小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第三十三話:「鴆毒(三)」

 森与三は気が気でなかった。
 ここは斎藤義龍の屋敷である。
そもそも義龍自身が持病があるのか身体が弱いのか、医師は自分の屋敷に常駐させているようであり、薬もふんだんにあった。
 昨夜は長井隼人が倒れて、義龍の元に助けを求める形となり、森与三は義龍の屋敷でずっと隼人に付き添っていた。医師の見立てでは、隼人がすぐに全てを吐き出して、高価な解毒剤を飲んだお陰で大事なく済んだという。
 稲葉山にいた長井家重臣もこの事を密かに聞きつけて義龍の屋敷にやってきたが、寝込んでいる隼人とは口が聴けないとなると、責めるような口調で与三に事情を問うた。医師の言葉をそのまま伝えたが、与三にも何をどう答えてよいのかわからずに困った。
 
 というのも、与三は隼人が大丈夫と判るまで気が気ではなく過ごしたが、隼人の顔の血色がよくなっているのを見て、一晩かけて随分と気持ちが落ち着いて、これは一体誰が隼人に毒を盛ったかと考え始めたからだ。

 あの状況では、間違いなく隼人に毒を盛った下手人に「斎藤道三」が浮かんでくる。
昨日の朝、隼人は道三と大喧嘩をしている。道三が刀を抜こうとしたくらいに壮絶な喧嘩である。その晩には道三からもてなしを受け、帰りに倒れて、挙句の果てに「毒が盛られたらしい。」、ということになれば、誰もがまず隼人に毒を盛った下手人は斎藤道三と決めつけるだろう。そうなれば大ごとになるのは火を見るより明らかだ。

 しかし、下手人がまっすぐに道三にたどり着ける事に何か心の奥ですっきりしない。
『違う…道三であろうはずがない。いくら何でも隼人にこんなマネをすれば周囲の心が道三から離れる事は判り切っている。』

 
 隼人が目を覚ました。ボーッとして天井を眺めている。与三は小声で声をかける。
「隼人様…。お加減はいかがでしょう。」
「…ここはどこだ。」
「義龍殿のお屋敷です。」
「そうか…そうであった。」
「まだ、医師もこちらにおります。呼んでまいりましょう。」
隼人は首を振ってかすれた声を出した。
「大事無い。」
与三は首を振る。
「医師の話では、毒を盛られたということです。」
隼人の眼が驚いたように開いた。
「ちがう…私は東美濃の事で疲れがたまっていただけだ。皆にはそう伝えよ。」
与三は頷いた。
「しかし、隼人殿。今後の為にも何があったかははっきりさせなければなりません。」

「…それは私のする事だ。」
隼人は布団から起き上がった。
「屋敷へ帰りたい。おいとましよう。」
「大丈夫なのですか。」
「少し歩くくらいのことはできる。」
「私がまた背負ってまいりますよ。」
与三は立ち上がって部屋の襖を開けると、そこには義龍の側近が寝ずのまま待機していた。
「ご無理をなさいますな。お話が聞こえてまいりましたが、お元気になるまでこちらでご養生くださいませ。」
「いや、昨夜ははしたないところを見せてしまった。お恥ずかしい。」
立ちあがった隼人はまだ足元もおぼつかずにフラフラとして、しかし与三ではなく柱にとりすがってようやく安定を保つ始末だった。
「隼人さま、その場で少々お待ちください。」
側近は座を立つと、義龍を呼びに行った。
隼人は深く息を吸った。
義龍はすぐに足早にやってきた。表情はきつくなる。義龍も緊張して眠っていないようだった。
「そう足早にお帰りめされるな。まだ、寝ておられよ叔父上。」
隼人は、首を振る代わりに手を左右に振った。義龍を見つめる隼人の両目からそのうち涙がこぼれていた。
「義龍殿に昨夜のことをお詫びを申し上げねば…。」
「何をおっしゃるのか、叔父上。病人であればいたしかたないこと。何もお気に病むことはない。」
義龍は隼人が倒れぬように両手を差し出しつつ、深く気遣いして本気で心配しているのが与三の目にもわかった。隼人は息遣い荒く答える。
「いや、そのことではない。私がそなたとお屋形様の二人の橋渡し役になれればと安易に考えておった自分が情けない。」
義龍の顔色が急に変わった。
「あ…ああ。そのことは別に…。」
義龍は隼人の肩を押して、布団の上に寝かしつけた。
隼人はまだ身体がつらそうな顔をしているが、義龍に色々と物言いたげだ。
「与三。席をはずしてくれ。」と与三をこの場から退けようとした。与三は嫌だと言い返した。「隼人殿が回復するまでは絶対にお傍を離れませぬ。」と断言した。「ここは義龍殿のお屋敷だ。何の危険もない。」

 結局、与三は部屋から追い出され、隼人と義龍は部屋の中で二人きりになった。
薄暗い部屋の中で、2人の大きな影が静止している。沈黙がしばらく続いたが、やはり話を切り出したのは隼人だった。隼人の両眼からは押さえても涙が止まらない。
「義龍殿が不憫でならぬ。お屋形様がそなたをどれだけ冷たくあしらっておるのか判っていた。更には弟たちばかりを偏愛してそなたには見向きもしないという始末。これは今では稲葉山でもあらゆる人の口の端にのぼっていること。そなたが廃嫡されるのではないかという噂まで立つ始末。斎藤家にとっては大変よろしくないことだ。その事で昨日の朝、お屋形様をお諫め申し上げたのだ。」
 義龍は、表情を変えずに隼人の涙交じりの話を黙って聞いていた。長年に渡って気苦労の絶えない義龍の顔は、眉間の皺が縦に深く刻み込まれ、病とともに過ごしてきたその目は窪んでいた。
その顔を隼人が見上げる。
「この斎藤家を継ぐのはそなたじゃ。私はそこだけはお屋形様にはっきりしておいてもらいたく、何よりもそなた自身が不安に感じておろうから、安堵させてやりたくて昨日、あの夕餉の場でそのことをお屋形様の口から義龍殿に伝えるようお願いしたのだ。しかし、私がそなたとお屋形様に無理強いしたばかりに一層悪いことになってしまった。しかし、お屋形様の心づもりが…昨日のことでよく判った…。」
 それを聞いて、義龍は怒りで肩を震わせていた。道三から愛されぬ事実は受け入れていたようだが、叔父からわざわざそれを口にしてしまわれては、やるせなさが心を刺すのだろう。
 隼人とて自分の話に自分自身が激昂して声を震わせ、ふたたび布団から身を起こした。身をよじって義龍に取りすがる。
「そなたの事は、私が一命を賭して何とかする。しかし、私がお屋形様に毒を飲まされたことは、内密にしていてほしい…。」
義龍は更に大きくその身を震わせ、顔を背けた。
「叔父上は、父上が毒を盛ったとお思いなのか…。私の事で、父上がやったと…。」
義龍は、はらはらと涙を落とす。 
 子供の頃よりずっと父との不仲に悩みぬいて疲れ果て、諦めも混じっていた義龍の眼の奥には、それでもまだ人生を諦めきれず、苦難を克服せんとする力を宿していた。
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