小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第二話:「手柄首」

   
 天文十六(1547)年秋のこと。
 尾張の織田信秀が美濃侵略の戦支度を整えているという情報がもたらされた。織田信秀とはあの信長の父親である。かつて斎藤道三が美濃から追放した守護大名の土岐氏は尾張へ逃れて信秀を頼ったために、この男は道三を退治する道理も大義名分も手に入れていた。

 戦上手で恐れられる「尾張の虎」。織田信秀が美濃を狙っている__。
この度の儀は若い信長のイタズラとは訳が違う。岐阜城は一瞬にして緊張に包まれ、すぐに道三の元で軍議が開かれた。
 与三が長井隼人に従って道三の元に行くと、そのまわりには家老たちが貼りついて、既にあれやこれやと、口角泡を散らしあっている。日ごろ、与三を良く思わないヤツラが、道三をぐるりと囲んでいる。与三は心の中で舌打ちした。醜い奴らだ___。戸を閉鎖した評定のうす暗い部屋においては、家老たちの陰鬱な顔がことさら醜く浮きあがってみえる。
 さて、その連中が隼人の後ろに与三の姿を認めると、案の定、いかにも不服そうな顔をした。しかし、森与三の聡明さを好ましく思っていた道三の表情は違っており、「与三、与三もこちらへきて話をせよ。」と右腕をあげて大きく手招きする。
 しかし、ここでどんな妙案を道三に献じても、家老たちがそれを愚弄して与三に恥をかかすように仕向けるのは火を見るより明らかだ。与三は、目線を背けた。
「明日出仕いたしますゆえ。」と頭を下げて、軍議の場を去った。隼人も口をポカンと開けたまま、与三が立ち去るのを引きとめもせずに見送った。
「無礼者!」「なんという奴だ。」という声が背後から響いた。

 城内では兵の支度が始まる。つられて城下も気ぜわしい。与三は表で待っていた自分の鑓持ちと馬の口取りの姿を認めると、背中を押して、「さぁ、今から戦に出るぞ。」と言ってひらりと馬にまたがった。
「ああ、若様、隼人さまの兵はいずこに?」
「兵などあるものか。儂だけで先に織田軍を迎え討って、皆の鼻を明かすのよ。」
そう答える与三に対して、鑓持ちは何度も同じ質問を聞き返してきたが、与三も鑓持ちに何度も同じ答えを告げた。
「ひぃいい!」
与三の意志を知ると鑓持ちは完全にビビりあがっていたが、半ベソになりながらも必死に夜道を走り、与三の後をついて来た。
「ははは!心配するな!大軍を相手する訳ではない。織田信秀は明け方にもなれば、こちらの様子を伺いに合戦前の斥候を出してくるだろう。そこへ出てくるほんの数騎を討つだけのこと。皆の度肝を抜いてやる!!」

 萩原という場所へ来たがここは刈り入れの終わった風景が広がり、所々には脱穀した後の藁がうず高く積み上げられ、揺るがぬように固めてある。人が影を潜めるには丁度いい。
「我らの戦場はここになる。お前達は、あの畦の草むらで忍べ。儂はこの藁束に隠れている。明け方になると、騎馬武者がこの道を通って、我々の傍を横切っていくだろう。こらえるだけこらえて、兵がここににさしかかったところで不意打ちにする。」
 与三と鑓持ちは、牛の糞を盗んできて道の端に落したりして敵が自分たちの隠れ場所以外の物に気をとられるように仕向けた。
「よいか、騎馬武者が数騎で現れたなら、儂は一番後ろを走る獲物を狙う。その後、前の奴らが折り返して戻ってくれば、お前達も出てきて加勢しろ。それまでは、出てくるな。」
夜が明け、物の姿がだんだんわかるようになると、皆、手はずどおりに身を隠した。

 やがて、与三の予見どおりに騎馬武者が二騎、姿を現し、道を走って向ってきた。与三の隠れる藁積みは、騎馬武者の走る畦道より一段下の田のヘリにあり、うまく下から鑓で突ける高さだった。馬の蹄の音に耳を澄まし、風を感じた瞬間に与三は長鑓をつかんで田んぼより道の上に駆け上がりざまに「ヤアッ!」と穂先を下方から上に突き出した。

