小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第四十二話:「三間半(一)」

 信長に誘われて与三が進んで行ったのは武器庫であった。
これは信長自身が使用するためのものではない、合戦時に足軽らを初めとする兵士に貸し与える戦道具一式を保存してある倉庫であった。
「開けろ。」
番をしていた兵士に信長が一言言うと、周辺の番人の数人が駆け寄って倉のカンヌキにかけてあった鎖を解き始める。何を見せられるのだろう。信長の背後にあって与三はまだ見ぬ宝に胸を高鳴らせていた。

 重い扉が開くと、その中に収められていたものは、全てがまだ血を吸わぬ真新しい鑓の束であった。
その束がいくつも積み上げられている。
「できたばかりの鑓だ。いくつあるか分かるか。」
信長の問いに、与三はぼんやりと武器庫の中を見ながらも「三百五十。」と即答した。普段より兵の数も、馬の数も、武器の数も、一目でわかるように訓練してある。
 ところが信長はニヤリと笑って天井を指差した。
「この上にも同じ鑓が三百ある。」
そして床を指差した。
「あと、地下に三百五十。長さはすべて三間半(6.3m)だ。」
そう言って信長は束になった鑓の一本を持ち上げ与三に手渡した。
与三が見たこともない、長い長い三間半の鑓であった。戦慣れした与三がこの鑓を両手で支えようとするだけでも精一杯である。突くことも叩くことも難しい。与三には長柄の鑓の更に常識を超えた長さに理解しがたいものがあったが、そのことは口に出さず、信長の次の発言を待った。しかし信長は信長で、与三の表情をじっと見つめながらその反応を確かめているようである。

沈黙の時が流れた。二人の息遣いだけが残った。
この空気に我慢できずに先に口を開いたのは与三だった。
「見事ではありますが、長すぎます。この長柄の鑓を戦の場でどう使うおつもりであられるか。」
その一言に信長が食いついた。
「鍛錬しても難しいと思うか。あと二千はそろえようと思っている。」
信長のその答えに与三はぎょっとした。縦長い倉にまっすぐにおさめて飛び出しそうな勢いの鑓が山積みなのである。普通でない鑓のためにあと、武器倉が二つも要るのか。
「持つので精一杯でござる。」
「持てればそれで良い。」
信長は鑓束の上に腰を下ろした。
「そこもとの仕える道三殿は戦場で先方の歩兵どもに三間の鑓を持たせておった。知らぬのか。」
そう言って信長は、与三にあごつき出した。
その仕草の意味がわからず与三は戸惑ったが
「その鑓をヤツに渡してみろ。」
と信長が言葉にして言い直した。
「ヤツ」というのは先ほどこの武器倉の扉を開いた番人のことである。まだ入り口に控えていた。
与三は両手でその鑓を番人に渡すと、番人は右腕一本で鑓をすくうように受け取り、均衡を失った鑓が傾き始めると、今度は左足で鑓の石突を蹴り上げた。三間半の長柄の鑓は、右手の拳の中で回天した後、天に向かってまっすぐに突き立ったまましっかりと制止した。
番人がふたたび鑓の石突を蹴ると、鑓は自らの重みで前に傾いた。鑓の穂先がこちらを向かずとも、与三は切っ先を仰ぎながら、つい身をすくめた。回転した鑓を番人は両手で地面とあやまたず平均に持ち抱えて「エイッ!」とふたたび突き上げた。すごい身のこなしではあろうが、鑓を使うには普通ではない動きだ。
ただ、意味をつかみ損ねて深い息をする与三の背後から、信長は「儂に足りぬのは戦だけだ。」と言い、与三をハッとさせた。信長は立ち上がって番人の方に進み、白い歯をむき出しに笑い「見事だ。」とその肩を叩いた。番人は嬉しそうに頭を下げた。
与三はつい口に出した。
「しかし、道三が三間の鑓を作ったなら、なぜそれを更に半間長くなさったのだ。」
それを聴いた信長はスラリと一直線に立ったまま、与三を見返した。そして黙ったまま与三に視線を合わせて逸らさなかった。
その仕草が『なぜか、わからないのか?』と問い返す意味であったことは、なぜか与三にも伝わった。



