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小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第四話:「予感」

 森与三は馬を走らせ、獲物と定めた武者を目指した。馬印はもはや倒されて誰かは知らぬが、身なりはいい。そして小柄で、確実に与三よりも弱そうだ。運よく敵は、側近たちとも距離を隔て、小姓らのような者しか従えていない。
相手は逃げることしか頭にないし、馬に乗っているので、逃亡兵の押し合う混雑を避けて脇へ出て走ろうとするだろう。それを待ち受けてとびかかれば、その首を獲ることも夢ではない。

 その時である。
伝九郎が馬を全力疾走させて走ってきたかと思うと、無言で与三を抜いた。伝九郎は戦場の場数などほとんど踏んでいない。だから大将の長井隼人は伝九郎に合戦の雰囲気だけを味あわせるつもりで、伝九郎を本陣の後ろにひっこめていたはずなのに、それがいつの間にか持ち場を離れて与三の後を追ってきたようである。しかも、与三よりも遥かに質の良い名馬に乗る彼である。伝九郎はたちまち与三と距離をつき離して、ぐんぐん敵に近づいてゆく。
与三は、自分の目をつけたのと同じ武将を伝九郎が追っていることを知ると、出し抜かれた怒りで身体中の血を逆流させた。
「伝九郎殿、返せ!そなたには無茶だ!」
与三は後方から馬で追って叫ぶが、伝九郎は聞いたふうではない。
「深入りするな!伝九郎殿!」
与三は大声を張り上げたが、伝九郎にはあらん限りの力を振り絞って馬を走らせ、目の前の敵に追いつくことしか頭にない。
 伝九郎の存在に気づいた敵将の小姓ふたりは、息を合わせたように同時にザッと馬首を返して、猛然と襲いかかってきた。決死の覚悟で憤然と向かってくる敵に驚いて、伝九郎はすぐに逃げ腰になってしまった。とたんに、敵は伝九郎の馬の首を鑓で突き、そうするとさすがの名馬も狂ったように嘶(いなな)いて馬上の主人を勢いよく振り落とそうとした。伝九郎は自分の左手に馬の手綱を巻きつけていたために落馬しきれずに馬の首につり下がって振り子のようにドンドンと馬の体に当たる。馬はますます興奮して伝九郎を引きずりながら合戦とは関係のない草むらの方向に暴走し始めた。
「まずい。」
与三と武藤は、伝九郎を死なせる訳にはいかないので、暴れ馬を追って走った。馬の首から吹き出る血しぶきで伝九郎の上半身は真っ赤に染まり、土煙があがるほどに引きずられ、時には石に衝突して手毬のように跳ね上がってギャッと叫んでいた。
 与三は、馬を追ったせいで完全に戦場から外れてしまった。馬は、与三達を遥かに引き離して走っていたが草むらにガシャガシャと入り込んで速度を落とし、やがて伝九郎を下敷きにして倒れこむ。
 与三と武藤は追いついて下敷きになった伝九郎を引きずり出した。その瞬間に伝九郎は馬の血の混じったものを口から噴出させ、その後も気持ち悪そうにうめいて吐き続けた。
 一方、馬は白い泡を吹いて息も絶え絶えにもだえ苦しみ、もはや眼は天上を向いてこの世のものではない風情である。与三は刀を抜いて馬に寄った。
「やめろ…私が悪いのだ、松波を殺すのはやめてくれ。」
 伝九郎が涙目で首を振って訴える。与三は伝九郎に、いずれにしろこの馬は助からないと口に出したが聞き入れない。伝九郎は引きずられた痛みに腰をあげられず、身体をひねって地面に座りこんだまま、嫌だと与三に懇願する。「馬を連れて帰って名医に診せる。きっと手だてはある。」と言いだし、やがて「私の馬なのだから、勝手な事をするな。」と怒りだした。遠くでは、合戦の声が鳴り響いて与三を待っているというのに、これ以上もたつくことなどできない。
「では、馬はこのままここに置いておき、後で迎えに来よう。まずは伝九郎殿、そなたの介抱が先だ。五郎、儂の馬に伝九郎殿を乗せて本陣に戻れ。」
 そう言っている間に伝九郎の側近がこの場所にたどり着いた。
伝九郎は頭から馬の血を振りかぶっているので側近たちもギョッとしていたが、伝九郎の怪我がそれほどではない事を知ると、勝手に持ち場を離れた事を叱り始め、長井隼人も激怒しているので処罰は免れないと言い放った。伝九郎はその言葉に驚いて、首を振って弱弱しく「違う!違う!」とわめき始めたが、側近らは聞く耳を持たずに早く本陣へ帰させようとする。伝九郎は、やはり腰を痛めているらしく、側近に抱きかかえられるようにして馬にまたがった。まだなお松波を連れて帰るとダダをこねて馬上より与三に視線を落して悔しそうに言う。
「与三。そなたが邪魔立てさえせねば私は敵将の首を取ることもできたし、松波が深手を負うことも無かったのだ。迎えが来るまで松波を死なせないように看てやってくれ。」
与三と武藤は、あまりのことに愕然としながら、彼らが本陣へ戻るのを見送った。
武藤は苦笑いをした。
「合戦時に馬の看病とはとんだお役目でござる。」
与三は首を横にふり、踵を返すと、もはや虫の息で横たわる馬に近づいた。先ほどまで狂気の目つきをしていた馬は、今はつぶらな瞳で斜め上に与三を見上げ、立ち上がろうというのか、もしくはまだ走っていると思っているのか、しきりに前足を宙で動かす。
「もう、立たずともよいのだ。」与三は刀を抜いて、馬にとどめを刺した。
こんな立派な名馬に乗っている伝九郎がどれほど羨ましいことか。

伝九郎は、いざとなればただのガキだった。
年の離れた男との友情ごっこは、冷めて見れば滑稽なものだ。
きっと、本当の友と呼べる男は別の場所にいる。もしや、その友も、今まさに私の存在を探し求めて道を突き進んでいるのかも知れない。
与三は天を仰いだ。
そう、だから自分もそこへ行くために進まねばならない。
待っていても人生は動かない。
「戦に戻るぞ。」与三がそう言うと、武藤らも、大きくうなづいた。






第三話「張り子の虎」      第五話:「陰鬱な褒美」
 
 

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Date:2008/11/01
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