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小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第三十四話:「予兆(一)」

 
 いくら長井隼人が毒に倒れた事を斎藤義龍や自分の家臣に口止めしようが、それはたちまち稲葉山じゅうの人の口の端に登った。本当に稲葉山じゅうに噂が広がったのだ。
 そして誰も口にまで出さぬがその噂には十分「斎藤道三の仕業では。」という前提が含まれていた。
 今の今まで「独断専行の斎藤道三に遠慮なしに何でも言えるのは家中で唯一”長井隼人様”だけ。」であったが、
「もはや隼人様の善言すら耳に入れることができなくなったとは。」
「まさか自分の弟の食事にまで毒を盛るとは…。」と人々は肝を冷やした。
その噂に「どうやら義龍様の食事にも毒が盛られたのだ。義龍様はそれを知って食事にお手をつけなかったらしい。」という話が加わるのには時間はかからなかった。

 隼人は体調が回復してからは自分の屋敷に帰って行ったが、義龍は毎日見舞いにやって来て、あれこれと隼人の話し相手になって一日を過ごす事も少なくなかった。
 そのうちにその事実を聞きつけて、思い切って隼人に見舞いに行く者もチラホラ出てきた。それでも隼人は笑顔で言い張った。
「どうも日々の無理がたたって身体を壊したようで…しかし、私がこれほど心配されていようとは、何と有り難いことだろう。」
 誰かが隼人の見舞いに行ったと聞けば、他の誰かが大慌てで隼人の見舞いにかけつける。
 隼人と義龍の親密度が増してゆき、稲葉山家中の重臣達が(恐らく道三には黙って)長井屋敷を訪問する機会が増すにつれ、だんだんと長井隼人の左右はそういった人々で固められ、森与三も隼人に呼ばれる機会が減り、日々やってくる稲葉山の情報も与三の中では滞ってきたのだった。

 与三は蚊帳の外___。そう言うにふさわしい状態になってきた。

 与三は内心イライラしつつ武藤と長井屋敷の厩舎で将棋を指していた。厩舎とは馬をつなぐだけの場所ではなく、ここに皆が寄りあってきて、馬の前の台で将棋を指したり、碁を打ったり話をして遊ぶ。、
「おわ!また与三様に雪隠攻めにされてしもうた!!!」
「五郎…もう、おしまいにしよう。お前が弱いから儂はまったく面白うない。」
「次は『飛車』も『角行』も外していただければ。」
「それでも儂が勝つからもう嫌だ。」
奥で将棋を指している別の者が手を挙げる。
「森どの、次は儂とやろう。そこそこ強いからの。」
「おう。」
与三は武藤を置いたまま席を立って彼らの対局を見に行った。
心の中では思っていた。

「儂はこんなところで何をしているのだろうか__。」と。

将棋を指しつつ、誰かがあけっぴろげに話し始めた。
「そう言えば、皆が隼人様は毒を盛られたと申しておるが、本当なのか。森どのはあの時ご一緒だったのだろう。」
厩舎にいた者たちは青ざめるも半分、将棋どころではなく手を止めて顔をあげた。与三がどんな答えを返すのか待っている。
「いや。確かに一緒にいたが、医師も東美濃に詰めた時の疲れだろうとの見立てだった。」
「いやいや信じぬぞ。それは嘘なのだろ。本当の所はどうなのだ。」
「儂はそういう事には詳しくない。憶測で物を言うて間違っていたら困る。」
与三は厩舎の窓から隼人の屋敷を眺める。自分の足元では、皆がささめき合う。
「しかし、こう毎日見舞いが来て誰かが入り浸っておれば、逆にお屋形様の不信を買うのではないか…。」
「有りうるなぁ。」
「しかし、おかしいよな。隼人どのは昔からお屋形様のことを決して”兄上”とは申されぬ…。」
「それは、また別の話であろうに。」

 その厩舎へ、長丁がやってきて、隼人の馬を出して鞍をつけ始めた。皆がそれを見る。
「隼人殿がお出かけなのか。」
「はい。お屋形様のお呼び出しとのことで急いでおりますれば…。」
馬丁は急いで準備している。
「え…。お屋形様に呼び出された。」
皆がその事に驚き立ちあがって、厩舎から出た。
屋敷の玄関口には、既に隼人が出かける支度をして姿が見えた。

