。お鍋さま。与三様がとうとう兄上様になられた！」<br />　武藤がおどける中、近松は笑いもせずに視線を下に落とす。与三はそれを見逃さない。近松は、与三のことが恐ろしいのか悲しいのか、ただ、この場の武藤の喜びように心が耐えきれぬ様子でようやく唇を開いた。<br />「申し上げにくいのですが…お立さまが嫁がれました。」<br />自分に妹ができた話の次にこの話。与三は何かにガツンと頭を打ちのめされた気がした。しかし、今の言葉がよく聴き取れず、いや、聞き取れたのだが、何かの聞き間違いと思い、近松に向かって首を前に突き出した。<br />「え…。何と申したか。お立がどうしたのだ。お立が嫁いだと言うたか。」<br />「申し訳ございません。お立さまにはもう、どうしようもなかったのです。」<br />「お立が…。」<br />「昨日の事にございます。」<br /><br />　与三の頭は一瞬で真っ白になった。<br />お立とは確かに最近は連絡も滞っていたが、愛情を確認しあい、いつか嫁に迎えると約束までして、それを蓮台村の者たちもよく知っていたので…青天の霹靂だった。<br />「お立さまの父上が…大殿に訴え出られて、お二人が別の方との縁談をお決めになってしまわれました。」<br />与三の眼球が左右に小刻みに動く。<br />「親父は儂に何の相談も無しに、お立を嫁に出したのか。」<br />「お立様はこのままでは二十五におなりです。与三様は蓮台村に戻ることもなく、かと言ってこちらにお招きになることもないので、お立さまのお父君がご心配になって大殿にご相談にあがったのです。」<br />　自分の事で父親に相談に行かれるなど、与三にとっては屈辱どころではなない。ただでさえ、親父に対しては馬鹿にされたくないという意地がある。<br />与三は足元がフラついた。<br />「もう、お立は嫁いでしまった後なのか。もう、どうにもならぬ話なのか。」<br />「もう…遅いのです。」<br />近松は頷いた。<br />「そなた。どうしてそうなる前に儂に報せてくれなかったのだ。お立も、どうして逃げてこなかったのだ。」<br />　与三の心にフツフツと怒りがこみ上げて来てだんだんと歯ぎしりが激しくなる。関節が白くなるほどに強く拳を握った。<br />「これは許されぬことだ。今からお立を取り戻しに行くぞ。相手の男にも一太刀浴びせてやる。」<br />その言葉に、近松も、武藤も仰天した。<br />次の瞬間には与三は「馬だ、馬だ！」と叫びだす。長井屋敷に居た者達は、長井隼人の身に何かがあったのかと青ざめて飛び出し、与三を取り囲んだ。<br /><br /><br />　さて、一方、長井隼人は稲葉山城下の斎藤道三の屋敷を訪問した。<br />道三は隼人に対面するがその顔は眉根にしわを寄せていたく機嫌が悪い。<br />「隼人。そなた謀ったな。」<br />突如として言い放ち、道三は隼人を睨んだ。<br />「何のことかは存じませぬ。」<br />隼人はサラリと答えた。<br />道三は歯ぎしりして舌打ちする。<br />「今や皆が儂の陰口を叩いておるわ。そなたに、そして義龍にまで儂が毒を盛ったと。」<br /><br />　隼人は上座に座る道三に にじり寄った。その顔を道三の右耳に近づけてそっと語り出す。<br />「そのような根も葉もない噂が立っているとは。しかし、それはお屋形様自らが人を謀って虐げ続けてきたからに他なりませぬ。私はお屋形様の用意した宴で毒を盛られて死にかけたのですぞ。まことに一時は心中お屋形様をお疑いしましたが、今は、そうではないと信じております。少しは私の身体をお気づかいくださいませ。そしてお屋形様自ら下手人を探し出してそやつを捕らえてくださいませ。」<br />その隼人の言葉に道三はしばらく沈黙していたが、<br />「隼人、そなた儂がそんなに恨めしいのか。」<br />とこぼした。隼人は信じられぬという形相で首を振る。<br />「仰せの意味がまったく判りませぬ。」<br />「下手人はそなただ。毒を飲んだというのはそなたの狂言に相違あるまい。なにゆえ身体を張ってまでして儂を落としいれたいのか。」<br />道三のその一言に、隼人はますます驚いた顔をして取り乱し、感情を押し殺しつつ声を振り絞った。<br />「今日は私を案じての優しいお言葉をかけてもらえると勝手に思うておりました…。それが、まさかこの私をお疑いになるとは夢にも思いませんでした。こんなことなら、いっそあの毒であのまま死んでおればよかった。それがお屋形様の望みと言うなら、死んでおればよかった。」<br />道三は隼人の言葉に含まれた劣等感を見逃さなかった。<br />「そなたは一体何がしたいのだ。儂はそなたが一番可愛いし、大事に思っておるからこそ国の半分とも言える東美濃を与えたのだ。それでも満足できぬのか。」<br />道三は手を伸ばして、隼人の肩を優しくなでた。大きな手だった。<br />「隼人…。もしやそなた、それでもまだ不服で斎藤家を継ぎたいのか。」<br />道三のその一言に、隼人は両眼を見開いた。道三に傾けていた身体を真っ直ぐにして居住まいを正す。<br />「ご冗談を。それこそご冗談を。なぜ、そうお疑いになるのですか。」<br />隼人は自ら息を落ち着かせようとつとめて話し続けた。<br />「お屋形様はこの世に生きるどのような生き物も野心満々だと思って、私の事までそのように考えておいでらしいが、私は今の長井隼人佐が好きでございますから。斎藤家を継ぐのは義龍殿以外ありえないとも思っております。」<br />その隼人の言葉に道三は怒りに身を震わせた。<br />「やめよ。義龍の一件にそなたが立ち入るでない。」<br />「今逃げていても、この先遠からずこの事に向き合わねばならなくなるのです。いや、お聞かせしずらいお話ではありますが、私が毒で寝込んでいた間、実に多くの思いがけぬ方々が見舞いにおいでになりました。そこで実にいろいろな話を致しましたぞ。いや、皆口をそろえて言うには、何か些細な事でもあれば自分たちもお屋形様に殺されるのではないかと…皆皆、怯えておいで、ならばいっそ…と…きっと、皆、その足で義龍殿の元にもお見舞いに行かれたはず。」<br />「何？」<br />　あまりにも無礼な隼人の言葉に、道三は血走らせた両眼をカッと見開いて憤怒の表情を見せて立ち上がった。隼人はそのまま逃げるように部屋を出て「小次郎！小次郎よ！」と叫び、間もなく現れた西村小次郎の腕をつかんでそのまま急いで道三の屋敷を退出した。<br /><br />　隼人が再び馬の背にまたがり屋敷への道を戻れば、夕暮れは天いっぱいに黄金色に輝いて、下界をあまねく赤に染めている。隼人は先ほどの興奮が治まらずに息があがり、そして小刻みに唇を震わせていた。小次郎は馬上の隼人の姿を心配そうに見上げていた。<br /><br />　その帰り道に、与三が棒のようになってどこぞに向かってフラフラと歩いていた。隼人は心中それどころではなかったが、与三が隼人の存在を気にも留めずに横切り、供も連れず、しかも顔がひどく殴られて赤いあざだらけなのを見れば、驚いて馬を回して与三の前に立ちふさがらずにいられなかった。