小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第二十五話:「雄蝶雌蝶」

  道三の娘が尾張に嫁ぐ日がやってきた。
出立前の稲葉山城は人でごった返している。その人ごみを縫って武藤が与三の元へ戻ってきた。
「次郎も小次郎もどこにもおりませぬ。書状を渡すことができませんでした。」
与三は馬をなでつつ歯をギリギリとくいしばった。苛立ちばかりが先立ち、与三を襲う。
「しっかりと捜したのか。」
「捜しましたとも。しかし用事なら今でなくても戻って来てからでよろしいではないですか。もうすぐ花嫁行列が出立するというのに。」
武藤がそう言えば、与三は「役立たず。」と、武藤を無視して馬に跨った。


 森与三らの護衛の列や調度品の列も含めれば、花嫁行列はすさまじい長蛇の列に出来あがった。
与三は馬上より稲葉山城をじっと見上げていた。

「行列を尾張に送り届けてここへ戻ってくれば、儂は次郎と小次郎を連れてすぐに長井隼人の元へ行こう…。亡くなった伝九郎の事もそれまでは考えまい。」
 

 出立の儀式が終わって、いよいよ花嫁行列は尾張を目指し始めた。与三は馬にまたがり、駕籠を護衛する。尾張と美濃の国境にある郷里の蓮台村でも、きっと今日は慌ただしくしていることであろう。蓮台城にある父上は斎藤家にも織田家にも抜け目なく祝賀の挨拶をするのだろう。

 花嫁を尾張に引き渡せば、道三は安心して美濃国内統一を目指して兵を動かし始めることになるだろう。
「その時は儂も長井隼人を手伝って多くの武功をあげたい。」
今は東美濃の勢力と対峙している隼人。隼人の器量ならばやがては東美濃も平定できるであろう。
しかし、儂の不在を不便に痛切に感じていて欲しい。この儂の帰りを今か今かと待っていて欲しい。

やがて隼人が東美濃を平定すれば、またその先には果てしない敵が広がっている。きっとそこにも自分の進むべき道も続いているはずだ。

 街道の沿道には、どこも花嫁行列を目にせんという人々でごった返していた。皆、羨望のまなざしで花嫁行列を見つめていた。

与三は、帰蝶の輿とともに木曽川を越えて尾張側に入った。
 そこで引き渡しをすることになり、そのまま帰蝶とともに織田信長の元に行く者たちを送り出し、また、尾張から美濃に入る織田信秀の娘を引き取ることで与三については折り返し稲葉山城に帰れるはずだったが、両家の家老達は寺にこもったまま、なぜか引き渡しの儀が始まりもしない。次第に待たされる者たちの間で「何かあったのではないか。」ということになり、情報が錯綜し始めた。

「家老どうしがもめているのでは。」「尾張が約束を違えるような真似をしたのでは。」
想像にすぎない勝手な皆の発言が、たちどころに噂と化して人の口から人の口へと広がってゆく。

与三は陣幕の外にいて指示を待っていた。
ピロロロロロローーー。
鳶の鳴く声が澄みきった大空に響き渡る。
「頼む、このまま無事に終わってくれよ…。」

与三は馬上より降りて水を飲みながら周囲を見回していると、余語の姿はまだ馬上にあった。
「あの野郎…クソ真面目に。」
そう思っていたが、余語は硬直して何かを見つめたまま動けなくなっていただけだった。その視線の先を見れば、駕籠の横で床几に腰かけて休む英の頭が垣間見えた。
「なんだ、あいつ、どうもあの女が気になっているようだな。」と、思った瞬間、人ゴミが切れて現われた英はまるでカラスのごとくに黒い着物に身を包んでおり、与三は驚いて咳こんでしまった。
「あいつ、自分とて尾張の誰ぞに嫁ぐ晴れの日であろうに…。林新右衛門はただでさえ暗い娘にあんなものを着せておるのか。」
与三がゲホゲホと咳きこみながらも叫んでいるところへ、周囲の兵が情報収集のためかワラワラと集まってきた。
「なんだか、姫を織田家に渡すの渡さないのという話になってるようですが大丈夫なのでしょうか。」
「はぁ?!今になってもめているのか。」
「今から、このまま織田との合戦になるかも知れない…。敵がすでに戦の準備を整えていたらどうなりましょうか。」
「何だそれは。滅多なことを言うものではない。」
 与三はいつも自分が情報の中心にありたい。ただでさえ下知を待つほうの身になるのが嫌な性質だ。そんな自分が今の状況の確信に迫れないことに次第にいらつき始めたが、先に堪忍袋の緒が切れたのはこの花嫁行列の主役の帰蝶のようであった。引きとめる侍女達や側近を引きずるようにして家屋より出てきて皆を仰天させた。帰蝶が歩けば人ごみもザァッと割れて道を開けてゆく。帰蝶は木曽川の方へと歩いて行った。与三はこの姫が何をするつもりか判らなかったが、護衛として彼女の傍を離れずつき従った。

