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小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第十六話:「謀殺(一)」

 浅い眠りのままに夜が明けゆく。まだ薄暗くて闇にも近い部屋の中で、何やら空気が動く気配がして与三が薄ら目をあけると、目の前に余語が立ち背中に自分の荷物を負っている。彼の家来も、まさに今荷物をひと箱に納め、出立の準備をしていた。
今日は長井隼人の申す通りに関城に戻らねばならない。
 余語が大小の刀を腰に差す。「用意が早いな…。」と、与三はまだ完全に目覚めぬ意識の中で思ったが、ありえなくも余語が寝ている与三に頭を下げ、立ち去らんと背を向けた。余語は与三がまだ眠っていると思っているはず。この所作は何か。驚いて与三はガバと起きあがった。
「おい。」
与三は床の上から余語を見あげる。余語は少し口角をあげて笑った。与三は、はっきりと目が覚めた。
「おい、どこへ行く気だ。」
「長井隼人について行く気はないもんでな。」
与三が「おい。」と声をかけるが早いか、余語は家来とともに、板扉をあけて裏口から走り出て行った。与三は床の上に座って膝を立て、あっけにとられたままであった。衝立の向こうにいた武藤らが「何かあったのでござりまするか。」とようやく起きだす。
 
 夜が明けようとしている。長井隼人は心変わりせずに、稲葉山を去って関城へ戻るための出立の準備をしている。斎藤道三と織田信秀の和睦に反対しての意志表示である。
だが、与三は思っていた。
「どうせ道中、道三の使者が隼人を連れ戻しに追いかけてくる。そうして、隼人は再び道三との話し合いに持ち込む気だろう。」そういうつもりであるから、またこの屋敷へ帰ってくるつもりで、家来らに荷物もほとんど持たせずにいた。
 薄暗い空の下、長井隼人は与三を含む供を連れて帰ろうとするが、意外や、関城の供をさせるための割には隼人が集めた兵の数が多い。隼人の元来の家来でない者も含まれているようであった。武藤らも「様子がおかしゅうございませぬか。」と、与三に問いかける。
隼人が稲葉山城下の屋敷を出発し、与三は傍に従った。
城下町を通り抜ける。関城へ戻るためには左に折れるべき道を、隼人は右に折れさせた。与三は、いぶかしんで隼人の背後に馬を寄せて尋ねる。
「どこかに立ち寄られるのでございますか。」
「ああ。」
「加納のほうですか。」
与三が細かく尋ねると、隼人は流し目で与三の顔を見る。
「もっと馬をこちらへ寄せろ。」
与三は言われたとおりに、自分の乗る馬を隼人の馬に寄せた。
「今日、尾張から織田家の宿老である平手政秀が和睦の使者として美濃に入る。そなたに兵を貸すから、何とか細工して奴を切れ。充分な恩賞を考えておる。儂は関城にて吉報を待っておるぞ。」
その隼人の言葉に、与三は馬上で仰天してよろめきそうになった。隼人は怒りのあまりに気でも狂ったのだろうか。隼人の自前でない兵は和睦に反対する奴らなのだ。隼人はいつの間にか他の者らとその相談をつけて同意の兵を集め、織田家の使者の暗殺をもくろみ、そしてそれを与三に託そうとしている。
与三の目が泳ぐのを、隼人は敏感にとらえた。
「よいな、与三。これがうまくいけば、家老にしてやろう。」
しかし、この暗殺計画は斎藤道三に背く命である。何かあれば長井隼人は、これを与三の勝手な行為と言い訳して与三を罰して自分だけ逃げる気ではないだろうか。与三の脳裏には、今朝、隼人に見切りをつけて出て行った余語の姿が浮かんでいた。

「捨て駒になるなど、冗談ではない。」
 与三は瞬間的に自分の身を守ることを考えた。もし、本当に事に当たるとしても、絶対に隼人が事件とは無関係と言い張れないような証拠を携えておかねば、後でどう料理させるかわからない。とにかく、いかに暗殺するかという事よりも、自分の身の安全を確保せねばならない。
「血走った物々しい兵を従えれば怪しいことこの上ないではございませぬか。隼人殿の若手の小姓を数名お貸しくだされ。」
隼人は「何か策があるのか。」と言った。先ほど暗殺を命じられたばかりの与三に策などあるはずもない。ともかくも、隼人の可愛がっている近習を人質に取ることのほうが与三にとっては本能的に大事であった。
隼人はすんなりと自分の血縁でもある左右の小姓を与三に差し出した。
しかし、この先、どうするのかちっとも考えていない。
そもそも、与三は織田家の使者を暗殺するなどまったく考えていなかった。しかし、もう、隼人が動き出した以上、止めることもできない。
どうすべきか________。

 異変を感じて隼人と与三の話に加わろうした伝九郎が走ってきた。しかし、隼人も与三も、伝九郎には目もくれずにいた。
「頼んだぞ。」隼人が力強く言うと、与三は黙って頷いた。
「参ろうか。」与三は、小姓2人に声をかけて、武藤らを従えて、加納の道へ向かって馬を走らせた。
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第十七話:「謀殺(二)」