<br />与三が腫れあがって開かなくなったまぶたを押し上げるようにしてようやく隼人の姿を認めれば、もうどうしてよいのか判らぬという顔つきで、「ご無事でしたか隼人殿…。」と与三は安堵のため息をつきながら前にのめりそうになる。「おお、小次郎殿も戻られてきたのか、よかったの。」与三は小次郎の姿を見てそう言い、一人で納得したかのようにうん、うん、と頷いた。そしてそのまま手綱をつかんだ隼人の拳に手を伸ばす。<br />「隼人殿、拙者はこの上は、生涯一度のよき敵にめぐり会いたい。ただひたすら、よき敵にめぐり会いたい、今はもうそれのみでござる。今なら、どんなに厳しい合戦でも受けて立ちましょう。」　<br />何の脈絡もない与三の突然の言葉に、隼人は呆気に取られて首を傾けた。<br />「そなたらしゅうない。さては女と何かあったのか。」<br />実にあっさりと隼人に見破られて与三はその場で叫び出しそうになった。<br />「与三…かような時は、わめかず騒ぎ立てずに、一人でじっと静かに堪えておるのがよい。」<br />隼人の馬がブルルと鳴いて、生温かくて臭い息が与三の顔にかかって、与三は気持ち悪くて吐きそうになった。隼人は、そのまま小次郎を伴い、屋敷へと戻って行った。<br /><br />　日没に近づいて、稲葉山の山の端はますます暗くなり、城の周りにはかがり火が灯され始める。<br />長井隼人の後姿を見送りつつ、与三はどうしようもない自分に滂沱の涙を流した。<br /><br /></span> ]]>
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<dc:subject>第一部　森可成編(9/20-)</dc:subject>
<dc:date>2009-10-10T15:08:13+09:00</dc:date>
<dc:creator>うきき</dc:creator>
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<title>第三十四話：「予兆（一）」</title>
<description> 　　いくら長井隼人が毒に倒れた事を斎藤義龍や自分の家臣に口止めしようが、それはたちまち稲葉山じゅうの人の口の端に登った。本当に稲葉山じゅうに噂が広がったのだ。　そして誰も口にまで出さぬがその噂には十分「斎藤道三の仕業では。」という前提が含まれていた。　今の今まで「独断専行の斎藤道三に遠慮なしに何でも言えるのは家中で唯一”長井隼人様”だけ。」であったが、「もはや隼人様の善言すら耳に入れることができなく
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<![CDATA[ <span style="font-size:large;">　<br />　いくら長井隼人が毒に倒れた事を斎藤義龍や自分の家臣に口止めしようが、それはたちまち稲葉山じゅうの人の口の端に登った。本当に稲葉山じゅうに噂が広がったのだ。<br />　そして誰も口にまで出さぬがその噂には十分「斎藤道三の仕業では。」という前提が含まれていた。<br />　今の今まで「独断専行の斎藤道三に遠慮なしに何でも言えるのは家中で唯一”長井隼人様”だけ。」であったが、<br />「もはや隼人様の善言すら耳に入れることができなくなったとは。」<br />「まさか自分の弟の食事にまで毒を盛るとは…。」と人々は肝を冷やした。<br />その噂に「どうやら義龍様の食事にも毒が盛られたのだ。義龍様はそれを知って食事にお手をつけなかったらしい。」という話が加わるのには時間はかからなかった。<br /><br />　隼人は体調が回復してからは自分の屋敷に帰って行ったが、義龍は毎日見舞いにやって来て、あれこれと隼人の話し相手になって一日を過ごす事も少なくなかった。<br />　そのうちにその事実を聞きつけて、思い切って隼人に見舞いに行く者もチラホラ出てきた。それでも隼人は笑顔で言い張った。<br />「どうも日々の無理がたたって身体を壊したようで…しかし、私がこれほど心配されていようとは、何と有り難いことだろう。」<br />　誰かが隼人の見舞いに行ったと聞けば、他の誰かが大慌てで隼人の見舞いにかけつける。<br />　隼人と義龍の親密度が増してゆき、稲葉山家中の重臣達が（恐らく道三には黙って）長井屋敷を訪問する機会が増すにつれ、だんだんと長井隼人の左右はそういった人々で固められ、森与三も隼人に呼ばれる機会が減り、日々やってくる稲葉山の情報も与三の中では滞ってきたのだった。<br /><br />　与三は蚊帳の外＿＿＿。そう言うにふさわしい状態になってきた。<br /><br />　与三は内心イライラしつつ武藤と長井屋敷の厩舎で将棋を指していた。厩舎とは馬をつなぐだけの場所ではなく、ここに皆が寄りあってきて、馬の前の台で将棋を指したり、碁を打ったり話をして遊ぶ。、<br />「おわ！また与三様に雪隠攻めにされてしもうた！！！」<br />「五郎…もう、おしまいにしよう。お前が弱いから儂はまったく面白うない。」<br />「次は『飛車』も『角行』も外していただければ。」<br />「それでも儂が勝つからもう嫌だ。」<br />奥で将棋を指している別の者が手を挙げる。<br />「森どの、次は儂とやろう。そこそこ強いからの。」<br />「おう。」<br />与三は武藤を置いたまま席を立って彼らの対局を見に行った。<br />心の中では思っていた。<br /><br />「儂はこんなところで何をしているのだろうか＿＿。」と。<br /><br />将棋を指しつつ、誰かがあけっぴろげに話し始めた。<br />「そう言えば、皆が隼人様は毒を盛られたと申しておるが、本当なのか。森どのはあの時ご一緒だったのだろう。」<br />厩舎にいた者たちは青ざめるも半分、将棋どころではなく手を止めて顔をあげた。与三がどんな答えを返すのか待っている。<br />「いや。確かに一緒にいたが、医師も東美濃に詰めた時の疲れだろうとの見立てだった。」<br />「いやいや信じぬぞ。それは嘘なのだろ。本当の所はどうなのだ。」<br />「儂はそういう事には詳しくない。憶測で物を言うて間違っていたら困る。」<br />与三は厩舎の窓から隼人の屋敷を眺める。自分の足元では、皆がささめき合う。<br />「しかし、こう毎日見舞いが来て誰かが入り浸っておれば、逆にお屋形様の不信を買うのではないか…。」<br />「有りうるなぁ。」<br />「しかし、おかしいよな。隼人どのは昔からお屋形様のことを決して”兄上”とは申されぬ…。」<br />「それは、また別の話であろうに。」<br /><br />　その厩舎へ、長丁がやってきて、隼人の馬を出して鞍をつけ始めた。皆がそれを見る。<br />「隼人殿がお出かけなのか。」<br />「はい。お屋形様のお呼び出しとのことで急いでおりますれば…。」<br />馬丁は急いで準備している。<br />「え…。お屋形様に呼び出された。」<br />皆がその事に驚き立ちあがって、厩舎から出た。