厩舎にいた皆がせっつく。
「お屋形様に毒を盛られたと皆が言っておるのに、稲葉山にお出かけあそばされるのはおやめになった方がいい。森殿、お止めなされ。」
「儂?」
 与三は隼人の所へ歩いて行った。隼人は玄関先に腰をかけて草履を履かせてもらっている。玄関口から与三の影が差した。
「与三。そなたは留守をしていてよいぞ。」
隼人は笑って言う。
「しかし。」
「私がずっと寝ついていたせいで変な噂が立っておる。お屋形様の呼び出しはそのことであろう。中には私がお屋形様と仲違いしたと思って味方につくと見舞いの席で言った者までいる。このままにしておく訳にはいかん。私が動かねば、斎藤家をまとめることができぬ。」
馬の用意ができた事を知ると、隼人は立ちあがって玄関を出た。
厩舎にいた者も皆、心配して隼人に寄って取り囲む。お出かけなさいますな、と言って首を振る。
「皆の心配は有り難いが、何一つ心配することはない。身体の調子も良くなったし、何よりお屋形様のことで変な噂が立つのが耐えられぬのだ。私や義龍殿がお屋形様と仲の良い所を見せれば、皆が安心するであろう。」
「せめて森どのをお連れ下され。」
誰かが与三の背後でそれを言うと、隼人は笑った。
「義龍も立ち会ってくれる。心配いらぬ。」
「え…義龍どのが…。」
それはますますお止めになったほうがよい__。と、皆、咽元まで言葉が出かけていたが、そこはグッと飲みこんだ。
「この機にすべてのわだかまりを捨て、話し合うべきなのだ。」
 隼人は馬に跨って、道三の屋敷に向かって行った。供には別の者がついてゆく。
与三は隼人の後姿を見送りながら、なぜか自分だけ取り残された気持ちがぬぐえなかった。しかし、本当に行かせてよかったのだろうか。大丈夫なのだろうか。

 与三だけではなく皆はもうどうしようもないほどに隼人を心配する。
「何としてでもお止めすべきだったのに、どうして止めなかったのじゃ。」
「森殿、殿に何かあったらそなたのせいだ。」
与三は、自分だけ思いもよらぬ叱責を受けて眉根を寄せた。
「そなた達だって止められなかったではないか。」
皆は輪になって顔を見合わせる。
「なぁ、まさかの時の為に、我らで合戦の用意をすべきではないのか。」
「合戦、この人数でか。」
与三は大きく首を左右に振った。
「おい、皆、隼人殿が今までどれだけの合戦をかいくぐって来たと思っておられるのだ。勝算無しには動かれぬわ。」
皆がシーンとする。
「勝算?なんだそれは。」
「森殿、実は何か裏があるのか。」
与三は再度、首を振る。
「知らぬ。知らぬわ。しかし、隼人殿が大丈夫とおっしゃったのだから、大丈夫なのだ。儂らが噂に惑わされてどうする。儂も含めて、まずは皆、落ち着こう。」
与三は厩舎に戻ってゆく。
「五郎行くぞ、将棋の相手をしろ。」

 しばらくすると、その日のうちに今度は蓮台村から近松新五右衛門が与三を尋ねてやってきた。与三と武藤が厩舎に籠って膝を抱えていた所を「お客人ですぞ。」と呼びだされた。二人が出て行くと、近松は実に暗い顔をしていた。
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第三十五話:「予兆(二)」

「与三様、お久しゅうございます。長井殿はお留守のようでございますね。」
蓮台村からやって来た近松は森与三に差し向かい、非常にゆったりとした口調で答えた。
与三は驚いた顔をした。
「まさか蓮台にまで隼人殿の話が届いているわけじゃなかろうな。」
「話とは何のことでございますか。何か、あったのでしょうか。」
それよりも与三は近松の顔が曇っているのが気になる。
「判らぬならよいのだ。新五、何か嫌な報せなのか。」
「いえ…あの…。」
その時、武藤が与三と近松の立ち話に近づいてくる。
「与三様、何かよからぬことでもあったのでございますか。」
武藤が近松と与三の顔を交互に覗きこむと、近松は一呼吸置くようにして切りだした。
「…大殿(可行)にお子様が…つまりは、与三様の妹君がお生まれになりました。」
まるで想定外の話をされて与三はつい口に手をやった。
「…親父はいつの間に…。何も知らなんだ。」
三人はしばらく沈黙したが、その後、武藤が高笑いして懐から扇子を出して広げてはしゃいだ。
「いや、いや!何とも何ともおめでたいことではござらぬか。与三様に妹君がお生まれになったとは。蓮台城に花が咲いた。お名前は何とおっしゃるのか。」
「お鍋さまと申されます。」
「おっほ。お鍋さま。与三様がとうとう兄上様になられた!」
 武藤がおどける中、近松は笑いもせずに視線を下に落とす。与三はそれを見逃さない。近松は、与三のことが恐ろしいのか悲しいのか、ただ、この場の武藤の喜びように心が耐えきれぬ様子でようやく唇を開いた。
「申し上げにくいのですが…お立さまが嫁がれました。」
自分に妹ができた話の次にこの話。与三は何かにガツンと頭を打ちのめされた気がした。しかし、今の言葉がよく聴き取れず、いや、聞き取れたのだが、何かの聞き間違いと思い、近松に向かって首を前に突き出した。
「え…。何と申したか。お立がどうしたのだ。お立が嫁いだと言うたか。」
「申し訳ございません。お立さまにはもう、どうしようもなかったのです。」
「お立が…。」
「昨日の事にございます。」

