FC2ブログ

小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第二十三話:「累卵之危」

 そもそもは土岐頼芸の女であった深芳野が斎藤道三の元で生んだのが、斎藤義龍である。斎藤家はこの義龍を道三の嫡男とし、その下に、「小見の方」の生んだ孫四郎、喜平次、利尭を義龍の弟として系図を置く。
 深芳野が道三の元にきてからの産み月の早さから、義龍が実子でないことは前より噂ではあったが、道三自身が嫡男を義龍としている限り、与三にとっては、噂以上のものではなかった。しかし、次郎の話では、それは真実であるといい、周囲の知るところであるという。それを逆手にとって道三が義龍を嫡男としているが故に、土岐家の旧臣は道三に目をつぶって従っているのだという。
 長井隼人も長井伝九郎も、与三にはそのような話は一切してくれなかった。道三の近親者の元にいたので、かえって与三は斎藤家に分の悪い話は、今まで何も知らなかったのだ。
 
 長良川のほとりに、武藤と与三が座りこんでいる。斎藤家の者達との鍛練の合間である。
「しかし、道三と義龍との関係はあまりうまくいっていないという噂ではございませぬか…。しかも、道三は人目にみてもあからさまに次男坊の孫四郎を可愛がっているとか聴きましたぞ。」
武藤が心配そうに言う。
「さもあらん。次郎の言葉がまことならば、義龍という存在は、ただ道三が土岐氏の家臣らを自分の元につなぎとめるための形式上の嫡男ということになる。そこに謀略はあっても、父子の情愛があろうはずもない。やはり血のつながった実の子が愛しいと思うのが親の情というもの。」
与三は手にしていた小石を川に投げこんだ。波紋が大きく水面に広がってゆく。
「与三様。道三は、土岐氏の旧臣衆の勢力を完全に掌握できた暁には義龍を廃嫡なさるおつもりでしょうか。」
めずらしくも武藤が冴えている。きっと、そうであろう。道三は、今までそうやって利用するものは利用し、利用し尽くして不要になれば闇に葬り去って来た。不要になれば、義龍を追い詰めて切ることもできよう。
 与三は斎藤道三に憧れもしていた。並みの人間では到底及びもしない道三の豪胆さ、貪欲さ、狡猾さ。誰が立ちふさがろうとも物ともしない不動のさまは、まるで何か天から遣わされた者とすら誤解しそうなほどであった。この先も、道三は更なる高みを目指して望むものは何もかも手に入れてゆくのだろう。
 その道三のギラギラとした燃え立つような野心は、若い与三にとっては戦国乱世の希望の光のようにも見えていた。このような世であれば、彼のように人の弱さを越えた存在でなければ国を治めてゆくことはできないとすら思っていた。
しかし、あまりに明るい太陽は、周囲に暗い影を造り出す。
道三がその先に見すえているものを知る周囲の者は、この先に誰が消されてゆくのか見通せるようになる。
「しかし、そうなったら…終わりだな。」
与三は手元の草を根っこごと引き抜いて、川に投げたが川には届かなかった。武藤が与三の顔を覗きこむ。
「道三も、人として終わりということだ。」
与三は立ち上がった。

 その時、長井隼人はどうするであろうか____。
隼人は関城に入ったまま、あれ以来、稲葉山にはまったく顔を出さなくなった。
道三も、義龍も、隼人も、この先ずっとこのままの関係を保てるのだろうか。
それを考えると、与三に底知れぬ不安がつきまとい始めた。
「これは自分に無関係なものではないのだ。これからは、ひとつひとつの動きを深く探って決して見誤まるまい。ともかく、道三の娘を尾張に送り出せば、その後は何としてでも一度、隼人殿に会って話をしよう。」