<br />屋敷の玄関口には、既に隼人が出かける支度をして姿が見えた。<br /><br />厩舎にいた皆がせっつく。<br />「お屋形様に毒を盛られたと皆が言っておるのに、稲葉山にお出かけあそばされるのはおやめになった方がいい。森殿、お止めなされ。」<br />「儂？」<br />　与三は隼人の所へ歩いて行った。隼人は玄関先に腰をかけて草履を履かせてもらっている。玄関口から与三の影が差した。<br />「与三。そなたは留守をしていてよいぞ。」<br />隼人は笑って言う。<br />「しかし。」<br />「私がずっと寝ついていたせいで変な噂が立っておる。お屋形様の呼び出しはそのことであろう。中には私がお屋形様と仲違いしたと思って味方につくと見舞いの席で言った者までいる。このままにしておく訳にはいかん。私が動かねば、斎藤家をまとめることができぬ。」<br />馬の用意ができた事を知ると、隼人は立ちあがって玄関を出た。<br />厩舎にいた者も皆、心配して隼人に寄って取り囲む。お出かけなさいますな、と言って首を振る。<br />「皆の心配は有り難いが、何一つ心配することはない。身体の調子も良くなったし、何よりお屋形様のことで変な噂が立つのが耐えられぬのだ。私や義龍殿がお屋形様と仲の良い所を見せれば、皆が安心するであろう。」<br />「せめて森どのをお連れ下され。」<br />誰かが与三の背後でそれを言うと、隼人は笑った。<br />「義龍も立ち会ってくれる。心配いらぬ。」<br />「え…義龍どのが…。」<br />それはますますお止めになったほうがよい＿＿。と、皆、咽元まで言葉が出かけていたが、そこはグッと飲みこんだ。<br />「この機にすべてのわだかまりを捨て、話し合うべきなのだ。」<br />　隼人は馬に跨って、道三の屋敷に向かって行った。供には別の者がついてゆく。<br />与三は隼人の後姿を見送りながら、なぜか自分だけ取り残された気持ちがぬぐえなかった。しかし、本当に行かせてよかったのだろうか。大丈夫なのだろうか。<br /><br />　与三だけではなく皆はもうどうしようもないほどに隼人を心配する。<br />「何としてでもお止めすべきだったのに、どうして止めなかったのじゃ。」<br />「森殿、殿に何かあったらそなたのせいだ。」<br />与三は、自分だけ思いもよらぬ叱責を受けて眉根を寄せた。<br />「そなた達だって止められなかったではないか。」<br />皆は輪になって顔を見合わせる。<br />「なぁ、まさかの時の為に、我らで合戦の用意をすべきではないのか。」<br />「合戦、この人数でか。」<br />与三は大きく首を左右に振った。<br />「おい、皆、隼人殿が今までどれだけの合戦をかいくぐって来たと思っておられるのだ。勝算無しには動かれぬわ。」<br />皆がシーンとする。<br />「勝算？なんだそれは。」<br />「森殿、実は何か裏があるのか。」<br />与三は再度、首を振る。<br />「知らぬ。知らぬわ。しかし、隼人殿が大丈夫とおっしゃったのだから、大丈夫なのだ。儂らが噂に惑わされてどうする。儂も含めて、まずは皆、落ち着こう。」<br />与三は厩舎に戻ってゆく。<br />「五郎行くぞ、将棋の相手をしろ。」<br /><br />　しばらくすると、その日のうちに今度は蓮台村から近松新五右衛門が与三を尋ねてやってきた。与三と武藤が厩舎に籠って膝を抱えていた所を「お客人ですぞ。」と呼びだされた。二人が出て行くと、近松は実に暗い顔をしていた。</span> ]]>
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<dc:subject>第一部　森可成編(9/20-)</dc:subject>
<dc:date>2009-10-04T02:14:50+09:00</dc:date>
<dc:creator>うきき</dc:creator>
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<title>第三十三話：「鴆毒（三）」</title>
<description> 　森与三は気が気でなかった。　ここは斎藤義龍の屋敷である。そもそも義龍自身が持病があるのか身体が弱いのか、医師は自分の屋敷に常駐させているようであり、薬もふんだんにあった。　昨夜は長井隼人が倒れて、義龍の元に助けを求める形となり、森与三は義龍の屋敷でずっと隼人に付き添っていた。医師の見立てでは、隼人がすぐに全てを吐き出して、高価な解毒剤を飲んだお陰で大事なく済んだという。　稲葉山にいた長井家重臣も
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<![CDATA[ <span style="font-size:large;">　森与三は気が気でなかった。<br />　ここは斎藤義龍の屋敷である。<br />そもそも義龍自身が持病があるのか身体が弱いのか、医師は自分の屋敷に常駐させているようであり、薬もふんだんにあった。<br />　昨夜は長井隼人が倒れて、義龍の元に助けを求める形となり、森与三は義龍の屋敷でずっと隼人に付き添っていた。医師の見立てでは、隼人がすぐに全てを吐き出して、高価な解毒剤を飲んだお陰で大事なく済んだという。<br />　稲葉山にいた長井家重臣もこの事を密かに聞きつけて義龍の屋敷にやってきたが、寝込んでいる隼人とは口が聴けないとなると、責めるような口調で与三に事情を問うた。医師の言葉をそのまま伝えたが、与三にも何をどう答えてよいのかわからずに困った。<br />　<br />　というのも、与三は隼人が大丈夫と判るまで気が気ではなく過ごしたが、隼人の顔の血色がよくなっているのを見て、一晩かけて随分と気持ちが落ち着いて、これは一体誰が隼人に毒を盛ったかと考え始めたからだ。<br /><br />　あの状況では、間違いなく隼人に毒を盛った下手人に「斎藤道三」が浮かんでくる。<br />昨日の朝、隼人は道三と大喧嘩をしている。道三が刀を抜こうとしたくらいに壮絶な喧嘩である。その晩には道三からもてなしを受け、帰りに倒れて、挙句の果てに「毒が盛られたらしい。」、ということになれば、誰もがまず隼人に毒を盛った下手人は斎藤道三と決めつけるだろう。そうなれば大ごとになるのは火を見るより明らかだ。<br /><br />　しかし、下手人がまっすぐに道三にたどり着ける事に何か心の奥ですっきりしない。<br />『違う…道三であろうはずがない。いくら何でも隼人にこんなマネをすれば周囲の心が道三から離れる事は判り切っている。』<br /><br />　<br />　隼人が目を覚ました。ボーッとして天井を眺めている。与三は小声で声をかける。<br />「隼人様…。お加減はいかがでしょう。」<br />「…ここはどこだ。」<br />「義龍殿のお屋敷です。」<br />「そうか…そうであった。」<br />「まだ、医師もこちらにおります。呼んでまいりましょう。」<br />隼人は首を振ってかすれた声を出した。<br />「大事無い。」<br />与三は首を振る。