 朝の澄んだ空気の中で鑓の音が響く。
与三の鑓はうなりをあげて騎馬武者の甲冑の隙間を選んで下腹に深々と突き刺さる。
刺さった鑓をぐるりと押し回せば、武者は内臓をえぐられつつ馬上から引きはがされ、悲痛の叫びをあげて、ドスンと藁の上に落馬した。前を走る騎馬武者は後ろの者が声をあげながら落馬した事にも気づかず、誰も乗せない馬を伴なって、しばらくそのまま道をかけぬけた。与三らはまた藁積みに隠れて騎馬武者が引き返してくるのを待った。
よし、これで二人とも仕留めることができる!!
与三が拳を握って確信するところへ、
「おーーーーい!!与三さまぁ~!!!」と与三を探す者の声が響いた。
数少ない家来分の武藤五郎右衛門である。置いてきたのに、やってきた。そして与三が必死に荒立つ息を殺して潜んでいるというのに、武藤は大声で与三の名を叫び散らしている。更に武藤は吸い寄せられるように藁積みのほうへとやってくる。与三は大きく舌打ちした。
引き返してきた織田の斥候は、甲冑姿の武藤と鉢合わせになった。武藤はヤヤッ!と斥候を睨みつけ、鑓を構えて左右に身を揺らしつつ敵か味方か判断しようとしていた。
 与三は勢いよく立ちあがって藁から飛び出て敵に向けて走り出した。「それは敵じゃ!討ち取れ!」と叫んだので、武藤は手にしていた片鎌の鑓をブンと振るったが、斥候は道を降りて田んぼを大きく旋回し、たちまち逃げ去ってしまったのだった。
「与三さま、拙者に黙って行くとはひどいではありませぬか。探しましたぞ。」
与三は、体の藁くずを払うことも忘れて武藤への怒りの色を見せていたのに、武藤はそれに気づかずとうとうと愚痴り続ける。
やがて田んぼのヘリに転がる瀕死の武者を見つけると、
「やや!!」と首を取りに行こうとした。
「触るな、そこへ置いておけ。」
与三はますます青筋を立てて怒った。
武藤は遠慮無く言い返してくる。
「なぜ首をお取りにならぬのですか。」
「いいから放っておいてくれ。」
「臓腑をはみ出させてうなっておりますぞ。」
「いいから!」
「何ゆえ!!!」
 
 山の端から太陽が完全に昇った時、黒地に赤い威の甲冑を身にまとった武者が数騎を従えやってきた。雉の尾羽を立てた兜をかぶって馬を上品に闊歩させるのは、美しい若武者ぶりの長井伝九郎である。
「やぁ。与三、わが獲物はどこぞ。」
白い歯を見せて笑い、見つめあう合う与三と伝九郎に、武藤はすべてを悟ってムッとした。
「ご馳走が一騎だけになってしもうたが、あの首をとられよ。」
与三は、自分が害した武者を指さして伝九郎に微笑んだ。
「では、馳走をいただこうぞ。」
伝九郎は馬にまたがったまま、武者の首めがけて十文字の鑓を上から力強く突き下ろした。鑓先は地面まで貫き、それだけで、武者の首が転がった。伝九郎の従者が首を拾う。
武藤は、手柄首を人に与えるとは信じられない!という顔をして見ていた。
「ああ、あんなくだらぬ若造にうつつを抜かしてよそ者に功を譲るとは。あれは武士のすることではない!!何とまぁ嫌らしい!!!!」
…と、その言葉を与三に言えばまた叱られるので、武藤は鑓持ちにブツブツとこぼしていた。

 伝九郎はその首を堂々と稲葉山城へ持ち帰った。
身内の活躍に道三も隼人も大喜びで、幸先よいと笑っている。
家老たちも一斉に伝九郎を褒めちぎったので、伝九郎は喜びがおさえきれない。
「ほおお。どこに現れるともわからぬ武者を待ち伏せできるとは、驚いたことよの。さすがよの。」
「さようでございましょうか。」
家老の褒め口上に伝九郎は何度も自分の功績を聞き返す。
「ああ、よい手柄をお立てになられたの。」
「これが本当によい手柄でしょうか。」
「敵を出し抜く手柄でござる。若いながら、伝九郎さまには、まったく以って感心いたす。」
家老たちより、ことごとく褒め言葉を引き出してまわった後に伝九郎は
「実は、この首は森与三殿が仕留めたもの。それを私に譲ってくれたのです。武者を討ったのがそもそも森殿の手柄であれば、更にその手柄を人に譲る事は大手柄も大手柄でございますな。」
と、真顔で言い放って周囲の表情を見やった。
家老たちはグゥの音も出ずに、ただ歯を食いしばった。
 
 伝九郎は、人の居ぬ場所まで与三を連れ出し、後は大いに腹を抱えて笑った。
「ああ、あの時の家老どもの顔を与三に見せたかったこと、見せたかったこと。」
与三はその場に居合わせなかったが、家老たちをギャフンと言わせることができて日ごろの胸のつかえがおりた。恩賞は伝九郎にくれてよいと本気で思っていたのだが、伝九郎は与三を気の毒に思っていたのだろう、憎らしい家老達から与三の手柄を引き出してくれた。
「これで儂は家老連中からはもっと憎まれるようになるな。」とは思いつつも、伝九郎の気持ちが嬉しかった。
「さぁ与三。今から本当の手柄を立てにいかねば。今度は信長の首を取ろうぞ。」
 伝九郎だけは自分の事を理解して、自分の才能を認めてくれる。肉親同士ですら骨肉相食む戦国の世にあって、信じられる他人がいるということは、それだけで素晴らしいことではないか。
自分を慕ってくれる伝九郎を愛しいと思う気持こそが、与三を斎藤家から離れさせぬ最大の理由だった。



第一話:「与三」                   第三話「張り子の虎」
 
 

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Date:2008/10/04
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