小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第十八話:「謀殺(三)」

  森与三と余語盛種がごちゃごちゃと言いあう後ろで、武藤が「おわっ!」と叫んだ。
 いつの間にか次郎と小次郎の姿が無いではないか。遠くにその逃げゆく姿が見えたが一瞬で地平線に消えた。
 与三も目をひんむいて余語に「お前のせいで、逃げてしまったではないか。」と叱り飛ばして腹立ち紛れに足元の石を蹴り飛ばした。
武藤が「追いかけて連れ戻しまするか。」と与三に問いかけるが、与三は「もうよい!」と首を振る。
武藤はムムムと顔をゆがめた。
「しかしあいつら、隼人殿にはいかなる言い訳を致すであろうか。儂らを悪しく言って自分たちは助かる気でありましょうな。」
と深々とため息をついた。余語は興味深そうにそれを聴きながら「だから、先程走ってきた兵を追っているのか。何の旗印も出さないなんておかしいじゃないか。」としつこく武藤と与三に割って入る。余語は先程から何を言っているのだ。与三が眉をしかめると、余語は「もうよい。あやつらが何をしようとしてるのか自分で様子を見てくるわ。」と馬にまたがる。「おい!行くな!」と与三は半ば怒りをこめて余語を追いかけてゆく。

 街道辻の曲がりにまで行けば、瞬間にして与三の全身に鳥肌が立った。ひと気が一切無い風景で殺気がみなぎっている。余語も同様に殺気を感じているようで馬を押しとどめた、いやその前に馬のほうが畏縮して勝手に止まった。耳を澄ませば、どこからか鎧の摺れる音がする。余語が言っていた先程の”三十騎ばかりの兵”が道をはずれた草むらや岩かげに隠れているのかも知れない。目に見えぬ伏兵だが人数の多さを気配で感じ取った。彼らが潜むのは、むろん与三や余語を狙っての事ではない。だから普通に通り過ぎても襲われることはないであろう。しかし静かにみなぎる殺気に、与三も思わず生唾を飲んだ。そして、何も気付かぬそぶりで余語と並んで「行くぞ。」と小声で言ってその場を穏やかに通り去った。
 
「ははは。ありゃ、何を待ち受けて切る気なのか。」道を通り過ぎた後には、余語が与三のほうを向いてホッとした笑いをした。与三は「知らぬ。」と短く言葉を返した。
「いや、森どのは自分が切られることはないと判っていて道を抜けた。ならばあれは隼人の手の者であろう。」
そんな余語を無視する一方で与三は心の中で余語の言葉を反芻していた。先ほど潜んでいた兵は、やはり隼人の仕込みではないのだろうか。隼人め、儂では駄目だと見越して、儂より先に兵をあの場所に回しておいたのかも知れない。
与三が苦虫をかみつぶしたような顔をするのを覗き見て、余語は片頬を緩めてニヤリとした。
「なんぞ面白くなき事が起きたようだの。もしや、あれか。また今日のうちに織田家の使者が来るのか。」
余語は憶測できわどい言葉をドンドンとついてくる。与三は何も答えない。
「まぁ、道の向こうから誰かが来るようであれば、道の先に伏兵が忍ぶ事を教えてやるが親切というものだな。それを報せに森どのもこの先へ向かっているのか。では、何かうまい話にありつけるということか。」
余語がニヤリとしたのとは逆に、与三はムスっとしたまま「貴様はこれ以上ついてくるでない。」と顔を逸らす。「拙者とて、親切がしたいのだ。」と余語はますますニヤけていた。