<br />「医師の話では、毒を盛られたということです。」<br />隼人の眼が驚いたように開いた。<br />「ちがう…私は東美濃の事で疲れがたまっていただけだ。皆にはそう伝えよ。」<br />与三は頷いた。<br />「しかし、隼人殿。今後の為にも何があったかははっきりさせなければなりません。」<br /><br />「…それは私のする事だ。」<br />隼人は布団から起き上がった。<br />「屋敷へ帰りたい。おいとましよう。」<br />「大丈夫なのですか。」<br />「少し歩くくらいのことはできる。」<br />「私がまた背負ってまいりますよ。」<br />与三は立ち上がって部屋の襖を開けると、そこには義龍の側近が寝ずのまま待機していた。<br />「ご無理をなさいますな。お話が聞こえてまいりましたが、お元気になるまでこちらでご養生くださいませ。」<br />「いや、昨夜ははしたないところを見せてしまった。お恥ずかしい。」<br />立ちあがった隼人はまだ足元もおぼつかずにフラフラとして、しかし与三ではなく柱にとりすがってようやく安定を保つ始末だった。<br />「隼人さま、その場で少々お待ちください。」<br />側近は座を立つと、義龍を呼びに行った。<br />隼人は深く息を吸った。<br />義龍はすぐに足早にやってきた。表情はきつくなる。義龍も緊張して眠っていないようだった。<br />「そう足早にお帰りめされるな。まだ、寝ておられよ叔父上。」<br />隼人は、首を振る代わりに手を左右に振った。義龍を見つめる隼人の両目からそのうち涙がこぼれていた。<br />「義龍殿に昨夜のことをお詫びを申し上げねば…。」<br />「何をおっしゃるのか、叔父上。病人であればいたしかたないこと。何もお気に病むことはない。」<br />義龍は隼人が倒れぬように両手を差し出しつつ、深く気遣いして本気で心配しているのが与三の目にもわかった。隼人は息遣い荒く答える。<br />「いや、そのことではない。私がそなたとお屋形様の二人の橋渡し役になれればと安易に考えておった自分が情けない。」<br />義龍の顔色が急に変わった。<br />「あ…ああ。そのことは別に…。」<br />義龍は隼人の肩を押して、布団の上に寝かしつけた。<br />隼人はまだ身体がつらそうな顔をしているが、義龍に色々と物言いたげだ。<br />「与三。席をはずしてくれ。」と与三をこの場から退けようとした。与三は嫌だと言い返した。「隼人殿が回復するまでは絶対にお傍を離れませぬ。」と断言した。「ここは義龍殿のお屋敷だ。何の危険もない。」<br /><br />　結局、与三は部屋から追い出され、隼人と義龍は部屋の中で二人きりになった。<br />薄暗い部屋の中で、２人の大きな影が静止している。沈黙がしばらく続いたが、やはり話を切り出したのは隼人だった。隼人の両眼からは押さえても涙が止まらない。<br />「義龍殿が不憫でならぬ。お屋形様がそなたをどれだけ冷たくあしらっておるのか判っていた。更には弟たちばかりを偏愛してそなたには見向きもしないという始末。これは今では稲葉山でもあらゆる人の口の端にのぼっていること。そなたが廃嫡されるのではないかという噂まで立つ始末。斎藤家にとっては大変よろしくないことだ。その事で昨日の朝、お屋形様をお諫め申し上げたのだ。」<br />　義龍は、表情を変えずに隼人の涙交じりの話を黙って聞いていた。長年に渡って気苦労の絶えない義龍の顔は、眉間の皺が縦に深く刻み込まれ、病とともに過ごしてきたその目は窪んでいた。<br />その顔を隼人が見上げる。<br />「この斎藤家を継ぐのはそなたじゃ。私はそこだけはお屋形様にはっきりしておいてもらいたく、何よりもそなた自身が不安に感じておろうから、安堵させてやりたくて昨日、あの夕餉の場でそのことをお屋形様の口から義龍殿に伝えるようお願いしたのだ。しかし、私がそなたとお屋形様に無理強いしたばかりに一層悪いことになってしまった。しかし、お屋形様の心づもりが…昨日のことでよく判った…。」<br />　それを聞いて、義龍は怒りで肩を震わせていた。道三から愛されぬ事実は受け入れていたようだが、叔父からわざわざそれを口にしてしまわれては、やるせなさが心を刺すのだろう。<br />　隼人とて自分の話に自分自身が激昂して声を震わせ、ふたたび布団から身を起こした。身をよじって義龍に取りすがる。<br />「そなたの事は、私が一命を賭して何とかする。しかし、私がお屋形様に毒を飲まされたことは、内密にしていてほしい…。」<br />義龍は更に大きくその身を震わせ、顔を背けた。<br />「叔父上は、父上が毒を盛ったとお思いなのか…。私の事で、父上がやったと…。」<br />義龍は、はらはらと涙を落とす。　<br />　子供の頃よりずっと父との不仲に悩みぬいて疲れ果て、諦めも混じっていた義龍の眼の奥には、それでもまだ人生を諦めきれず、苦難を克服せんとする力を宿していた。</span> ]]>
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<dc:subject>第一部　森可成編(9/20-)</dc:subject>
<dc:date>2009-09-15T00:00:00+09:00</dc:date>
<dc:creator>うきき</dc:creator>
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<title>第三十二話：「鴆毒（二）」</title>
<description> 　隼人と与三を囲む夕餉の席に着いたのは、斎藤道三と義龍だけではなかった。この日に居合わせた道三の家老らもそのまま宴に加わった。家老たちはは森与三が同席していることが面白くないに違いないが、道三の手前もあってか機嫌良さそうに振舞っていた。　本膳が運ばれてくる。皆の盃に酒が注がれてゆく。道三は「さて、今宵は久々に隼人が稲葉山に戻って来たのだ。くつろいで話をするがよい。」と隼人を見た。隼人もニコリと笑っ
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<![CDATA[ <span style="font-size:large;">　隼人と与三を囲む夕餉の席に着いたのは、斎藤道三と義龍だけではなかった。この日に居合わせた道三の家老らもそのまま宴に加わった。家老たちはは森与三が同席していることが面白くないに違いないが、道三の手前もあってか機嫌良さそうに振舞っていた。<br /><br />　本膳が運ばれてくる。皆の盃に酒が注がれてゆく。<br />道三は「さて、今宵は久々に隼人が稲葉山に戻って来たのだ。くつろいで話をするがよい。」と隼人を見た。隼人もニコリと笑って「馳走になりまする。」と言った。<br />道三も隼人も二人とも今朝の大喧嘩の失態を取り繕わんと努めて笑顔に徹しているのが誰の目にも判った。<br />　「隼人殿の東美濃でのお話をゆっくりと伺うのを楽しみにしておりまする。」と家老の一人が言うと、その場がシーンと静まり返った。<br /><br />「ああ。