 与三の頭は一瞬で真っ白になった。
お立とは確かに最近は連絡も滞っていたが、愛情を確認しあい、いつか嫁に迎えると約束までして、それを蓮台村の者たちもよく知っていたので…青天の霹靂だった。
「お立さまの父上が…大殿に訴え出られて、お二人が別の方との縁談をお決めになってしまわれました。」
与三の眼球が左右に小刻みに動く。
「親父は儂に何の相談も無しに、お立を嫁に出したのか。」
「お立様はこのままでは二十五におなりです。与三様は蓮台村に戻ることもなく、かと言ってこちらにお招きになることもないので、お立さまのお父君がご心配になって大殿にご相談にあがったのです。」
 自分の事で父親に相談に行かれるなど、与三にとっては屈辱どころではなない。ただでさえ、親父に対しては馬鹿にされたくないという意地がある。
与三は足元がフラついた。
「もう、お立は嫁いでしまった後なのか。もう、どうにもならぬ話なのか。」
「もう…遅いのです。」
近松は頷いた。
「そなた。どうしてそうなる前に儂に報せてくれなかったのだ。お立も、どうして逃げてこなかったのだ。」
 与三の心にフツフツと怒りがこみ上げて来てだんだんと歯ぎしりが激しくなる。関節が白くなるほどに強く拳を握った。
「これは許されぬことだ。今からお立を取り戻しに行くぞ。相手の男にも一太刀浴びせてやる。」
その言葉に、近松も、武藤も仰天した。
次の瞬間には与三は「馬だ、馬だ!」と叫びだす。長井屋敷に居た者達は、長井隼人の身に何かがあったのかと青ざめて飛び出し、与三を取り囲んだ。


 さて、一方、長井隼人は稲葉山城下の斎藤道三の屋敷を訪問した。
道三は隼人に対面するがその顔は眉根にしわを寄せていたく機嫌が悪い。
「隼人。そなた謀ったな。」
突如として言い放ち、道三は隼人を睨んだ。
「何のことかは存じませぬ。」
隼人はサラリと答えた。
道三は歯ぎしりして舌打ちする。
「今や皆が儂の陰口を叩いておるわ。そなたに、そして義龍にまで儂が毒を盛ったと。」