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第四十三話:「三間半(二)」

 
 信長は余語盛種を連れてまた出かけてしまった。
余語のことをよほど気に入っているのだろう。
 そして信長という夫が留守の時は、決まって妻の帰蝶は城内の美濃衆と寄りあって談合を始める。いや、留守の時とは限らず、信長が彼女の元へ渡ってこぬ限りは美濃衆を多く出入りさせた。そのまま誰かが美濃に使者として走ることもある。その堂々たること、度を越して目立つこと、妻の行動が信長の耳に届かないはずはない。
 それは実に危ういことだ。信長の守役であり弾正家宿老である平手と、帰蝶や美濃衆との間にはすでに深い溝ができていた。いや、それぞれの事情に従えば、同じ居場所にあっても、心より親密な関係など築けるはずもなかった。今は、ぶつかりあわぬだけマシなのかも知れない。そして、それは平手の我慢によるものが大きい。しかし、それもいつかは破られる日がこよう。

 夫君・信長はそういった城内の諸々の一切に対し、『我関せず』と、いう感じで目をつぶっている、あるいは素知らぬ顔をしている、と言った方がよいかも知れない。
ただ、信長は妻に無関心ではなかった。信長なりのたっぷりの愛情と気遣いを帰蝶に示していた。
帰蝶が、”自分は夫君をうまく手のひらの上で操っている”と、信じこめるほどに。

 その自信も手伝って、帰蝶は織田家の城内においておおっぴらに企てることを止めなかった。
そして帰蝶が目にし、耳に入れた織田家の内情は逐一、本国美濃の斎藤家にもたらされた。出る情報、入る情報には何が有益であるのか、彼女なりの判断で加工され、取捨選択された。それが帰蝶の使命であり、織田家に入りこんだ彼女の存在意義と誇りのすべてでもあったのだろう。

 彼女は先日の信長と与三の会話の些細な内容にすら報告を迫った。
与三は、帰蝶が気にして追求してきそうな部分は削って言上した。信長が三間半の鑓を大量に作ろうとしている主旨が伝わればそれでよい。与三の隣には林新右衛門が座っている。帰蝶は与三の話を注意深く聴いた。そして一言、感心したような口調で言った。
「まぁ…あの人が三間半の鑓を作っておるとなぁ。」
そのことは、帰蝶は知らなかったようだ。こんな情報も美濃に届くのか。
「さようで。ですが御屋形(道三)様の三間の鑓については手前は存じませぬ。」
与三の言葉に、帰蝶は新右衛門と目を合わせて首をかしげた。
「あの人が父(道三)の三間の鑓の事を知っておるとは。よう知っておるな。ふ、子供の自分に戦にでも出たのか。」
『道三の三間の鑓』のことを知らぬという与三に新右衛門が説明を施した。
「森殿。その長鑓のことなら、突いて引くのでも、叩き落として使うのでもない。歩兵が横に並んで長柄鑓を上から叩き下ろし、下からはね上げたりを繰り返して風を起こしつつ敵のほうに歩いて向かうのよ。列が長くなればなるほど横にも逃げ道が無くなるのはもとより、それを見ただけで怖いものではござったな。その中に突き進んでくる者などいようはずもなかった。しかし、鑓の数がそろった上で兵の統率がとれねば意味もなく、御屋形様の戦の方法も変わってきたゆえ、次第にお目にかからなくなったのう。」

 信長は、道三の三間の長柄鑓よりも更に半間長くして、今から更に数を増やそうとは…。
与三は帰蝶の御前ということも忘れ、その場で信長の考えを読まんと一人物思いにふけっていると、ふと帰蝶の視線を感じた。

眉間に皺を寄せて、疑わしい目でこちらを凝視している。

『やはり何か…最初から感じておるが、普通の感情の視線ではない。この女は儂を嫌っておるのか。』

与三は何食わぬ顔で「拙者の顔に何かついておりますか。」と帰蝶に聴いてみた。次の瞬間、帰蝶にはまったく違う方向の切り返しをされた。
「なぜ信長殿は、余語どのを連れ歩くのじゃ。昨日は、余語どのに屋敷を与えるなどと言い始めた。できれば正式に織田家の家臣として迎え入れたいとまで言い出す始末で、私のほうからも父上にお断りを入れよ、とまで。今まで私の言うがままだった信長なのに。」