しかしその前に皆に伝えておこう。」道三は手にしていた盃には口をつけず、そのまま膳に置いて語り出した。<br />「犬山城の織田信清が挙兵して叔父の織田信秀に反旗を翻した。今、あちらは必死に戦っておるわ。」<br />みな、ざわつく。織田家となると、隼人は過敏に反応した。家老の一人が声高に言う。<br />「犬山城が。その信清の親父の信康は、以前、信秀と一緒にこの美濃に戦をしかけてきた者ではござらぬか。確か我がほうの者が討ち取ってくれたよのう。はぁ…あの信康の息子が信秀に反旗をひるがえして兵をあげ申したか。」<br />それにつられて誰ともなく「あちらは、とうとう近しく血を分けた者たちで骨肉の争いを始めたのでございますな。」と、言い放った。<br />道三は頷いた。<br /><br />「今のところ、信秀よりこちらには援軍や挟撃の嘆願はない。自分の兵だけで何とかするつもりであろう。」と道三は説明し、「信秀め苦労しておるのぅ。清洲と和睦したかと思えばこのザマか。」と、苦笑いをした。<br />　隼人は「今は、和睦の折に織田家から迎えた家臣もこの稲葉山内に沢山おります。どこに人の耳があるのかわかりませぬ。そう表立って悪し様に言うのはよろしくないかと。」<br />隼人の発言で、再びその場がシーンと静まり返った。<br /><br />　道三は再び盃を手にして「そうだの。今宵はそなたのための宴だ。楽しくやろうぞ。」<br />みなで盃を汲み交わした。<br /><br />　与三は、今日挨拶したばかりの斎藤義龍の人となりに興味深々である。<br />日ごろは接触できぬ義龍をこれほど身近で知る機会が初めてできたのだ。何事もなければ、彼が道三の後に斎藤家を継ぐのであるから、彼がどういう人物であるのか、その器を知っておきたい。<br />彼の口から語る彼の斎藤家の未来を聞きたい。<br />思想を知りたい。<br />与三は横目で義龍だけを伺っていた。宴の座についてからは、口を開いたかどうかわからないほど大人しい義龍。ずっとその義龍を伺っていると食事の前に盃を合わせて飲みほす場で、彼は盃を傾け口をつけるフリをしたが、酒を一滴も飲まず、それをサッと貝汁の中に酒を流しこんだ。<br />『む。』<br />義龍ばかりを気にしていた与三はすぐにその事に気づいた。<br />皆が食事を始めると、義龍は里芋を食べるふりをして袖の中に次々にポコポコと落しこんで隠した。<br />『は。』<br />与三は義龍が何をしているのか判らず、その素行に驚いてしまい、自分が食べる事も忘れて皿を手にしたまま義龍の様子を横目で伺い続けた。<br />　義龍は口はムシャムシャと動かしながら、香の物もご飯も一切口にはせず、サッと自分の懐に落しこんで隠していた。<br />　皆が長井隼人の話に夢中でそちらを向いている時に、義龍は吸い物を床に下げてゆき、膳の下で何かゴソゴソとやっている。<br />『ええっ！無理であろう？！その汁はどうやっても無理であろう！！！』<br />与三は我慢できずに、自分の体を傾けて伸びあがって義龍の膳の下を見ようとした。<br />「与三。そなた何をしておる。」<br />ふと気づけば、道三も隼人も、家老達も皆が与三を見ていた。<br />「いえ、何でもございません。」<br />「…そなた。烏峰城に籠った土岐三河守とどうやって話をつけたか皆に話して聞かせよ。」<br />道三自らが、土岐三河守を出してきた。<br />「拙者は隼人殿のおっしゃる通りにしたまででございます。」<br />与三は、隼人と前もって打ち合わせていた通りの話をしてきた。<br />「三河守が人質を差し出して命乞いするものですから。三河守の味方をしていた周囲も彼の臆病ぶりを知って白けて こちらに次々と挨拶してきた事でもあるし、そのまま隼人さまが烏峰山から三河守を蹴り落としました。」<br />「そなたは三河守を討とうと進言しなかったのか。」<br />「今、美濃を掌握なさるために何が肝要かと考えると、あの場合に力押しは得策ではないと思います。」<br />そうして話をしているうちに二の膳が運ばれてきた。<br />　与三は、義龍がこの後も同様の行動をするのか気になってどうしようもない。しかしこれ以上自分が義龍に視線を向ければ、あの奇妙な行動が他の者にも見つかってしまう。代わりに隼人の顔ばかり見つめた。<br />家老たちは笑いながらしらじらしく言う。<br />「森どのも末頼もしい男になってこられたなぁ。」<br />道三が「そうだの。そなたの処遇をもっと考えねばならぬ。そなたらの中でよい年頃の娘はおらなんだか。」と、急に家老らに話を振った。<br />『嫁って、そっちかよ！！！』<br />これには与三も家老らも目を向いて首を振った。<br />道三は唇を突き出して言い放った。<br />「そなたには、これからも尾張のことに当たってほしいと思うておるのよ。織田家との間を上手く取り持つ者が必要なのだ。」<br />隼人は心なしかムッとしている。<br /><br />　そのうちに三の膳が運ばれてきた。笹の葉を敷き詰めた皿の上に焼き魚がドンと載せてある。<br />隼人は目の前の立派な魚にはお構いなしで「与三には関城下に屋敷を与える約束をいたしました。常々の労に報いてそれなりの事をしてやらねばなりませぬ。」とムキになりはじめた。「今、与三に東美濃でやらせてみせたき事が…」<br />　隼人は、そう言いながら、先ほどから全く発言のない義龍のほうを見ると、義龍は汗をかきながら引きつけを起こしたように歯を食いしばり懸命に魚の身を箸先でグチャグチャにしている。<br />　それを見て呆気に取られた隼人が静止してしまったので、皆は隼人の視線の先にある義龍を見る。<br />義龍の姿を見れば、着物のそで口にも茶色い汁がべっとりとついている上に、床の上もビチャビチャに濡れている。道三が低い声で怒りを含めるように言った。<br />「義龍。何をしておる。」<br />そう言われてようやく義龍は皆の視線が自分一人に注がれていることに気づいた。息が苦しそうになり、脂汗がじとりと顔に浮かんでいる。<br />「そなた、この席が楽しくなくて、あてつけに魚をかき回しておるのか。」<br />道三がそう言うのを隼人が盃を突き出して制した。<br />「まぁ、お屋形様、そうおっしゃらずに。せっかく、このように皆で顔を突き合わせて仲良く食事できるのですからよいではございませぬか。」<br />道三は義龍を睨みつける。義龍は目線を反らして黙っている。隼人はなお、助け船を入れるが、彼もまた道三に対して怒り口調になっていた。<br />「魚をどのように食うてもよいではございませぬか。」<br />「あれは食べておるとは言わぬ。義龍の行儀は儂へのあてつけじゃ。」<br />道三と隼人の会話に、どんどん義龍の血色が変わってゆく。皆が彼を凝視している。<br />ダンッ！<br />義龍は跳ねあがるように席を立った。<br />そして何も言わずに膳を蹴ってズカズカと出て行った。<br />皆、言葉が出ずに呆けている…。<br />道三はそれこそ頭に来て爆発前だったが、隼人が道三の前に出て詫びる。