 隼人は上座に座る道三に にじり寄った。その顔を道三の右耳に近づけてそっと語り出す。
「そのような根も葉もない噂が立っているとは。しかし、それはお屋形様自らが人を謀って虐げ続けてきたからに他なりませぬ。私はお屋形様の用意した宴で毒を盛られて死にかけたのですぞ。まことに一時は心中お屋形様をお疑いしましたが、今は、そうではないと信じております。少しは私の身体をお気づかいくださいませ。そしてお屋形様自ら下手人を探し出してそやつを捕らえてくださいませ。」
その隼人の言葉に道三はしばらく沈黙していたが、
「隼人、そなた儂がそんなに恨めしいのか。」
とこぼした。隼人は信じられぬという形相で首を振る。
「仰せの意味がまったく判りませぬ。」
「下手人はそなただ。毒を飲んだというのはそなたの狂言に相違あるまい。なにゆえ身体を張ってまでして儂を落としいれたいのか。」
道三のその一言に、隼人はますます驚いた顔をして取り乱し、感情を押し殺しつつ声を振り絞った。
「今日は私を案じての優しいお言葉をかけてもらえると勝手に思うておりました…。それが、まさかこの私をお疑いになるとは夢にも思いませんでした。こんなことなら、いっそあの毒であのまま死んでおればよかった。それがお屋形様の望みと言うなら、死んでおればよかった。」
道三は隼人の言葉に含まれた劣等感を見逃さなかった。
「そなたは一体何がしたいのだ。儂はそなたが一番可愛いし、大事に思っておるからこそ国の半分とも言える東美濃を与えたのだ。それでも満足できぬのか。」
道三は手を伸ばして、隼人の肩を優しくなでた。大きな手だった。
「隼人…。もしやそなた、それでもまだ不服で斎藤家を継ぎたいのか。」
道三のその一言に、隼人は両眼を見開いた。道三に傾けていた身体を真っ直ぐにして居住まいを正す。
「ご冗談を。それこそご冗談を。なぜ、そうお疑いになるのですか。」
隼人は自ら息を落ち着かせようとつとめて話し続けた。
「お屋形様はこの世に生きるどのような生き物も野心満々だと思って、私の事までそのように考えておいでらしいが、私は今の長井隼人佐が好きでございますから。斎藤家を継ぐのは義龍殿以外ありえないとも思っております。」
その隼人の言葉に道三は怒りに身を震わせた。
「やめよ。義龍の一件にそなたが立ち入るでない。」
「今逃げていても、この先遠からずこの事に向き合わねばならなくなるのです。いや、お聞かせしずらいお話ではありますが、私が毒で寝込んでいた間、実に多くの思いがけぬ方々が見舞いにおいでになりました。そこで実にいろいろな話を致しましたぞ。いや、皆口をそろえて言うには、何か些細な事でもあれば自分たちもお屋形様に殺されるのではないかと…皆皆、怯えておいで、ならばいっそ…と…きっと、皆、その足で義龍殿の元にもお見舞いに行かれたはず。」
「何?」
 あまりにも無礼な隼人の言葉に、道三は血走らせた両眼をカッと見開いて憤怒の表情を見せて立ち上がった。隼人はそのまま逃げるように部屋を出て「小次郎!小次郎よ!」と叫び、間もなく現れた西村小次郎の腕をつかんでそのまま急いで道三の屋敷を退出した。

 隼人が再び馬の背にまたがり屋敷への道を戻れば、夕暮れは天いっぱいに黄金色に輝いて、下界をあまねく赤に染めている。隼人は先ほどの興奮が治まらずに息があがり、そして小刻みに唇を震わせていた。小次郎は馬上の隼人の姿を心配そうに見上げていた。

 その帰り道に、与三が棒のようになってどこぞに向かってフラフラと歩いていた。隼人は心中それどころではなかったが、与三が隼人の存在を気にも留めずに横切り、供も連れず、しかも顔がひどく殴られて赤いあざだらけなのを見れば、驚いて馬を回して与三の前に立ちふさがらずにいられなかった。
与三が腫れあがって開かなくなったまぶたを押し上げるようにしてようやく隼人の姿を認めれば、もうどうしてよいのか判らぬという顔つきで、「ご無事でしたか隼人殿…。」と与三は安堵のため息をつきながら前にのめりそうになる。「おお、小次郎殿も戻られてきたのか、よかったの。」与三は小次郎の姿を見てそう言い、一人で納得したかのようにうん、うん、と頷いた。そしてそのまま手綱をつかんだ隼人の拳に手を伸ばす。
「隼人殿、拙者はこの上は、生涯一度のよき敵にめぐり会いたい。ただひたすら、よき敵にめぐり会いたい、今はもうそれのみでござる。今なら、どんなに厳しい合戦でも受けて立ちましょう。」 
何の脈絡もない与三の突然の言葉に、隼人は呆気に取られて首を傾けた。
「そなたらしゅうない。さては女と何かあったのか。」
実にあっさりと隼人に見破られて与三はその場で叫び出しそうになった。
「与三…かような時は、わめかず騒ぎ立てずに、一人でじっと静かに堪えておるのがよい。」
隼人の馬がブルルと鳴いて、生温かくて臭い息が与三の顔にかかって、与三は気持ち悪くて吐きそうになった。隼人は、そのまま小次郎を伴い、屋敷へと戻って行った。

 日没に近づいて、稲葉山の山の端はますます暗くなり、城の周りにはかがり火が灯され始める。
長井隼人の後姿を見送りつつ、与三はどうしようもない自分に滂沱の涙を流した。

 

プロフィール

うきき

Author:うきき
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