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小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第十話:「思い焦がるゝ」


「うわっ!」
与三がうわの空で部屋に入ってきて、足を物にひっかけてつまづいてしまった。ゴロリと、織田瓜紋の入った茶道具箱が転がる。これは隼人からの貰い物だ。よろけたついでのように与三はそのまま茶道具箱と並んで床の上で仰向けになった。

今、信長はどこにいるのだろう。
来る日も来る日も、与三の頭の中で織田信長の操る美しい兵の姿が脳裏を駆け抜けてゆく。そして与三は閉じる両目に力を入れる。
「あいつはウツケだ。」
なぜなら、あの男は世々の人々が味わう苦しみも、嘆きも、まるで見知らぬことのように軽快に笑い、馬を跳ねさせる。年端もいかぬガキのくせに兵を指揮する権限を持ち、生まれた時より城も領土も兵も経済も金も、そしてあの容姿、すべてにおいて恵まれておよそこの世で不自由というものを知らないであろう太陽のような信長。自分にはないものを多く持つ少年に対して、嫉妬ようなものが生じて治まらなかった。

 与三は、信長が美濃に侵入した時、戸田の砦に伏兵を置いていることに気づいて長井隼人にそれを進言した。しかし、この予見が的中したことで称賛の的となったのは、実際に兵を指揮した長井隼人であった。だが、手柄などどうでもよくなってきた。今は物思いにふけり、気づけば空を見あげていた。とにかくもう一度、あの男に会いたい。
織田信長は、どうしているだろう。
儂の名は、あの男の耳に入っただろうか。
入ったなら、どう、思うだろう。いや、儂の存在など、信長にとってはどうでもよいものに違いない。

「はっ!これは恋わずらいか!儂は絶対におかしい!いかん!このままではいかん!!」
与三は顔を洗いに外に出ようと立ち上がって足をだすと、転がっていた織田瓜紋の茶道具箱に再び足をうちすえて転倒した。

信長を「うつけ」。と人はいう。
しかし、あれは信長が自ら流した風評に相違ない。あいつは、本当はものすごく頭がいいに違いない。与三にはそれがはっきりと判る。とにかく、先日の信長の行動と手並みにはまったくの無駄がなく、美しく、まるで電光石火のようであった。完璧さに由来する恐ろしさを思わせられた。あのうつけぶりも、何もかも計算しての行動である。少なくとも、それであの道三は油断した。いや、今なお油断している。

 ハッと再び与三が我に帰って、両手で自分の頭を押さえつける。おかしい。さきほどから、信長について同じような考えを堂々めぐりさせて、本当に変だ。
「信長よ。儂は、もう一度お前さんに会わねば気持ちがおさまらなくなってしまったようだ。」
だが、どうすればいいのか。与三は、親指を噛んだ。
「信長と会うには、戦だ…戦が必要なのだ。それとも美濃におびきよせる罠を張るか。」

 そうした所へ、家来の武藤五郎右衛門の歌声が聞こえてきたので、与三は一気に現実に引き戻された。武藤は表から部屋に戻ってくるなり目の前でズカズカと、足を地ならししてみせた。
「聴いてくだされ、もう拙者は悔しゅうて、悔しゅうて…。」
「お前の話は後だ。」
 与三は、話の内容も聞かず武藤から身体をそむけ、はや腰を上にあげて部屋を飛び出した。不意のことに武藤が「やや。どうなさいましたか。」と声をかけたがそれも耳に入らず、与三は駆け足に近い速さで斎藤道三の屋敷へ向かった。今なら長井隼人は道三の屋敷を訪問中のはずだ。構わぬ、行ってしまえ。

 稲葉山の麓の道三の屋敷が見えてくる。門のとこるまで走ると、与三は門衛に止められた。
「いかがなされた、森どの。何事がございましたか。」 
屋敷を見張る門衛も、与三の事を知っているものだから、与三にそう声をかけた。与三が立ち止まった瞬間に、顔から汗が吹き出し始めた。
「長井殿は中にいらっしゃるのか。」
腕で汗をぬぐいつつ、門衛に尋ねる。
「はっ。先ほどお帰り遊ばされましたが、何か火急の用でございましょうか。」
与三は、懐から取り出した手ぬぐいで汗をぬぐいながら、何度も首を振った。
「よい。ならば、よい。」
一本道ですれ違う事がなかったとは、隼人は女の屋敷に寄っているのかも知れない。一刻も早く隼人に会いたい気持ちがあったが、さすがに、女の元にまで隼人を追い回す事はためらわれた。

 その時である。道三屋敷の内側から門を開かせ、従者を伴った男が屋敷の門から出てきて与三とはち合わせた。与三と同じくらいの年ごろで、身長も体躯も与三に似通っており、しかも与三と同じくらいに整った顔立ちをしている。敢えて言えば、与三よりも彫りが深くて顔が濃いし、ひどく日に焼けている。眉も髪もどっしりとして濃い。目鼻立ちもしつこいくらいにはっきりしており、一度見れば二度と忘れぬ顔立ちだ。そして、身なりからすると与三と同じ身の程の青年である。
「世話になり申した。」
その男は門衛にも、与三にも丁寧に挨拶をした。
与三は誰かも分からず「そこもとは…。」と返すと、男は笑った。「拙者は余語(よご)盛種と申します。本日は、御用があり、家老方へご挨拶いたしました。」
「さようか、拙者は、森与三と申す。」
どちらも乾いた笑いを投げかけつつ、お互いがお互いを探るように見つめあった。



第九話:「信長」                   第十一話:「酷肖」
 
 

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Date:2008/12/13
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