<br />「私がこの場に無理に誘ったのがよくなかったのでしょう。体調が悪かったのかも知れませぬ。後日、よく説得しますから、ここはこらえてくださいませ。」<br />　与三は、もう魚が咽を通らなかった。いや、与三だけではなくこの気まずい雰囲気に誰も食べ物に手を伸ばさなかった。<br />　隼人は「ここらでお開きにしたほうがよろしいでしょうな。明日、宴の礼に参上いたします。」と、席を立った。与三は道三や重臣達に頭をさげて挨拶をすませて隼人を追った。道三も黙っている。<br />　<br /><br />　隼人は皆の見送りを断り、与三がまだ追って来ぬうちに玄関先の暗がりで、懐から薬を一服取り出した。<br />「南無三。」と言って、それを手のひらに移し替えて一気に口に含んだ。<br /><br /><br />「隼人殿…。」<br />帰途に与三が声をかけても、隼人はもう興ざめした様子のまま沈黙を守って何も話そうとしない。馬にも乗りたくないらしく、そのまま歩きだした。状況を何も知らぬ他のお供の者たちは、何があったかを知るはずの与三に目くばせする。与三は隼人に見えぬ位置で、小さく横に首を振って他の供に、隼人が今は機嫌が悪いことを示した。<br />隼人は道三と義龍の仲を取り持とうとした親切が徒となって痛恨の思いらしく、重々しい空気を背負ったまま帰途についた。<br />　与三は、義龍の食事を口に入れようとしない行動のほぼ一部始終を見ていたが、それを隼人に告げるべきかどうか悩んだ。あの行動は実に不可解である。義龍は、あの料理に毒でも盛ってあると思ったのだろうか。そう思うのならば、なぜわざわざ夕餉の席に出たのだ。<br /><br />　隼人は歩いていた足をピタリと止めた。<br />「ああ…やはり今のうちに義龍殿にひとこと話して帰ろう。」<br />とまたしても踵を返して義龍の屋敷に向かい始めた。しかし、隼人はその場で急に立ちつくしてうめき声をあげ、差し込みのあたりを押さえてかがみ込んだ。与三が覗きこむ。<br />「隼人殿。どうなさいましたか。」<br />隼人は顔を歪めたまま口が開けない。与三は「大丈夫でございますか。」と身体ごと隼人に近づいていったが、隼人は「く…苦しい…胃の腑が焼けるように…」と言った瞬間に、顔を紫色に変え、地面に叩きつけるように胃の中の物を一気に嘔吐し始めた。<br />与三は驚いて倒れそうになる隼人を背中から抱え込んで、背中をさすった。<br />　武藤がすかさず「屋敷から人を呼んでまいります。」と長井屋敷に向かって走り出すが、武藤が走り去った後に、「必要ない…。」と隼人がうめく「義龍様の屋敷に…薬師がおる」。<br />「ああ、ならば今は一刻も早く義龍様の屋敷に参りましょう。」と与三は隼人を背負った。隼人は苦しみを訴えて言葉にならない声をあげ始めたからもう、皆、気が気でない。隼人は与三の身体に全体重を傾けてもたれかかる。与三は意識が遠のく隼人のあまりの重さに地面に膝を落としそうになるが、義龍の屋敷に向かって踏ん張って歩く。もう自分の背中の上でこのまま隼人が死ぬのではないかと恐怖におののいた。隼人が背中で荒く吐く息に、死の匂いを感じた。<br />与三に先立って隼人の従者が「頼もう！」と義龍の屋敷に駆け込むと、間も無く薬師を連れて隼人の元へ戻ってきた。<br />　義龍の屋敷へ行くと、皆、担ぎ込まれた隼人のただならぬ苦しみの様子に仰天する。<br />屋敷の者達は「草履のままでよい。早くこちらへお運びしておくれ。誰か床をのべよ！」と、叫んで屋敷へあげる。<br />　薬師が「とにかくありったけの水を飲ませて吐かせよ。」というので、与三は隼人に随分と背中を汚されたままなのもそっちのけで、苦しむ隼人を横たえさせて水を飲ませるが、隼人は咽へ水が落ちる前に、白目をむきだして水をグヘッと吐き出した。その勢いで隼人の目からは涙がこぼれ、鼻からは血が垂れるが、それでも与三は隼人の口をこじあけて水を流しこんだ。<br />　伝九郎の死に対する恐怖が与三の中で大きくよみがえって広がってゆく。伝九郎もまた、このようにして死んでいったのではないのだろうか。<br />油断をすれば、どんどんと大事な人達が死んでゆく。<br />死なせてはならない、長井隼人まで死なせてはならない。<br /><br />　しばらくすると家の主である義龍が血相を抱えて出てきた。<br />「なんと言う事だ。」<br />与三は目の前に義龍が立とうがそれどころではなかった。とにかく隼人を苦しみから救おうと、必至で隼人に水を飲まようとした。隼人は歯を食いしばって口を開かない。咽を必死に押さえている。<br />「おい、今は吐かせるでない。叔父上の咽が焼けて死んでしまう。」<br />義龍は薬師とはまったく別の事を言うと、懐から薬袋を出してきて与三の間に割って入った。薬師が「そのお薬は義龍様の大事な犀の角なのでは。」と驚くと、義龍は「このような時に使わずにいつ使うのだ。」と自ら隼人に薬を飲ませようとした。<br />隼人は正気を取り戻し「やめてくれ。胸や胃が焼けて苦しい。」と叫ぶが、義龍は「それは毒を口になさったせいだ。この解毒剤を飲めば楽になる。」と隼人を説得して口を開かせる。毒に対して何と冷静で手慣れたことか。<br />隼人がガクリを気を失うと、皆が仰天した。<br /><br /><br />　二刻も経てば、隼人の顔はだんだんと血色が戻り、生気を取り戻した。<br />その代り、義龍は我を失なわんばかりに怒り狂っていた。</span> ]]>
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<dc:subject>第一部　森可成編(9/20-)</dc:subject>
<dc:date>2009-08-15T00:41:41+09:00</dc:date>
<dc:creator>うきき</dc:creator>
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<title>第三十一話：「鴆毒（一）」</title>
<description> 　森与三は長井隼人に付き従って久々に稲葉山城を訪れた。  どうも斎藤道三と隼人の間に気まずい雰囲気を感じないでもないが、隼人の尽力で東美濃も随分と落ち着き、隼人は後事を重臣に託して自分は与三を連れて自分の城の関城へ戻った。  それから時を経ずして、隼人は与三を連れて稲葉山に出向いたのだ。隼人はすこぶる機嫌が悪いのか、道三と再会する緊張感からか、考え事が頭をめぐっているのか、道中あまり口を開くことがなか