 与三はその帰り際、人目を盗んで密かに長井隼人の稲葉山城下における屋敷に寄ってみた。関城に戻った隼人や伝九郎は不在でも、誰かが留守居役として屋敷に残っているかも知れない。屋敷に行けば屋敷番をしている男が番小屋から出てきた。
 彼は、与三の顔を見て驚くようにして「あれ。森どのもご一緒に関城に戻られていたのではないのですか。」と言った。
「いや。屋敷にはどなたがおいでか。話があるのだが。」
「…ああ、伝九郎様のことですな。」
屋敷番は、きつい表情をして、歯をくいしばった。
与三は首をかしげる。
「いや。…伝九郎殿がどうかしたのか。」
「一足遅うございましたな。伝九郎殿は既に、運び出されてしまわれました。」
「は…はこびだされるとは…何を申しておるのだ。伝九郎は、関城からこの屋敷に戻ってきていたのか。」
「森どのこそ何を申されます。伝九郎様は、ずっとこのお屋敷で病に伏せっていらっしゃいました。」
「話が見えぬ。確かに伝九郎殿は隼人殿とご一緒に関城に向かっていた。一体どういうことなのだ。」
与三は、屋敷番の訳がわからぬ物言いに、だんだん口調が強くなっていった。屋敷番も目をしばしばさせながら、ようやく与三が何も理解していないことに気づく。
「ご存じないのですか。」
「何を。」
「伝九郎殿はお亡くなりになりましたが…。」

 夢にも思わぬことを突然に聞かせられて、与三は一瞬呆けたが、その後すぐに驚きで全身の血が逆流しそうになった。
「なに?」
「もう昨夜のうちに棺桶に納められて運びだされました。」
与三はあらん限りに両眼を見開いた。伝九郎が突如として亡くなるはずもない。伝九郎は確かに隼人と出て行った。屋敷番は何か別の者と勘違いしているのではないだろうか。しかし、屋敷番は首をふる。
「いえ、伝九郎殿です。でも、まだ、周囲にはこの話は伏せておれとのこと。森どのはご存じかと思って話してしまいました。後生ですから、私から聞いたと人に言わないでください。」
「ありえぬ。屋敷には今、誰か他の者はおられぬのか。」
「残っていらっしゃったのは伝九郎殿の側近の方々ですが、昨夜のうちに伝九郎殿の棺桶と一緒に出払われて、戻ってこられませぬ。お話を伺いたいのなら、出直してくだされ。」
与三は、伝九郎の死が信じられない気持ちと、自分だけが真実を知らぬ気持ちで興奮が治まらない。
どうして誰も教えてくれなかったのだ___全身には怒りに似た震えがこみあげてきた。

「とにかく、森どの。今日は引き取ってくだされ。」
「信じられぬ。伝九郎が死ぬはずはない。」
屋敷番は、ゴミの山を指さした。
「今からあれを焼くのでございます。何せものすごい吐血だったようで。」
 与三がそのゴミの山に近づけば、血がべっとりとついた布きれや布団、着物がおびただしく積み重なり、蠅が飛び、異様な腐敗臭を放っていた。
あまりの臭いに与三の胃の奥から胃液がこみあげてきた。
その悪臭は、誰かの死を告げていた。
「____伝九郎、本当にお前なのか。」

与三は足取り重く長井家屋敷をあとにした。
強く唇を噛みすぎて、血がしたたっていた。
スポンサーサイト

第二十四話:「和睦と合戦と」


 その晩、廊下ですれ違い際に与三から伝九郎の死を告げられると、次郎はたちまち真っ青になった。
「伝九郎殿が亡くなるなど、そんな…。先日まで、あれほどお元気だったのに。」
「道三様から次郎殿へは何も話がなかったのでございますか。」
与三が尋ねると、次郎は頷いた。次郎は身体に力が入らないほどに打ちのめされて柱に手を回す。
「病で亡くなられたと言う事だが、どうして今まであれほどまでに元気だった伝九郎がいきなり亡くなるのかまったく納得いきませぬ。あまりに急すぎます。」
与三の言葉に「そうだな…。」と次郎が力無く答える。
与三が無念そうに顔をゆがませると、それを次郎は不思議そうに見つめていたがやがて自分もつらそうにして視線を落した。
「もう、行かなくては…。」
次郎は唇をかみしめると、与三から離れて廊下を渡って行った。
 