 帰蝶は物も言わずに、大樹の木蔭に入って、ずっとそこから木曽川の景色を見つめていた。自分の気持ちを落ち着けようと努める深い静かな呼吸が、重々しい着物の上からも見てとれた。
「姫様、中へお戻りください。」と、側近が帰蝶に寄って行った。
「話は進んだのか。」と尋ねる帰蝶の大きな声が与三の耳にまで届いた。
「いえ。」
その側近の答えに帰蝶は卑屈そうな笑みを浮かべて「私のせいか。」と漏らした。
「何をおっしゃいますか。」と周囲が否定すれば、帰蝶は皆から顔を背けた。その時に不意に与三と眼が合ってしまったが、帰蝶は視線を反らしてまた川を見た。チラリと垣間見た心中の不安を怒りに変えようとする彼女の一瞬の表情が与三にはなんともいえなかった。
「涼んでじきに戻る。」帰蝶はそう言ったまま、動かなかった。
 与三は何故に帰蝶が「私のせいか。」と言ったのだろうかと不思議に思ったが、それ以上の事は考えなかった。ただ、大樹の木漏れ日の中で美しい影を作る帰蝶の姿を背後で見守っていた。やがて取り巻きの女達が小走りにやってきて帰蝶のご機嫌を伺おうとしたが、帰蝶は近寄らせる雰囲気を持たなかった。英に関しては、この場には姿を見せなかった。
 しばらくして、また側近が帰蝶の元へ歩み寄り、段取りが整って引き渡しの儀が行われることが告げられた。帰蝶はホッとしたような少女らしい顔をする。
「どうしてこれほどまでに遅れたのだ。」
「申し訳ございませぬ。」
侍女は横合いから「お化粧を直しませぬと。」と頭を帰蝶に突き出した。
そうして帰蝶は、永遠に去ることになるかもしれない川向うの美濃の風景に背を向けて家屋に戻って行った。

 斎藤家と織田家との顔合わせも終わり、帰蝶とともに那古野城に入って織田信長に仕えることになる林新右衛門も、与三や余語盛種と別れの挨拶を交わした。今から始まる新たな人生への緊張感か新右衛門は必要以上に額に汗をかいてベットリとしていた。
「どうも世話になり申した。これからまた美濃で合戦三昧となるでしょうが、ご武運をお祈りしておりますぞ。またいつかお会いしたいものです。」
「林殿も達者でな。美濃に参られることがあれば、ぜひ話をいたしましょうぞ。」
「それはそうと…林殿…。」
余語がそう話しかけると、与三は肩肘で余語の背中をついたので、余語は話を中断させた。
新右衛門と別れてから余語が与三を睨みつける。与三は苦笑いして余語に答えた。
「あの女のことは他人の余語どのが口出しするものではないだろう。旦那になる男がキレイな着物を与えてやるさ。」
「誰も英どのの話などせぬわ…。何を勘違いしておる。」
余語が怒りだすと、与三はフンと鼻を鳴らして余語を置いて先に進んだ。「待たぬか」という声が背後より響く。

 美濃の斎藤道三と尾張の織田信秀の和睦により、今までずっと緊張状態にあった国境沿いは蓮台村も含めて見違えるほど雰囲気が変わり、今までのお互いの矛先が別の敵に向かった。そして国境沿いのいくつかの城や砦はその役目を終えて破却された。
 美濃の斎藤道三との和睦に成功した織田信秀は、それまでの古渡城を廃して、それより東に末盛城を築いて居城を移し、三河の今川氏との戦いに備えた。
天文十七年のことである。