場が静まった。
しかし帰蝶はそこで止まらなかった。彼女の口から余語への疑念が、堰を切ってあふれだす。
「余語殿と何を話したのかを聴いても信長殿は『何も話していない。』とばかり。何を気に入ったのかと言っても『儂にしか判らぬ。』と申すし。それにしても、そもそも余語はどういう者か。私は美濃におる時にその者の名を聴いたこともない。」
 帰蝶のために尾張に入り、今この場にいる美濃衆には、若い余語盛種よりもずっと年上で重要な立場の者もいる。そして彼らも今、この場に一緒に座していた。おまけでついてきたような余語が来た早々にこの手の話題の中心になることに対して、この者達が嫌悪感を覚えぬはずかなかった。
「余語は、美濃の内部の話を信長殿に漏らしておるのではあるまいか。これで織田家の家臣になってしまえば、我々側はもう余語のことを咎めようもない。」
「もともと余語は尾張者ゆえ一族も織田家のいずれかに混じって仕えておりもしよう。斎藤家からすぐに織田家に乗り換えるにもためらいはなかろう。」
という話になっていき、余語が積極的に裏切っているという仮定がだんだんと確信の言葉へと変わり、その証拠ともいうべき理由づけの段階へと変わっていく。
自分で確信めいた疑問を提示しながら、返された人の言葉を真に受けまいと努める帰蝶の表情も硬い。

「ともかくも、余語殿と話をいたさねばの。」新右衛門がその場を収めようとした。
「それならば、信長殿が引きまわして、話す暇も与えてはくれぬ。」帰蝶が眉根を寄せて渋い顔をした。
「しかし余語殿と森殿は仲が良い。森殿、余語殿から何か聴いておられぬか。」新右衛門が付け足した。

「は…。」
急に話をふられて、与三は口をポカンとさせた。
皆が与三を見る。
与三は余語のことは仲良しどころか大嫌いだ。特に尾張に来てからろくに口もきいていない。彼をかばいたくもない。
「皆、早まりなさるな。そもそも余語が寝返ったとて、美濃においては片隅に居ただけの男、それがどれほどの事を信長殿にもたらせられようか。」
与三はそう言い、自ら深く息を吐いた。




第四十四話:「三間半(三)」

 夜、森与三は客人として与えられた部屋に入って眠る。

いつものクセではあるが、狭い部屋の天井を見ていた。自分に与えられた、しかし自分の領地ですらないこの部屋の天井を。
『余語が…織田信長の家臣にとして迎え入れられて屋敷を手に入れるか…。』
胸の中を、何かがチリチリと焦した。着物をガバッと顔に引きかけて、与三は平和に眠らんと努めた。
これは嫉妬ではない。余語などのような小さい男に嫉妬するはずがない。
戦だ、戦のために自分はここにいるのだ。振り回されるな___。

 与三は大きな肢体をぎゅっと丸めていたが、考え込むうちに、余語のことについての事実がどのようなものか一応は把握しておくべきだと思い始めた。そう思いつけば早速に飛び起きて部屋を出て、余語が寝ているであろう部屋へ向かったのだった。

 その余語の一室だけ、灯りの漏れていた。まだ眠ってはいないようである。
そこから確かに余語の声を含む会話が聞こえてくる。会話の相手は誰なのか、あれこれと考えるのは性に合わない。
「森だ。話があるのだ。開けるぞ。」
と、言うが早いか与三は一気に戸板を開けた。

 その部屋の中にいたのは余語ただ一人であった。
薄暗い灯りの中、布団の上で何かを手にまるめこんで座っている。余語は眉根を寄せ、何事かという顔をして与三を見あげた。
与三はあっけにとられて「あれ。そなた、一人か。」と尋ねた。
余語はイラッとした顔になり、「この部屋に他に誰かいるように見えるのか。」と尋ね返した。