 与三はとうとうそのまま余語と一緒に加納を過ぎた。そして美濃と尾張を大きく遮る木曽川の風景が目に入れば、目もくらむほどの大人数の織田軍が川向うの岸にひしめき合っている。川向うの尾張側には、すぐに与三の故郷である蓮台村もある。
「おいおい、何千騎並べてるんだ!合戦かよ!!!」
余語が叫んだ。
「和睦じゃなかったのか。あの話はどうなったのだ。」と、余語は与三に詰め寄るが、与三にとっても思いがけないことである。ただただ愕然として目を丸くした。
 織田側には使者を示す旗を押し立てた大船が用意されている。その傍には裃に身を包んで正装した人物が扇をかざして美濃の空を見つめて立っている。あれが織田家の使者であり宿老でもある平手政秀の姿であろうか。その時、織田軍からまっすぐに狼煙があがった。
与三は何をどうすることもできずに、ただ、その狼煙の先が上にあがるのを目で追っていた。
さらには、「ああっ!あれを!」と武藤や余語の家来が背後で声を出す。その声に振り返ると稲葉山城からも同じように狼煙があがる。稲葉山の狼煙は時々に途切れ、時々つなぐ。織田軍のあげた狼煙に呼応しての返事に違いない。しかし、与三にはもはやこの両者の狼煙が何を会話するものかはまったくもって分からない。和睦への返事なのか、会見の場所を伝えるものなのか、それとももっと別の伝達なのか、何も分からない。
ともかく、今からこの織田家の使者が加納から道を抜けて稲葉山城へ直行する事はないし、道三が稲葉山城において織田の使者と会見することも無いというのは判った。そうとは知らずに必死に息を殺して草むらに潜む三十騎の伏兵も憐れなものである。
「ああ…。」与三は、稲葉山城と木曽川から大空に長くたなびく狼煙に挟まれつつ、自分の矮小さに深いため息をついた。斎藤も織田もお互いの国内には敵だらけであり、お互いの重臣の中にもこの和睦に反対する勢力があるのだ。こんな状況で斎藤道三と織田信秀は半ば無理矢理に和睦を進めていこうというのだ。もはや、両者は身内の敵をも欺きつつ、この交渉を押し通していくつもりなのだろう。今までの合戦とその為に死んでいった者たちは、一体何だったのだろう。長井隼人が関城に戻って和睦への反対意見を行動に示したとて、斎藤道三からも織田信秀軍からも、まったく無視されて相手にされていないのだ。

 長井隼人は、織田信秀との対抗策として信秀と対立する織田大和守の勢力と裏でつながってきた。そしてそのことを道三は充分に知っており、今まで隼人にその関係を利用させておきながら、今度は隼人にそれを裏切らせるようなことになった。
…そう思うと、やっぱりちょっと隼人が可哀想になってきた。
 与三はフラリと踵を返した。武藤に「帰るぞ。」と言った。余語が「森どのは何しにここまで出てこられたのだ。」と、尋ねるが、与三は口もきかずに余語と別れた。

長井隼人はつらい立場になってしまった____。
与三自身もどうなってゆくのであろうか。塞いだ気持ちで稲葉山に戻る道の途中で、斎藤道三の兵がやってきて与三や武藤を取り囲んだ。
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第十九話:「信長に続く道」

 森与三は、斎藤道三の兵士らに伴われて稲葉山の麓にある屋敷に入らされた。理由はわかりすぎる。長井隼人が与三に織田家の使者の暗殺を命じたのが知られてしまったのだろう。
しかし何もできぬままであったのに、処罰を受けるようであれば腹立たしいことだ。暗殺の対象は、つい先日までは殺して褒められるべき大恩賞の敵・織田家である。それを今日、殺そうとしたからとて咎められて首を刎ねられては冗談ではない。
「儂の人生は、今日、こんなにあっさりと終わってしまうものなのだろうか。」
 大小の刀は、屋敷に入る時に預けされられてまったくの丸腰である。もう、ここで何が起こっても自分を守る手立てはこの舌先三寸しかない。

 与三と武藤は部屋の奥へ通され
「ここでしばらく待たれよ。」と部屋に籠らされた。
その部屋には隼人の小姓の次郎・小次郎がいて、部屋に通されてきた与三を見るなりヘタヘタとなったが、泣きだしそうな笑顔をして「森殿、ご無事であったか。」とつぶやいた。与三は、瞬時に自分が道三の元に連れて来られた意味を理解した。

こいつら…。
暗殺が怖くて逃げ出したかと思えば隼人の元へ行かずに、道三に隼人の企てを話すとともに自分たちの保護を求めたのか。与三は怒りとともにドカリと大きく音を立てて床の上に腰を下ろした。次郎・小次郎は驚いて身をすくめた。
武藤はどうしてここに次郎・小次郎がいるのかも理解できないようで、次郎・小次郎に向かって「やい!やい!よくも逃げ出したな。」と怒り始めた。与三は武藤を制止した。もとはと言えば、与三が年若い彼らをだしぬけに巻きこんでしまったせいである。彼らだって、自分の心に沿わぬことに命を捨てるのは嫌であろう。腹立たしいが、彼らを巻きこんだ自分が悪い。