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第二十六話:「借景烏峰城」

  雨雲が可児一帯の空を覆って地上のすべてを暗くしている。雷がゴロゴロと遠くで鳴って、今にも一雨きそうな状態であった。その表の状況が見渡せる陣屋の縁側にあって、長井隼人は帷子姿に足を組んで腰をかけ飯を口に入れつつ雲の行方を眺めていた。
 目と鼻の先には土岐三河守の占拠する烏峰城が見える。この土岐三河守という男は久々利に城を持つ土着の者で、かつて源頼朝の命でこの地に派遣されて以来の土岐源氏の名を語り、果てはこの地に入りこんで烏峰城主となった斎藤道三の養子・正義を憎んで自城に招き入れて騙し討ちにし、この烏峰城を乗っ取ったものである。

 斎藤家に反意を示した三河守を討伐せんと包囲した隼人であったが、くる日もくる日も戦闘に入るそぶりをまるで見せはしなかった。味方であれど隼人には正義の生前の思い上がった素行と粗暴な性格が許せない気持ちがあったので、彼を切られた所で三河守には恨みや復讐心も生じず、またそれにも増して隼人の頭の中は別の物と戦っていたのである。
 近習が傍らに寄って来た。
「西村小次郎殿より殿(隼人様)へご進上いたしたき儀があると書状が参りました。」と隼人の後ろに座って報告した。
「小次郎とな。またあやつらか。次郎も小次郎も戻ってまいりたいのなら戻って構わぬ。そなたから稲葉山のお屋形様(道三)に話を通してやってくれ。」
隼人の言葉を一通り聞いてから、近習は答える。
「この書状には別の用件が書いてございますが、いかがいたしましょう。私が内容を申し上げましょうか。」
 隼人は手についた飯粒までも口でこそぎとり、小次郎の書状を開いた。
「織田家との縁組の日においては尾張・古渡の城において織田信秀が一時、酒が過ぎて倒れる事態があり、そのために混乱が起きたものの、まもなく平癒したことにより帰蝶様を織田方へ引き渡した由。信長と帰蝶様の祝言を終えて信秀めは末盛城へ移り三河の今川に備えている。しかしまた、道三様はこれを和睦と見せかけて織田信秀を潰す謀略がある様子で、それが一年後であろうが二年後であろうが、しきりに機会を窺っていらっしゃいます。」

 その内容に隼人は握り飯を口に含んでいたその片頬の動きを止め、書状を近習につき返した。
近習も首をかしげた。
「殿、小次郎殿はまだ十二、三の少年。いくら今、お屋形様のお傍に置いておかれて色々な話を得ることができるとはいえど、彼の頭では理解しきれぬことも多いはず。このままこの書の内容を鵜呑みにすべきではないかと存じます。」
隼人はその近習の言葉とは無関係に話を続ける。
「織田信秀。信秀だけは、あれだけは絶対に何とかせねば美濃にとっては災いとなるのは明白。しかし、我ら多数の意見を押しのけて和睦という道をとり、娘を人質として織田家に嫁がせた以上、道三は何の謀略ぞ。一旦結んでしまったこの和睦を破ってはもう諸国ばかりか国内の誰も道三を信用せぬのは明白。」
隼人は漬物を口に入れてガリガリと音を立てて憎々しげに言った。
「今は織田信秀のほうが持ち駒が多い。土岐頼芸も尾張に逃れて織田の手の中。信秀は朝廷にも多くの貢物をしてその名が通っておる。それに…織田家は家柄においても…。」
そう言いつつ、隼人は口に右手を押し当てて黙りこんだ。
 近習は、その気まずい雰囲気を消し去ろうとしてか、小次郎の長々しい書状の後半部分を開いて差し出し「小次郎殿は義龍様の事も書き記しておられます。」と隼人に告げた。
「義龍殿とお屋形様の関係が一層微妙なものになりつつあることは、別の者から報らせを受けて知っておる。お屋形様は自分の力量で家臣を屈服させていると思いこみたく、義龍殿の存在がかろうじて家臣をつなぎとめておるとは認めたくはないのだ。」
 近習は困った表情を顔に出した。その顔を隼人は覗きこんで、その懐を手でトンと叩いた。
「そのような顔をするな…。他ならぬそなただからこそ本音を漏らすのだ。」
「申し訳ございません。しかしそうではなく、あの警戒心の強い…いえ、物事には慎重なお屋形様がたとえ小者の小次郎の前であっても、”信秀を潰す謀略がある”など、このように大事な話を漏らすものでしょうか。かつて殿がお屋形様に対して和睦を反対したことがあった為に、ひとえに殿のお心を和らげようとわざと小次郎に判るようにそのような話をなさっておられるのではないかと…。」
「かも知れぬな。いや、そうであろう。小次郎は自分が今、お屋形様の元にあって知りうることをすべて私に知らせようとしておるのだろうが、それはあまりに危ういことだ。それを逆手にとられてこの私が道三に何を言われるかわかったものではない。やはり私の手元に戻そう。そなた、戦況報告がてら稲葉山へ行ってくれるか。」 
近習は「かしこまりました。」と頷いて書状を懐にしまう。
「ついでに義龍殿にも内々に会ってくれるか…近々、隼人が土産を持って内密にお伺いするつもりだと伝えてほしい。」
 近習は一層に真剣な面持ちになり、一礼して御前を退いたが、隼人の元を退席して緊張をほぐしてひと息「ふぅ。」とため息をつく間もなく、彼を頼って小姓が寄ってきて、
「あの。武藤が森どののことづてを持って隼人様に会いに参りましたがいかがいたしましょう。」と相談してくる。
「私が会おう。」とその足で近習が武藤の元へ歩めば、控えの間で座って待っていた武藤は蔀の外に目をキョロキョロやりつつ開口一番、
「これだけ万全の準備をしておられるのに、まだ、敵城を攻めてらっしゃらないのですかな。」と言う。
それに答えて隼人の近習は言った。
「戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。」
その言葉に武藤がキョトンとした。

