小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第六話:「織田瓜」

  与三は部屋に並べられた品々を見回してみる。鑓か刀が欲しい。だが、あまりに高価な物を望んでも、貪欲に思われるかも知れない。かといって、折角のこの機会なのに遠慮をみせてあまりに貧相な物を選びたくもない。このような場合は隼人に選んでもらったほうが、高価な物を手に入れられる可能性がある。
「迷いまする。隼人様が見つくろってくだされ。」
「はは。そなたが何が欲しいのか判らぬ。刀か、馬か、茶器か…言うてみよ。さすれば見つくろってやろう。」
茶器とは、意外な戦利品だ。いや、意外ではない。 高貴な武将はお気に入りの茶道具を戦場に携えて、陣中に一服の茶を楽しむ。
「…茶器ですか。」
 隼人が指をさしたものは、「木瓜紋」が模様として施された漆塗りの蒔絵箱であった。
「織田家の家紋…。」
「織田一族の誰ぞの持ち物だろう。」
手提げ部分もついている。きっと中を開ければ、茶器や棗、茶杓に茶筅など茶道具ひと揃いが詰まった道具立てとなっているのだ。さて、中にはどんな茶器が入っているのか。
 与三が恍惚としてその箱を見つめていると、隼人が開けて中を見よと言った。側面を走る溝に沿って横蓋をスッと引き開ければ、見事に真っ二つに割れた茶碗がゴロリと転がった。
隼人は苦笑いをする。「残念だったな。それでは褒美にならぬ。別の物にせよ。」
それでも与三は割れた茶碗を両手ですくい上げた。その黒い茶碗は、与三の手の中で黒曜石のように鈍い光を放っている。
「私はこの茶道具一式を頂戴してもよろしいか。」
隼人は立て膝をして「それでは茶が飲めぬ。他の物を選べ。」と大いに笑った。傍に控える近習も曖昧に笑った。それでも与三は引き下がらずに「これがよい。」と言い放つ。武藤が傍ににじり寄って「馬や刀になさればよろしいのに。」と耳打ちした。
「茶碗の割れた所を金で繕いを施せば、元のように飲めるようになります。金繕いでいっそう値打ちの上がった茶器も世の中にございますれば、私はこれで。」
隼人は「そうか。そなたがそれが一番よいというのなら、それをやろう。」と了承して、与三にその茶道具を与えた。隼人は言葉を続ける。「そなたの蓮台城から戦勝祝いの使者が来て、道三を訪ねた後に私の所にも寄ってくれたので、引きとめて居るのよ。向こうの部屋に待たせているからゆるりと話でもしてゆくがよい。」そして、一息おいて静かに言った。
「与三、私は織田信秀は諦めることなく再び美濃へ入ってくると思っておる。それゆえに、尾張と美濃の国境にあるそなたの蓮台は、我々にとっても、向こうにとっても要所。しっかりと守りを固めておいてくれれば、これほど心強い事はない。」
与三は、それを聞いて「畏まってござる。」と頭を下げた。隼人はニコリと笑う。
「しかし、そうは言っても信秀も敗戦の傷をいやすまで当分は攻めてこれまい。私はその間に美濃国内の反乱分子を一気に叩いて、我らの地盤を固めておこうと考えておる。」
隼人の言う、「反乱分子」とは、斎藤道三が追放した守護大名・土岐一族になお味方し続けて斎藤道三と敵対する国衆たちのことである。
「それがよろしゅうございましょう。」

 与三と武藤は、隼人に挨拶をして席を立って出て行った。
彼らのいなくなった部屋で、隼人の近習が「あっ。」と仰天した様子でクチを押さえる。先ほどまで武藤が座を温めていた床には、ポトリポトリと赤黒い餡(あん)がくっついて残っていた。

 さて、部屋を出るなり、与三は武藤に茶道具箱を持たせたが、武藤は与三に、なぜ折角の機会にこんな割れ物を選んだのかと怒りを込めた眼で悔しそうに睨んだ。与三は気まずそうに首をふった。自分でも、はや後悔し始めているのだ。馬でも、刀でも、もっと本来自分の欲する物があったのに。
 庭の見えるひと部屋に通されれば、郷里・蓮台から参じた近松新五左衛門らが居て、与三に向かって頭を垂れる。
「おお、新五、久しいな。息災か。」
「はい。大殿も、お立さまもお元気でございます。あ、お立さまより手縫いの帷子を預かっておりますぞ。」
 近松が手持ちの荷物より包みを出して開けたとたんに、焚きしめた白檀の芳香が部屋にただよった。武藤が鼻の巣を開いてクンクンしている。包みにはお立からの手紙も入っていた。
 後で読もうと考えて与三が懐に手紙をしまおうとすれば、近松は首を振る。
「今、お読みになって、ここでお返事を書いてくだされば、私がお立さまにお届けいたしまする。」
すると与三はたちどころに顔色を変えて慌てた様子で「いやいやいやいや。それには及ばぬ。」と、首を振った。近松は、与三よりもいっそう激しく首を振った。
「おなごを何年も辛抱強く待たせておいて、恋文のひとつくらい書かねば、神罰が下りますぞ。」
与三はずっと、手紙を開かぬままに封を眺めた。多くの文字で様々な事を書き連ねてあるのがその包みを手に取るだけで判る。
「お立…。」
「実のところ、不安でたまらないご様子でした。拝見していてお気の毒に思えます。お立さまを安心させてあげてくだされ。」
「そなたが言葉で伝えてくれればよい。帰りに、何か髪飾りでも買ってやって届けてくれ。」
「何とお伝えするのですか。」
与三は、しばらく黙っていたが、大きく息をして、言った。
「…近々、儂の元へ呼び寄せる気でいるから、その心づもりでいてくれ、と。」
おおおおーっ!!と近松らの喜びの声があがる。武藤だけがびっくりした顔で、疑問を持った顔をした。
「…で、我々の住まう狭い場所のどこにお住みいただくので。」
「いや、それは…何とか別に…。探す…。」
与三が迷って目を遣った先には、茶道具立ての箱があって、織田瓜の紋が美しい金の色彩を放っている。




第五話:「陰鬱な褒美」 第七話:「与三の子が殺す」
 
 

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Date:2008/11/15
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