 部屋の中が静まり返った。やがて小次郎がすすり泣きし始めた。次郎は、与三のほうに顔を向けた。
「あの後、与三様はどうなさったのですか…。」
与三は黙って答えなかった。ただ、駄目だったと左右に首を振る。次郎は取り繕うように言う。
「あの…道三様には、森殿が織田家使者暗殺の意志が無かったことを私からお話しておいた。だから大丈夫だと思う。」
与三は、ギロリと次郎を睨んだ。
「儂らは大丈夫だろうが、隼人殿はどうなるだろう…。」
与三の言葉に、次郎も身を震わせすすり泣きし始めた。与三は、まずいと思って言葉を続けた。
「そなたらを巻きこんだ儂が悪い。すまぬことをした。」
謝りつつも、怒りが態度ににじみ出てしまっている。与三はこれ以上、この兄弟を怯えさせてはいけないと腕を組んで目を閉じて黙って座っていた。次郎・小次郎兄弟のすすり泣きばかりが漂う。そんな時間が何刻も続いた。
みんな部屋に押し込められたまま、何も起こらなかった。
武藤は「飯の時間でございますのに、拙者どもには何も出ぬのでございましょうか。」と、与三をつついてつぶやく。
与三は「飯のことを儂に聞くな。」とピシャリと言った。
武藤は「小便がしたい…。」と繰り返し始め、フラリと立ち上がって部屋を出て行こうとした。
その頃には泣きやんでいた次郎も、またすすり泣き始める。次郎は、与三の傍にやってきて与三の顔を覗きこんで不安を爆発させた。
「私は、大変なことをしてしまったのだろうか。」
十代前半の次郎の小さな身体がますます小さくなっている。泣きはらした眼が真っ赤である。
「道三公とて身内の隼人殿を討とうとはすまい。きっと、互いの気持ちを理解くださって腹を割って話し合い、かえって物事がよいように運ぶであろう。そなたは後の成りゆきを見守って、自分の正しいと思うことをやればよい。ご心配めさるな。」
与三が憶測でそう言うと、次郎と小次郎はホッとした様子で与三の横に近づいてきて、子犬のようにピットリとくっついた。

ああ…何かまた面倒くさい男に構ってしまった。

 用を足した武藤が部屋に戻ってきた「そこにいた侍女に飯のことを尋ねたら『知るか。』と言われました。」とさびしそうに言う。
「しかし、その侍女が申すには、道三様は、織田家に会いにでしょうが、大垣のほうに行っておられるようで…ただ今、お留守です。」
与三は驚き、組んでいた腕をはずして、その先の話を武藤から引き出そうと武藤を見た。しかし武藤は、次郎と小次郎が与三にくっついているのを見て、ぷぃと横を向いた。
しかし、別の思いがよぎり与三の相好が少し崩れて笑みが浮かんだ。
「五郎は小便に行っているだけかと思えば、誰ぞと話をしてきたか。別に、儂らはここに完全に閉じ込められておる訳ではないのだな。」
そこに間髪いれずに
「隣の間に、余語どのがいらっしゃいましたぞえ。」
と武藤が言う。与三はその名を聞いてゾッとし、高ぶった気持に一気に冷や水をかけられた。そして次の瞬間立ちあがって隣の部屋との間にある襖を力任せに開いてしまっていた。

 そこには暗がりで余語盛種が背を丸めて座っていた。いきなりにも襖が開いて与三の姿が出てきたので、驚いて目を見開いている。
与三は余語のほうへ踏み込んでいって立て膝を立てて余語の顔を覗きこんだ。
「どういうことだ。どうして余語どのまでここへ…。」
余語は与三のほうをチラリと見た。
「知らぬ。森どの、そなた何か隠しておるな。何か企てでもあったのなら、儂は何も関係ないと誰ぞに言ってくれ。」
その時、与三のいた部屋のほうの襖が開いて、道三の小姓が現れた。皆が小姓を見た。
「何をいたしておられる。森殿に話がある。ついて参られよ。」
 
 森与三と武藤は、小姓の後をついていく。小姓があまりに無表情なので、この先に何が起こりうるのか見てとれない。そして行きついた襖の前で与三だけこの部屋に入るよう促されると、武藤は嫌だと与三の腕をつかんだ。与三は「やめろ。」と武藤をふりほどき、小姓と二人で部屋に入った。
「今からお屋形(斎藤道三)様の部屋に入る。何も申し開きはなさらず、”はい”と答えられよ。さすれば無事に終わる。」
小姓が無表情を示したまま、与三を真っ向から見つめてボツリと言った。与三は知らず、ゴクリとつばを飲んで、息がとまった。
「ご心配めさるな…。」小姓が首をふりつつ、つぶやく。
この小姓が与三を思いやっての個人的な言葉なのだろう。