 夜になって与三の身は部屋の布団の中にあったが、伝九郎を失った悔しさでとても眠れそうにない。 

伝九郎が死んだ。
隼人が烏峰城を賜わった。

今の与三にはそれしか判らない。いつも傍にいた二人が今はあまりにも遠い。
伝九郎はなぜ死んだのだ。本当に病死なのか、暗い想像が頭をよぎる。そしてそれとは裏腹に、無邪気に笑ったり怒ったりばかりして、必死で自分にくっついてきていた彼の姿が浮かんでくる。

 何なのだ。美濃の土岐家も、斎藤家も、長井家も一体何なのだ。
西村新九郎(道三)が美濃に入りこみ、斎藤家や長井家の本来の血族が次々と死んでいったかと思えば、今やフタをあければ斎藤道三や長井隼人、伝九郎といったまったくの別人がそこにいて、その名を語っている。
 そして幸いに齋藤道三の一門に名を連ねることができても、ある時不意に罪を着せられて、そのまま殺害され、或いは腹を切らされる身内もあった。それ故に、与三は、伝九郎が病死したと言われても、病死したのだとそのまま受け止めることなどできなかった。
 昼間に長井家の屋敷で見た伝九郎のものだという血のどす黒さを思い出していた。
あのようにおびただしい血が、病によるものなどであるものか!

 森家の居城である蓮台城の傍には、かつて無動寺城と呼ばれる城が造られた。尾張の織田信秀の美濃侵攻に対しての斎藤方の城であり、道三はそこに娘婿の土岐八郎を置いた。道三が仕えた土岐頼芸の弟である。美濃に入った織田信秀はその無動寺城を包囲したが、後に蓮台城にまで伝わってきた話では、信秀が城に攻め込む前に既に土岐八郎は腹を切って独り血みどろの中で死んでいたという。
あの当時は蓮台城の者たちもよく流れてきた噂を元に話をしていた。
「実はあれは、斎藤道三が亘利城の松原源吾を忍び込ませて娘婿を殺害させたのよ。いかにも織田信秀が襲ったように装ってな。」

夜のとばりの中、遠くに不如帰(ホトトギス)の雛の声がする。
今まで乱世にあっては致し方ないと思っていた斎藤道三をめぐる血生臭い抗争が、すさまじい嫌悪感となって与三の全身に広がってきた。
暗い闇で鳴くその頼り無くて悲しげな不如帰の鳴き声が伝九郎を思わせ、ますます与三を苦しめた。
  