 与三は、隼人の小姓ら二人を伴って、広狭入り乱れる道を馬で抜けてゆく。長井隼人から遠ざかり、ややもすると小姓の小さいほうが怒りによって馬を止めて与三にキャンキャン怒鳴り始めた。
「貴様、偉そうに何のつもりだ。なぜに関係のない我らを巻き添えにしようとするか。死ぬような危険な事は死んでもやらぬぞ。」
別の小姓が馬を進めて間に割って入り、「やめないか小次郎。」とたしなめた。彼ら二人は隼人の親戚であり、お互いに兄弟であった。兄の名は次郎といい、弟は小次郎という。
次郎は暗い表情を見せた。
「隼人様も、一体どうして道三様がお認めになった織田の使者のことで、このようなご決断をなされたのか。これではまるで…。」
まるで謀反である。十代の次郎は思いつめ、涙目になって与三の顔を見つめた。やがて涙がほろりと頬にこぼれ落ちた。自分がそのお役目になったから、というのではない。次郎は織田家の使者の暗殺を明らかに嫌がっている。
そこで与三も申し訳ない気持ちがこみあげてきて、頭を下げた。
「儂とて今、隼人殿に突然にかような命をくだされて驚くやらで、正直とまどっておる。そなたらまで巻き込んで悪かったが、あからさまな兵など引き連れたくなかったのだ。」
「やってしまったことはもうよい。これからどう致そう。織田方とて阿呆ではあるまい、不測の事態のために必ず警護の兵を揃えてくるし、道三公とて護衛の者を差し向かわせるに違いない。我らだけで何ができようか。」
与三と次郎の堂々たるや、主道に馬を進めてそのような危険な話を交わした。
与三は、決断もできずに、だんだんと口数を減らしていったが、逆に次郎はだんだんと焦燥といらつきを見せ始め、上からの目線で与三への個人批判へと走った。
「そもそも森殿は何もせずとも道三公の周囲では批判の的になっておるというのに、こんな大それた事に手を出してはどう叩かれるのか判ったものではない。隼人様も以前までは何があろうが森殿をかばっておられたが、先日の家老どもからの進言で明らかに疑惑を感じられている。隼人様がおかしくなったのはあれからだ、今はきっとそなたよりも優秀な余語殿をお傍に置きたいとお感じになったのだ。」
与三はそのような隼人の心の動きなど何も感じていなかったので、次郎の言葉に内心愕然とした。しかし、表面では冷静を装った。
「進言とな、何だそれは。また家老連中は作り話しに花を咲かせて好き勝手言っておるのか。」
一方、次郎は、与三が余語の存在を意識しているのを感じている。与三が話に興味を示したために、次郎はすかさず言い放った。
「作り話ではない。余語殿が家老達のところで挨拶している時に、森殿の話になった。余語殿と森殿は、同じ身の程でも、余語殿は慎ましい、それに対して森殿は目上に対してまでも生意気で、大口を叩き、謙虚さがまるで感じられないという話になったのだ。しかも、隼人様のいらっしゃる前でその話になったのだ。隼人様ご自身も、森殿の態度は問題に感じておられるようだ。実際に、隼人様は、よくそのことで私に愚痴を漏らされるからな。…しかし、もっとも問題となったのは、森殿が織田家の家紋のほどこしてある茶道具を大事に持っておるとはいかがな事だと…家老達に問い詰められ、茶道具については何もご存じでなかった隼人様は大いに驚かれた。」
与三を傷つけたいがため、隼人の側近として知りうる限りの悪口を引き出そうとしていた。与三は、家老らの言葉では傷つかないたちである。次郎もそれを知っている、よって、わざと話に隼人を織り交ぜてきたのだ。
だが、与三は動揺の色を見せなかった。次郎の言葉の中には明らかな誤りがある。
「あの茶道具は隼人様から直々に拝領したもの。かつて織田家から隼人殿が召し上げたものだ、嘘だと思えば隼人殿に尋ねてみればよい。それにな、そなた…」
くだらぬ話にわざわざ真面目に答えることすら馬鹿らしく、与三は吐き捨てるように言った。
「隼人殿はそなたに心を許し、他では言えぬ不満でも言えたのであろう。しかし、その言葉をそなたが儂をやりこめるために洩らすようなことは願っておらぬはずだ。」
それを耳にして、たちまち次郎は顔を紅潮させて黙りこんだ。

 加納へ向かう道の朝日がまばゆい。山と緑のすべてが光る。与三は深く呼吸して、冷静をつとめた。
ああ、今日という日が終わる時には、自分はいったいどのような結末を迎えているのか。儂は、生きておるのだろうか_____。
与三はだんだんと戦場に向かうような高揚感に支配されつつあった。この先も永遠につまらない毎日を送り続けるよりも、織田の使者を切り、大きな争いの種を撒き散らして死んでゆくのも愉しい事であるかも知れない。
加納が近くなり、辻にある店が見えてくれば、茶屋が店を開けようとしていた。
そこに、こともあろうか余語盛種がいて、軒先に腰をかけて通りを見ながら朝飯を食っていたのである。
「逃げ出しておきながら、堂々と飯を食うとは、阿呆ではないのか。」
与三が先に余語の姿を見つけて顔をそむけたが、余語の家来が与三に気づいて余語に告げた。余語は箸と茶碗を持ったまま「森殿ではないか。」と立ち上がって寄ってきた。
与三が余語を無視をして離れていくと、「おい。」と余語は慌てて駆け寄り馬の鞍にまたがる与三の左足をつかんで、そのまま馬の手綱も引っ張って与三の動きを制止した。
「先ごろ、ひと固まりの兵が尾張に向けて駆けて行ったぞ。そやつらを追っているのか。」
余語は与三にそう問いかけた。しかし与三は聞く耳を持たずに吐き捨てるように言って余語から離れようと力いっぱいに手綱を引きもどした。しかし、余語も手綱を握る手をゆるめず、手綱の引き合いとなった。
与三はカッとなって言った。
「兵だと。それは、逃げ出したお前が追われておるのではないのか。」
それには余語は首を振った。
「私ごときをわざわざ追うものか、三十騎はいたぞ。」
「もう余語どのには関係無いであろう。」
もみ合う二人の姿を、次郎と小次郎の兄弟は背後で恨めしそうに見守っていたが、やがて馬首を返して元来た道を引き返して行った。
 

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