小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第五話:「陰鬱な褒美」

 合戦の後の風景は汚い。男どもを興奮させた新鮮な血の匂いは、やがて忌まわしい異臭と化してしばらく大地と川より消える事はなく、埋葬された戦死者の匂いに引き寄せられて、夜ごと獣たちが徘徊する。

 合戦もなくなって、与三は、これといってする仕事もないので織田軍に燃やされた城下町の後片付けと建築を手伝っていた。従来あまりクチを聞く仲でもなかった色々な者たちとも多く知り合うことができて、よい気晴らしにもなり、少しでも自分の世界が広がっていくので楽しかった。それに町の女たちが争って良くしてくれるので、日ごろ持ちあげられることの少ない与三はとても気分がよい。
それでも、夜になって自分の寝床に戻っていくと、またいつもの「このままでよいのか。」「自分はもっと高尚な世界に身を置いていたい。」という憂鬱がぶり返し、その思いとともに、あの戦の血の匂いがよみがえる。
 美濃侵攻を試みた織田信秀は、敵の動きを読み切った斉藤道三によってめった打ちにされ、多くの一族郎党を失って命からがら尾張へ逃げ帰った。連れてきた兵の半分を死なせて国に帰る織田信秀の精神的な苦しみというものは計り知れない。尾張国内の動揺と非難も大きいに違いない。無残に牙をへし折られた虎は、再びこの美濃に姿を現すことはないだろう。
 恐怖で意味を成さぬ叫び声をあげて敗走する者どもに追い打ちをかけ、まるで稲穂を束ねて刈るようにその首を次々と刎ねてゆく。追い詰められた果てに逃げ場を失って荒田川に飛び込み自滅してゆく織田軍。あの報復劇を目の当たりにして、与三は斉藤道三が「マムシ」と言われる所以をつくづく思い知らされ、自分は斉藤方についていてよかったと思った。