 与三は眠れずままに朝を迎え、武藤を連れて道三の館へ伺候していた。
十日後には道三の娘・帰蝶が尾張の織田信長に輿入れの出立とあって、稲葉山の館はすべてが慌ただしい。
与三と余語盛種は、広間に並べ立てた帰蝶の婚礼の調度品を見に行った。全てが、豪奢な漆塗りの家具に革細工、金銀珊瑚に螺鈿をふんだんに使い、見た眼にもまばゆいほどだ。これを見ていた者たちはみな、ため息をつく。与三は別の意味で大きなため息ばかりついていた。
「どれもこれも、さすがだな。」
余語が腕を組んでうっとりとしている。
与三は、漆塗りの美しい箪笥を見つめながらその世界に吸い込まれそうになっていた。伝九郎は、もう綾も錦も見ることのできない暗い黄泉の国に行ってしまった。
「先ほどからふさぎ込んでおるが、おい。どうかしたのか。」
余語が覗きこんだ。
「あ…ああ。」
与三は深いため息をついた。しかし、首を振った。
「何でもない。」
「何でもないということはなかろう。」
与三の険しい目つきを見て、余語もアゴを手でいじりながらしばらく考えた。
「何か隠しておるな。」
その時、広間がざわめいた。このたびの主役である姫君の帰蝶が現れたのだ。
娘らしい薄紅色の衣に姿でその後ろからも、女たちが数名付き添ってくる。その中に、林新右衛門の娘の英もいた。他の娘たちは奇麗な明るい着物を重ね着してお洒落に決めこんでいるというのに、相変わらず、英はおよそ若い娘の敬遠する茶色い着物を着ている。
皆が調度品に興奮して黄色い声を出す中、英はその女たちの輪から外れて後ろで静かにうつむいている。
”楽しくない。”と顔に書いてあった。
余語は、苦々しい顔をして、
「あの女…。気の毒にまた煮物のような着物を着て。」
と漏らした。
与三は、帰蝶のほうを見た。母に似たのであろうか、厳めしい道三とはおよそかけ離れて、丸っこくて可愛い顔をしている。
「信長様はどういう方なのでしょうか。」
「お会いしたら、最初に何とお声をかけますの。」
女達はキャッキャと笑って姫をからかう。
昨日は敵と呼ばれた異郷に嫁ぐ政略結婚というのに、男たちの謀略の元で不憫なはずの女たちはあんなにもはしゃいで、何とたくましいことか。しかし、今の与三には、どうでもよいことであった。
 こやつらを尾張に送り届けて、はやく関城へ戻って長井隼人と話をしよう。今は何よりも伝九郎の死の真実を知りたい。ああ、今のこの身にとって、女どもの黄色い声は何て苦痛で耳障りなのだ。
「そういえば。」
余語が与三に話しかけた。
「織田信秀は道三の姫を信長の嫁に貰い受ける代わりに、自分の姫を道三に差し出すそうだ。それで斎藤家も織田家も木曽川で挨拶を済ませ、道三様の姫と信秀の姫とを交換してお互いの城へ引き返すことになるようだ。」
 与三は当事者であるにもかかわらず、家老らからそのような話を何も聞かされてなかった。余語はそれを知っていて気遣って与三に教えているのだ。
「織田信長には会えぬな。」
与三は、余語の顔を見た。余語は残念そうに笑う。
この男も信長のことが気になっているのかも知れない。

 与三は広間を去って廊下に出た。
中庭の枯山水の前で、大きく深呼吸をした。
温かい日だまりの中、つくばいの水の中には、スズメが入りこんで激しく水浴びをしている。その鳴き声はいかにも陽気である。
 与三が腕を組んで立ったまま柱に寄りかかっているそこへ、疲れ果てたようにフラフラとして、英が一人廊下に出てきた。廊下には既に与三がいることに気づくと、英は目をひんむいて「ヒッ!」と、驚いた。まるで化け物にでも会ったかのような驚きようである。
与三は腕を組んで柱に寄りかかったまま、上から英の顔に視線を落とす。
「そなた、加減でも悪いのか。」
その問いかけを無視して、英は怯えるように後ずさりし、また元の広間に戻って行った。
与三は再び中庭を見つめて深くため息をつく。

ややともすれば、林新右衛門が与三を見つけてやってきた。
「今しがた長井隼人殿の話を聞いてまいったが、森殿もお聞き及びでござるか。」
長井隼人の名を耳にして、与三はすぐさま我にかえった。
「御屋形(道三)様が長井殿にお与えになった烏峰城はいまだ土岐悪五郎が乗っ取ったまま。それを隼人殿が包囲なさったが、周辺の国人どもは斎藤家を憎んで土岐悪五郎に肩入れし、逆に烏峰城との挟みうちになってしまわれたようで。」
「え…。隼人殿は今、兵を出しておられるのですか。」
知らなかった!
与三は伝九郎の死にばかり気に取られていたが、長井隼人までもが窮地に陥っていると知らされ、青ざめた。
 

プロフィール

うきき

Author:うきき
森一族の小説を書こうとしています。

ブログ内検索

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。