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<![CDATA[ <span style="font-size:large;">　森与三は長井隼人に付き従って久々に稲葉山城を訪れた。<br />  どうも斎藤道三と隼人の間に気まずい雰囲気を感じないでもないが、隼人の尽力で東美濃も随分と落ち着き、隼人は後事を重臣に託して自分は与三を連れて自分の城の関城へ戻った。<br /><br />  それから時を経ずして、隼人は与三を連れて稲葉山に出向いたのだ。<br />隼人はすこぶる機嫌が悪いのか、道三と再会する緊張感からか、考え事が頭をめぐっているのか、道中あまり口を開くことがなかった。与三も供の者たちも、黙ってついてゆくしかない。沈黙の中、馬の闊歩だけが聞こえる。<br />　与三は今回の東美濃の始末について、隼人より色々と口止めされることが多かった。その秘密が何かを知っているがゆえに、今の隼人と道三の関係がことさら心配に感じられた。<br />たとえば「斎藤道三が、土岐三河守に斎藤正義を暗殺させたこと。その三河守を謀反人として長井隼人に討たせようとしたこと。」<br />与三が土岐三河守と面会した時に知ったのは、それが、真実であったらしいこと＿＿＿。<br />　長井隼人が土岐三河守を生かす道を選んだ時、それを道三にどう釈明するのか、与三は気がかりでならなかった。ただでさえ、尾張との和睦のことで行き違いが生じているものを。<br />　<br />　稲葉山城に到着して、皆で道三の屋敷に入ってゆく。嫌な予感がしてならないが、隼人が行くのだから、行かない訳にはいかない。<br />「私と与三だけであとは屋敷で待っていればよい。」と、隼人だけには心の余裕があるのか、稲葉山城下の自分の屋敷に他の従者を返してしまった。<br />　隼人は道三に会いに行く廊下で、与三には「控えの間で待っていてくれ。」と言ったが「すまんが話が長くなると思う。」と締めくくった。与三はゴクリと音を立てて唾を飲み込み、頷いた。<br />　道三と隼人とで話す事は山ほどあるかも知れない。織田信秀との和睦のこと。東美濃のこと。土岐三河守のこと。いまだ道三の手元にある西村小次郎のこと。この短期間に色々なことが一気に起きてしまった。<br /><br />　隼人が道三の元へ行ってしまうと、入れ違いに道三の家老連中がドカドカと屋敷の廊下を歩いてやって来た。与三を大いに嫌う奴らだ、今回の東美濃の話を聞いてますます不愉快になって何か言ってくるに違いない。<br />ところが、家老連中は与三の姿を認めると扇子で与三の肩をポンと叩き「そなたのように口ほどのことをやれるようならばまだマシだがの。どうして口だけの小生意気な余語めが、老臣と席を並べて座るのか。遠慮を知らぬので困る。」と、大声を張りあげて通り過ぎてゆく。与三は呆然としながら彼らの後姿を見送った。<br />「な、なんだあれは…。」<br />しかし自分に喧嘩を吹っかけてこられなかったのは幸いだ。ホゥとため息をついてふり返れば、余語盛種が、家老らを鬼のような形相で睨みすえてワナワナと震えて立っている。<br />　家老の姿が消えた次の瞬間には突然に余語が「うぁあああああああ！」とその場で吠え立てて、与三はますます仰天してしまった。<br />「どうしたのだ。気でも狂うたか。」<br />　与三が声をかけた瞬間、余語はキッと与三を睨みつけて、彼もまた廊下を歩いて出て行った。<br />「なんだありゃ。相当きとるな。」<br /><br /><br />　そこへ、大喧嘩する斎藤道三と長井隼人の声が響いてきた。<br />「まずい。」<br />与三は、隼人から離れた控えの間で待っておられずに、彼らが対面する客間に足を向けた。屋敷内の他の者たちも閉め切った部屋に続く渡り廊下に近づいて野次馬半分でオロオロとしている。部屋の外で待機している小姓が皆を話の届かぬ遠くに追い払おうとするが、大多数の強みでそのまま皆で部屋に耳を傾けた。<br />「お屋形様のご勘気はいつもの事なれど、今まで隼人様のことだけはお叱りになられたことなどなかったのに。」<br />と、女中までもが囁き合う。<br />小姓は皆が自分の言う事をきかぬので腹を立てて「皆、場を去りなされ。」と、口をパクパクとさせ、さもなくば、と立ちあがったが、それと同時に道三と隼人が対面する部屋の中にいる側近が「誰ぞ！誰ぞ！」と叫び始めたので、その小姓が部屋を開けると、部屋の中では道三の刀持ちをしていた西村小次郎から道三がその刀をもぎとらんとしていた所であった。小次郎は、おののいて、必死で刀を抱きこみ刀を今の主人に渡さなかった。<br />一方、隼人は逃げることもせず、表情すら変えず、不動のまま道三の前に座していた。<br />　部屋の外にいた小姓達がその光景に驚いて部屋に飛び込んで行ったので、与三や居合わせた重臣達もすみやかに部屋に駆けこんでいき、与三は隼人をかばうようにして道三との間に立ちふさがった。<br />　先ほど屋敷を去ったはずの家老や余語もその騒ぎをどう知ったのか、屋敷へ戻ってきていた。<br />その光景を屋敷中の者たちに見られたことを知って面食らったのは道三だった。怒り心頭に達して全身が真っ赤になっていたが、瞬時に冷静さを取り戻したようで、「大事無い。皆退け。」と命じた。<br /><br />　隼人は目の前に立つ与三に言う。<br />「話は終わっておらぬ。与三、外に出ていろ。」<br />道三が刀を手にしたのは隼人を切ろうとしたからに違いないのに、隼人は血相一つ変えずにいる。<br />それどころか隼人は西村小次郎に微笑みかけ「大丈夫だ。そなたも刀を持って部屋から出てくれ。」と命じた。<br /><br />　全員が人払いされてしまい、皆は小次郎に「どうしてあのようなことに。お二人は何の話をしておられたのだ。」と尋ねたが、小次郎は決して軽々しく口を開くような真似はしなかった。<br />　与三は控えの間で大人しくじっと待ってもおれずに、屋敷の外に出て、大きく胸を開いて深呼吸していた。そこに余語が寄って来た。<br />「隼人殿が何を申したのか知らぬが間が悪い。道三殿も家老連中も美濃三人衆が挙動不審なせいで相当頭に血が上っているのだ。」<br />与三は、身体を動かしつつ余語に目線を合わせはしなかったが、それを聞いてボツリと返事した。<br />「この美濃は思った以上に敵だらけだな。土岐氏のために道三殿に反発するのか、道三殿に反発するがために土岐氏に味方するのか、これをひとつひとつ見極めて対処せねば、美濃統一には果てがない。」<br />余語はそれに答えて「それは守護職である土岐氏…」と言いかけたが、道三の屋敷の敷地内である。話題を変えた。<br />　「それはそうと、家老連中が申しておったが東美濃の土岐氏の鎮圧に森どのの功が大きかったとか何とか…。そなた、どうやって土岐三河を降伏させたのだ。」<br />「別に。」<br />「別にということはないだろう。」<br />「そなたに教える義理はない。」<br />知らぬ間に与三と余語は激しい口論になって罵りあっていた。そのうちに野次馬が寄ってきて、野次馬に「御前で何事じゃ！」と激しく叱られたので、二人は口を閉じて場を移動した。<br />　与三は「余語どの、そなたも随分とイラ立っておるな。どうせ家老連中がそなた一人に意地悪しておるのだろう。あいつらは誰か一人を共通の敵にせねば連帯のとれぬ奴らなのだ。」と、言うと余語は嫌気がさしたような顔をして腰に手を当てて「小せぇ。みんな小せぇ…。」と空を見上げた。与三は、伸びきった余語の背中をじっと眺めていた。<br /><br />その余語の姿が、<br />『もっともっと上の世界から、この広い世界を見降ろしたい。』