 道三のいる部屋につながる廊下に出て、「森どのをお連れしました。」と襖の前で挨拶すると、部屋の中にいた近習が襖を開いた。
「入られよ。」
 道三はすでに上座の畳の上に座っている。道三は禿げあがった頭に右手を乗せて触りつつしばらく黙っていたが、部屋に入ってきた与三をジロリと見た。
いつもの威厳と謀略に満ちた道三の顔が今日はことのほか恐ろしく感じられる。いつもは何びとの前にあっても堂々とした風情の与三であるが、今は心臓を素手で握られたような緊張を覚えている。
重々しい雰囲気に、やはり道三の殺意が自分に向いているのではないかと思いはじめ、息が苦しくなって窒息してしまうほどの威圧感である。道三は、この上ない不機嫌さである。与三は思わず床に這いつくばりそうになってしまったが、思い詰まって逆に浅いお辞儀になった。

道三が静かに、そして重々しく言った。
「このたび娘を尾張に遣わすことにした。」
パシリ、パシリと鉄扇を掌の上で鳴らす。
「無事に尾張に送り届けねばならぬ。蓮台村を通るという事もある。国境の警護の兵を出してもらいたい。そして、そなた自身も、嫁入り行列を護衛して尾張まで送り届けてくれ。」
与三は背筋が凍りついて言葉が出ない。道三の娘・帰蝶を織田信長に婚姻させるという話が持ち上がったのは隼人に教わり知っている。しかし今日、長井隼人に命じられて織田家の使者を切りに行ったのだ、そして今やそれを道三も知るところである。その与三に対して、これは何の為の命令なのだ。
「どうしたのだ、与三。」
道三は与三の返事を待っている。先ほど与三を案内してきた小姓が身を乗り出すようにして物言いたげに与三を見つめる。与三はあれこれ思考しながら話す風情で重々しく口を開いた。
「それは…何のご命令につきましても、まずは世話になっている隼人殿の赦しを得ねば、拙者の考えのみでお引き受けできませぬ。」
小姓は眉根に皺をよせて与三を睨んだ。道三は、大きく息を吐いた。
「隼人は今、事情があって儂の命で関城に帰している。そなたの事については、隼人には儂のほうから説明しておく、駄目とは言うまい。」
「え…。」と与三がキョトンとすると、
道三は、鉄扇の棒尻で床をドンと鳴らした。有無を言わせぬ威圧感である。
「しばらくこの屋敷において寝泊まりするがよい。さがって良い。」
与三の心臓は早鐘のように打ち続けた。「はい」も「いいえ」も言わぬまま、一礼してその場を退く。
そこへ道三が背後より「与三、そなたも嫁をめとられねばならぬの。」とボツリと言った。

 結局、道三には長井隼人の企みに関して何も問い詰められなかった。次郎・小次郎がよほど上手く話を伝えて言ったのだろうか。ともかく、道三は隼人と事を荒立てたくないのだと解釈するしかない。大丈夫だ。隼人もきっと大丈夫だ。一抹の不安を残しつつ、心配して待つ武藤の前に姿をさらした。
武藤が嬉しそうに笑う。

 与三と武藤が部屋に戻ると次郎・小次郎がいない。道三の小姓に尋ねると
「ああ、奴らは今日より道三公お付きの小姓になりました。」と言う。
…もしや…余語の野郎までもが…また道三のもとでも一緒という訳ではなかろうか。与三はだんだんとそのような気がし始め、暗い気分がさらにどんよりとし始めた。
先ほど余語がいた部屋との間の襖を見つめ、キョロキョロとあたりを見回す。「五郎、あやつが入って来れぬように、その襖の前に長櫃を積み上げよ。」と言うが早いか、襖が開いて、与三の部屋にのっそりと余語が入ってきた。
「森どの、そなたはどうも拙者に対して意地が悪い。先ほど襖を開け放ったのはそなただぞ。」
与三は押し黙った。しかし、余語はお構いなく部屋に腰をおろして居座る。
「今、拙者も道三殿に呼ばれて細やかな話をしてきた。」
ポンと与三の肩を叩いた。
「そなた、これでかえって良かったのではないか。隼人の傍で飼い犬になっているよりも、こちらにいたほうがよほど」
と、余語が言い終える前に与三の拳が鳴って余語の右頬をえぐっていた。眼に当たったのか余語はうつぶせて苦しんでいる。
武藤が「大丈夫にござりまするか。申し訳ございませぬ。」と、余語に寄って気遣う。

今になって隼人のいたたまれぬ思いが与三の胸にせまってくる。
「隼人殿は今、一体どうなさっているのだろうか…。儂がここにいると聞けば、きっと儂まで裏切ったと怒りに思うことだろう…。」
 

プロフィール

うきき

Author:うきき
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