小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第三話:「張り子の虎」

 与三が織田家の斥候を退治した喜びも束の間、「尾張の虎」と恐れられる織田信秀が大軍で美濃に侵入した。土岐氏の旧臣らと示し合わせての出陣である。美濃の平野を侵(おか)す織田軍の数ざっと一万。この敵軍の移動のせいだろう、本日の美濃の空は淀みを帯びて、吹き来る風が砂交じりである。
 織田軍は村々を放火しながら稲葉山を目指した。そして斎藤道三の居城の稲葉山城の城下町口に至ると、再び放火を始めた。

 迎え撃つ斎藤道三は美濃の天・稲葉山城にあって味方の万全の備えを確認し、総指揮を執っている。山全体に軍旗を押し並べているが、織田軍に対してはいっこうに動く気配は見せず、籠城の態(てい)をかもし出している。
 与三は長井隼人とともに待機していたが、やがて自分を襲う合戦が待ちきれない。興奮のあまりに腕を走る青い血管がますます硬く膨らみ、全身の血がたぎるような心地して、与三を前へ前へと押し出そうとする。一刻も早く山を降りたい。ああ、敵の軍勢が黒い塊となってうごめき、城下の土が見えないほどである。
 それでも、不思議なのだ。この稲葉山城から見下ろせば、奴らは菓子に群がる蟻の風情で、フッと吹けば飛び散るような心地がする。このような堅固な要塞に居れば、神のような偉い者にでもなったかのように気が大きくなってしまうのかもしれない。自分の城ではないというのに__。

 敵の群衆には織田軍の旗以外にもさまざまな旗が翻る。かつて道三が美濃から追い出した土岐家やその家臣ら諸将のものだ。きっと彼らこそは斎藤道三に対する怒りと憎しみで動き、この合戦で是が非でも美濃を奪還する決心であろう。彼らもあい混じって町を飲み込み破壊の限りを尽くしているのだ。放火の火がみるみる広がって炎の柱が天に向かうにつれ、敵の気勢も増してゆくのがわかる。
 燃え立つ城下町。与三にはそれが耐えがたい。ギリギリと歯ぎしりをはじめた。
「何を考えている…道三、このままでは織田軍に城下を蹂躙されてしまう。」
もし、これが自分の大事な城下町ならば、惜しむ。それを守るために戦う。それなのに道三は腰を落ち着けて行動に出ない。
道三という男は戦の駆け引きを十分に知り、時機を待つ勇気を持っている。若い与三の心は焦るばかりで握る拳に汗がにじむ。その時、後ろから伝九郎が顔を覗かせ、トンと与三の肩を叩く。そして軽快な口調で与三に言った。
「心配いらぬ。稲葉山城は籠城したって一年や二年は落城させられぬぞ。」
与三はあんぐりした。 儂は早く城から討って出て行きたいのに、面倒くさい籠城なんぞされてたまるか。
 道三は城下町は燃えるに任せて動きを見せないが、実は織田軍到来に先立ち、こっそりと伏兵を各地に潜伏させている。自分たちの一万の兵数に酔いしれ、目の前にある稲葉山城ばかりに気を取られて織田軍はそんな事には気づこうとしない。織田軍の完全なる油断を見きった道三は、ここからの行動が迅速であった。稲葉山から全軍で一気に山を下ることを決断して待機する各将に伝令を走らせる。更には、山を下る兵を二手に分け、織田軍を真正面からばかりでなく、横合いから突くものである。その上更には、潜伏させていた伏兵が織田軍を襲う手筈である。そして間もなく時機到来と見ると、道三は大きな体をゆすって立ちあがった。

 だんだんと日が暮れてくる。町を焼いた織田軍は、いったん攻撃を停止した。道三があの堅固な稲葉山城に籠城するとなれば、戦は長引くことになろう。今日のところはこれで終了、明日改めての攻撃である。織田軍は兵を撤収させる号令を出し、稲葉山城に背を向けて各陣、それぞれの野営の陣場へ向かい始めた。
 その時である。稲葉山城から貝や太鼓の音が天を衝くかのごとくに響いて、異様な地響きが聞こえ始めた。緊張の解けていた織田軍はギクリとして稲葉山城を振り返った。そうすると、先ほどまで山に旗を並べて所狭ましと密集していた斎藤軍が怒涛の勢いで山を走り下りてこちらへ向かってくるではないか。将兵達の顔は見えずとも、斎藤軍全体にすさまじい怒りと殺気がみなぎっているのが伝わってくる。稲葉山の城下から撤退していた織田軍の後部の兵士らは、その勢いに恐れをなして次々と持ち場を離れて逃げはじめ、その悲鳴につられて糸がほどけてゆくかのように隊列が乱れてゆく。しかも身動きのとれない味方の大軍の中で逃げる方向を失って織田軍は皆々大混乱となり、もはや指揮すら取れない状態になってきた。加納口の荒田川まで逃げた兵士らも、騒然とした混乱の中でもがきあえいで渡河しようとするが斎藤道三は決して敵を許そうとはせず、多くの兵士が溺れてゆき、あるいは討たれた。
 与三も、家来の武藤五郎右衛門と一緒に逃げ惑う兵を追いかけて、我先に逃げる敵を次々と討つことができ、まるで虫取りのようにザクザクと首を狩った。しかし、与三が本当に狙うのは大恩賞に値する大将首である。与三の未来を切り開く首だ。この混乱の中でも、遠くに高貴な具足を身にまとう武者があるのを見つけ、狙いを定めた。
「行くぞ、五郎。」

第二話「手柄首」                     第四話「予感」
 
 

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Date:2008/10/11
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