<br />という自分の内なる叫びと重なって見えた。<br />余語は振り返って、与三の胸をトンと指さした。<br />「そなたも器が小せぇ。」<br /><br />　隼人が屋敷から出てきた。隼人の眼に、与三と余語の二人の姿が目に留まる。<br />「ここにいたのか。与三、帰るぞ。」<br />隼人は疲れているのか自分の元に帰ってほしいと願っていた余語の姿を見てもそこまで興味を示さず、どうでもよい挨拶がてらに「織田家に変わったことはあったか。」と聞きながら、そのまま余語をやり過ごそうとしていた。<br />「織田信秀が清洲の織田一族とも和議を結んで以来は、身辺落ち着いているようで特段何もございませぬ。」余語が言った。<br />「清洲家と和議とな。」隼人は驚いて余語の顔を見直した。余語は隼人も当然知っているかのように語ってしまったが、それに対して隼人は決まり悪い顔をして、そのまま颯爽と歩きだした。<br />与三も慌ててついてゆく。<br /><br />　隼人は至極不機嫌のようで黙ったままでいた。道三との話はうまく丸くおさまったのか与三としては気になって仕方がないが、隼人が何も言いたくなさそうなので、尋ねることができない。<br />　隼人は自分の屋敷へは真っ直ぐに行くべきものを、途中、右に曲がる。その先にあるのは女の屋敷でもない。<br /><br />「こっちだ。義龍殿のお屋敷へ寄る。」<br />「え…。」<br />「先ほど、お屋形様から私とそなたとで夕餉の席に招かれた。それで私は義龍殿もご一緒にと申し出たのよ。」<br />「さようでございますか。」<br />義龍の話が急に出てきたのに驚いたが、道三とは仲直りできたのか…与三は内心ホッとした。<br />「もう随分と息子とまるで顔を合わせておらぬというから、それはよくないと申し上げたのだ。」<br />　斎藤義龍は道三の嫡男だ。道三がこの義龍と距離を置いているのは誰もが知る話だった。それは…義龍が道三の実の子ではく、本当は守護・土岐頼芸の子であるという理由が噂として添えられていた。<br /><br />　与三自身は義龍のことは姿は何度か見たことがあるが、今まで一度も口をきいたことはない。<br />「よい機会だ。そなたも挨拶しておくがよい。」<br />「はっ。」<br />隼人と与三は義龍の屋敷へ伺うと、しばらくしてその男が二人の待つ客間に出てきた。<br />斎藤義龍＿＿＿骨太で、部屋をくぐって入るという感じの大きな体躯の男だった。義龍は叔父の隼人の傍に座ろうとしたが、隼人は義龍を上段に座らせた。<br />「義龍どの、ご無沙汰しておった。息災であられたか。」<br />隼人は愛想良く義龍に声をかけたが、当の義龍はぶっきらぼうに黙って「はい。」と頷くだけで、隼人にまったく愛想無しである。むしろ、隼人と言葉を交わすのが面倒がっているような印象を受けた。<br />隼人は「自分も行くから、道三の夕餉に伺うように。」と薦めた。それを聞いた義龍の顔はまったく乗り気でない。あからさまな表情なので、与三は驚いた。そして義龍はむしろ行かなくて済む理由を探して、だらだらと話し始めた。それでも隼人は説得した。表立って「道三と距離を置くのはそなた自身の為に良くない。」とは言わず、「親の屋敷にちょくちょく顔を見せに行くのは当然なこと。」「お屋形様は内心ではそなたを心配しておいでなのだがそれ言葉として口に出すのが苦手なお方なのだ。そなたも難儀よのう。」と、親身になって同行を薦めた。<br />　義龍は身体の大きさには似合わず、話を聞く間じゅう優柔不断な顔をして指でアゴをコチョコチョと掻いて考えていた。実の父子が一度食事をするのに、かくも深くに悩むものであろうか。<br />「そなたの身の安全は私が保障する。」といきなり隼人が言ったので、与三はギョッとした。<br />義龍はずいぶんと考えた上、隼人の説得に応じて「あい判った。」と最後には承諾した。<br />　<br />与三は、初めて面と向かって義龍に挨拶した。<br />隼人もそれを微笑ましく見ていた。<br />この時は、三者ともが、この先それぞれに押し寄せる運命に気づいていなかった。<br />いや、この場にいる長井隼人だけは、薄々判っていたのかも知れない。<br />その引き金を自ら引いたのは、隼人なのだから＿＿＿。<br /><br /><br />　夕刻になって、長井隼人と与三は早めに道三の屋敷へ向かった。迎えてくれた小姓はあの「西村小次郎」であった。朝の出来事で心配していたが、隼人も与三も、小次郎の元気そうな姿を見て安堵した。<br />隼人が小次郎に「少々話がしたい、よいか。」と与三を残し、小次郎の肩を抱えて部屋に入った。<br /><br />　隼人は部屋の暗がりで立ったまま、小次郎に「そなたの忠誠嬉しく思うぞ。」と喜び、その頬をなでた。そして懐から小さな紙を取り出す。<br />「小次郎よ。間もなくこの屋敷に斎藤義龍殿が来る。その時これを誰にも見られぬように義龍殿に渡すことができるか。」<br />小次郎は「はい。私がお出迎えすることになっておりますので、お渡しできます。」と頷いた。隼人はホゥと安堵のため息を漏らした。<br /><br />　与三の待つ廊下へ、隼人と小次郎が戻ってくる。<br />「では、小次郎、また明日にでも話の続きをしようぞ。兄の話もしてやる。」と明るく言い、隼人は小次郎の背中をポンと叩いた。<br />「与三、行くぞ。」<br />与三は隼人と小次郎の表情を伺ったが、隼人はご機嫌であるし、隼人に会えてそれは嬉しそうに頬を赤らめていた。<br /><br /><br />　しばらくして、斎藤義龍が道三の屋敷を訪問した。<br />西村小次郎が「ようこそ参られました。お腰のものをこちらへ。」と両手を差し出した。義龍はちょっと険しい顔になって腰の刀の大小を抜いて小次郎に差し出した。彼の一つ一つの所作が緊張している。小次郎はその刀を受け取る瞬間に、義龍の手の中に紙片をキュッと差しこんだ。<br />「さぁ、こちらへ。お供の方々は宴が終わるまで控えの間でお食事くだされ。」<br /><br />義龍は小次郎に伴われて後ろを歩きつつ、さりげなく手元でその紙片を開いてみた。<br /><br />『今宵の食事には決してお手をつけ申すまじき事。』<br /><br />今から出される食事には決してお手をつけられてはなりません＿＿＿。<br /><br />　前を歩いていた西村小次郎が振り向き、いかにも心配そうな顔つきで義龍を見た。義龍は瞳孔が開いたかのように落ち着きなくただただ敵か味方か分からぬ小次郎の顔を覗きこむ。<br />「私めは、以前まで長井隼人さまにお仕えしておりましたが、今は事情があってこちらにおりまする。」<br />小次郎はそう自己紹介した。そして、「こちらの広間にお入りください。既に皆さま方もお集まりです。間もなくお屋形様もおいでになります。」<br />義龍はハッとして、大きな拳でその紙片を握り締めた。</span> ]]>
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