 とたんに、表では大きな音がして大粒の雨が降り始め、二人は驚いたように陣屋の蔀から顔を出して外の世界を眺めた。遠くで雷が光る。雨の斜線に白らんだ景色の向こうに、烏峰城がぼんやりと見える。
「ほほう…。あの烏峰城のある山は…よい山でござるな。何より木曽川のご加護があって攻め難い。ここはむしろ久々利の城を狙うべきではござらぬか。」
武藤が言ったが、近習は話を切り替えた。
「…武藤殿…森殿が隼人様の元に戻ってきたいと言っておられるのなら、そうすればよろしかろう。今はこの状況、和睦が成ったら成ったでそれをクドクド言う暇はない。」
「は…では、戻ってきてよろしいのでございますか。」
「私が稲葉山に行く用事の折に、諸々の話をつけよう。」
 武藤の感激した声にも表情を変えずに、近習はただ外の豪雨を見つめながら淡々とした様子で語った。「今、隼人様が烏峰城に攻め込めば、三河守だけでなく、斎藤家に不満を持っていた周辺の土岐の勢力が一斉に隼人様に襲いかかるであろう。ここは地道にこの一帯の領主どもに説得工作をして回り、この事態を収束させようと考えておる。合戦好きの森殿にかなりの辛抱を要するこの仕事が手伝えるか。」
近習が武藤を見つめた。武藤はニヤリと笑って見せた。
「うちの旦那はつねづね国中の些細な噂にまで興味を示して聞き知っておりますれば、敵の弱みまでも把握しております。どうとでもできますとも。」
 武藤は大きな声で胸を叩いた。近習は「そうか。では我々は帰りを待っておるので森殿にそう伝えよ。」とつぶやいた。去ろうとする近習の背後より、武藤は「あ…。それから、もう一件用事が。」と語りだすと、振り向きざまに近習が武藤の言葉を遮って話し始めた。
「伝九郎殿のことか。隼人殿は伝九郎殿の突然の病死にあまりにも落胆なさっていらっしゃる。伝九郎殿のことは我々にとっても辛い話であれば、もうその名を出さぬように。」
 武藤が言わんとしたことを先取りして語られ、その一件はピシャリと蓋を閉じられてしまった。
武藤が陣屋を退いて表に出れば、長井隼人の陣所より見える烏峰城は暗い雨模様の中でも青色桔梗の軍旗を押し並べ、遠方からでもその存在を強く際立たせていた。
 

プロフィール

うきき

Author:うきき
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