「誰かと話をしていたように思えた…。」
与三が部屋を見回しながらそう言うと、
「夢中になると独り言が激しくなるのだ。」と余語は答えて、急ぎたたんだ地図を自分の前に置き直して皺を伸ばした。それにつられて与三は座った。
「余語殿、そなたが四六時中 信長とベッタリなので皆がいぶかしんでおるぞ。」と心配するような口調で与三が吐く。
「知っておる。」
地図に視線を落としながら、ふてくされるように余語は返答した。

「しかも信長が北の方に、そなたのことを家臣にしたいと頼んだらしい。」
「それも、知っている。」
「そなたも了解済みなのか。」
与三は前かがみになって余語の顔をのぞきこむが、余語は目線を合わせようとはしない。ただ、足元に広げた地図から目を離さず「そうではないが、なるに任せる…。」とつぶやいた。
 与三は唖然とした。余語の視界に入りこむように右手を伸ばして織田信秀のいる末盛城を指さした。
「こいつ(信秀)は己の器量だけに頼って力押しで国をまとめて家の中のことも、国の中のことも、何も調えてはいない。今、病床にある信秀が死ねば息子(信長)は火の粉をまともに振りかぶることになる。屋台骨が折れれば国内外の均衡は一気に崩壊する。まず隣国の三河から今川が襲ってこよう。その三河からの脅威に押されて次々と今川に寝返る者が出てくることになる。さらに信秀が上下関係を曖昧にしたままの織田家に美濃から斎藤道三が割って入ることになる。その時にはそなたは美濃者から疎まれようし、逆に信長のごく傍には美濃者をよく思わぬ平手ら宿老もおる。必ず孤立するぞ。」
与三は一気にまくしたてた。
余語はゆっくりと顔をあげてようやく与三に視線を合わせた。余語は言葉を吐かなかったが、ひたすら与三の心理を伺おうとする目に、与三はいたたまれずに視線を逸らし上唇を噛んでそっぽを向いてじっと地図を見つめた。

「…まぁ、斎藤家でも目立たぬ存在のそなた一人が織田家についたところで何も変わりはせぬが。」

と、与三が半笑いすると、余語は怒ることもなく、
「そうだな。」
と独り言のように言い、却って与三を心底焦らせた。

周囲が予測していたほどすぐに織田信秀が死ぬことはなかった。
ただ、ジワリ、ジワリと皆にとって運命の転換期となる、天文二十年が近づいてくる。
年の末には余語盛種は斎藤道三に正式に赦しを得て、信長の断っての希望ということで織田家家臣としての地位を得た。信長は喜んで余語盛種に屋敷を与え、充分な俸禄を与えた。さらには美濃で人質となっていた家族も尾張に移って一緒に正月を迎えることになった。
しかし、家臣として正式に迎えられたとたんに、信長は余語に関心を示さなくなり、連れまわすことも一切なくなった。余語はたちどころにして孤立してしまった。

 一方では、この余語が斎藤道三の許可で正式に織田信長の家臣となったことが、美濃の長井隼人を激怒させ、斎藤家のほころびた縫い目を一気に引き裂くことになる。
森与三はそれまでの間、余語のことは重要でないととらえ、一度たりとも隼人に報告していなかった。

 実のところ余語は美濃斎藤家にいた頃から、織田大和守と長井隼人が密かに通じている事実を知っている。余語の一族は尾張にもいて織田家に仕えている者も多くあったからである。織田信秀が一族の大和守を警戒して斎藤道三と和睦した一方で、大和守と長井隼人の関係は続いていた。
 斎藤道三はその事を知らずに余語を織田家に引き渡した。いや、実際には、道三は信長との関係を崩すきっかけを作られたくないために、内心快くは思わぬままに娘婿のワガママを認めたのである。
一度認めてしまうとその後、織田信長による美濃者の引き抜きが、道三の許可のある正式な形で次々と行われることになる。長井隼人の怒りが、ほどなく尾張にも届くようになる。 


 

プロフィール

うきき

Author:うきき
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