「討ち取った首の中には織田一族の者もいたとか。でも、その中に織田信長はいなかったようでござる。」
 朝飯の前に、与三は武藤と将棋をさしていたが、武藤がポロリとそう言った。与三は「信長?」と聞き返した。
「与三さまは、以前、信長の首を取ってやると息巻いておりませなんだか?」
このごたごた続きの中で、与三はすっかり信長のことなんて忘れていた。美濃にいたずらに来ていた少年の存在を思い出し、笑みがこぼれた。
「信長も今は、どんな気持ちで過ごしているのやら。当分はイタズラどころではないだろう。もう、この美濃にも姿を出さぬな。」
「つまらんでござる。もう何事もないのなら、長井殿も関城に戻ると言い始めるかも知れぬし、これから我々はもっと暇になるのでしょうなぁ。」
与三は将棋の盤上の駒を進めて、武藤の”歩兵”を次々に奪っていく。
「お前は稲葉山のほうが好きか。」
 武藤は、うなずいた。関城は稲葉山城の東部に位置する長井隼人の居城である。その関城を拠点にして隼人は可児あたりまでの東美濃一面を見張っていた。故に、与三も東美濃という土地や、国人衆たちの事情には詳しくなったが、そこには稲葉山城とはまた違う複雑な世界がある。隣接する信濃国の脅威に曝され、その一方では鎌倉以来の土岐源氏のはびこる東美濃は与三の興味をかきたてるものではあった。東美濃の土豪らの誇りの高さと、彼ら勢力を常に抑え、自分たち側に引きつけておこうとする斉藤家との駆け引きは、見ていて面白い。
「与三さまは、拙者の”歩兵”ばかりとっておられる。」
「どうせ儂は、織田との一大事でも雑兵しか討ち取れなかったマヌケだからな。」
与三が言うと武藤はふくれた。与三が、冗談だと笑うところへ、武藤は縁側の外に視線を向けて、一段と声を落して言った。
「長井家の”香車”が来ましたぞ。」
武藤の声に与三が顔をあげると、屋敷の裏からいそいそと伝九郎がやってくるのが見える。遠目にも嬉しそうな笑みを浮かべているのがわかった。伝九郎は、両手を骨折しているので添え木で両手を縛って滑稽な姿である。合戦の時は愛馬の傷に興奮して自分の痛みにはまったく気づいていなかったようだが、伝九郎は本陣へ戻って身体を医者に診せたところ、両手は骨折するわ腰は痛めるわ、足の肉は裂けるわでとんでもない深手を負っていた。今、その痛々しい彼が縁側に伸びあがって、腰をかけ、与三に向かってニコリと笑う。
「ようやく床の上から逃亡してきたぞ。」
与三は、背筋を伸ばして口角をあげて笑みを作り、「お元気になってよかった。」と言った。伝九郎はいつも明るいが、今日は異様といえるほど明るく、積もり積もった話を矢継ぎ早にしてきた。しかし、愛馬「松波」の死については一切口にせず、立て板に水の状態で話し続けて、やがて急に照れくさそうにして「叔父上(隼人)が新しい馬をくれた。今から見に来ないか。」と言った。
「伝九郎殿がまた馬に乗れるようになってから、馬上のお姿を拝見しよう。いまはまだ養生くだされ。」と与三は首をふりつつ返事した。伝九郎は、「そうか、そうだな。この両手で出て回るのは恥ずかしいことだな。」と、笑った。その右手には何かを包んだ風呂敷が吊ってあった。それを器用に滑らせて与三の前に置く。伝九郎が何やらホッとした笑顔を見せたその帰り際に、与三は言った。
「伝九郎殿、いかに近隣であろうとも、お供もつけずに外に出てくるのは辞めた方が良いと思う。ましてや、このようにご自分から身分の低い者の元へ出向いてくるのは良ろしくない。」
すると、みるみるうちに伝九郎の表情が曇った。
与三は、誠意をこめて言ったが、いきなり距離を置こうとする与三の言葉に、伝九郎は複雑な表情をしている。やがて興奮したのか、胸の呼吸が荒くなった。
「来てはならぬというのなら…では、呼べばよいのだな。与三、私の元に見舞いに来い。」
そうして伝九郎は与三の表情を伺った。与三の心の動きを知りたくて仕方がない様子である。
「では、明日、伺いましょう。だから、まだ床で大人しくしていてくだされ。」
伝九郎は、黙ってコクリとうなずいて去って行った。伝九郎の置き土産の風呂敷包みをあけると、まんじゅうが詰まっていた。与三は、振り返って武藤や家来どもの顔を見た。みな、先ほどの会話を聞いていたので、複雑な表情をしている。与三は、まんじゅうを出した。
「みなで食ってくれ。」
と、言ったきり与三は膝を抱えて頭を落して黙りこんだ。武藤は首をふり、
「まんじゅうは、埋めまする。」と言った。

武藤は縁の下に降りて、鑓の石突きで敷き石を取り払い、土に穴を掘り、まんじゅうの入った包みをひっくり返してドカドカとそこに放りこんだ。
その時、長井隼人の小姓がいきなり与三の部屋を尋ねてきて、皆は大いに焦った。武藤は思わず、穴を開けた土の上に座りこみ、自分の尻で蓋(フタ)をしてまんじゅう破棄を隠した。
「殿が、森殿と武藤殿をお呼びです。」
「武藤もか。」
それを聞いて武藤は、部屋にかけあがった。尻にはまんじゅうの餡(アン)がベッタリだが、使者の口から自分の名が出て驚いている。与三と武藤は、小姓に伴われて隼人の元へ向かった。

 隼人の屋敷へゆけば、先日の戦で織田軍から分捕った名刀や高価な物品の数々が並んでいた。隼人は、与三と武藤を手まねきして、威勢よく言った。
「これを皆に分け与えようと思っているのだが、与三、そなたに一番に選ばせるぞ。どれでも好きなものを持って行け。外には馬もいる。馬がよいなら馬でもよい。」
与三は、思いがけぬ隼人の提案に驚いた。


 
第四話:「予感」                     第六話:「織田瓜」
 
 

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Date:2008/11/08
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