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小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第七話:「与三の子が殺す」

「あーあ。この茶器は”金繕い”するはずではなかったのですかなー。」
もはや埃をかぶった与三の茶道具箱。その中に納まっている茶器の真っ二つを見て武藤が叫ぶ。与三が隼人から貰い受けた茶碗は結局、修理もせずにそのまま放置してはや数ヶ月。武藤が嫌味を効かせると、遠くから与三の答えが返ってくる。
「うるさい。お前は留守をしておけ。」
「また城下に行くのでござるか。お待ちくだされ。」
「伝九郎殿の屋敷へ行くのだ。」
武藤はその名を聞くと気が萎えた。与三は一度は距離を置こうとしたものの、結局、見舞いに通ううちに伝九郎と元の鞘に納まってしまった。伝九郎の屋敷へ行けば、彼は合戦での怪我もすっかり癒えて叔父から贈られた馬に乗って馬場を走っている。その馬を今日は見に来たのだ。
「よい馬だな。」
斎藤一門の伝九郎である。少年でも武将並みの高価な名馬を貰い受けている。
「与三、これに乗ってみるか。乗って初めてよい馬かどうかわかるものではないか。」
「いや、それは…。よい。伝九郎殿がお乗りになるのをこうやって見ております。」
馬がヒヒン、と鳴いて身体をブルルッと震わせる。伝九郎は馬首をさすった。
「与三、織田軍は今度はいつやってくるのか。今度こそは、私もまともな働きをしたい。」
織田軍…。それを耳にすると、与三は真剣な顔つきになった。与三だって、今度こそは、まともな武功にありつきたい。しかし、織田家は、現在所持している西三河方面の勢力拡大に力を注いでいる。先年より織田家の手中に納まっていた三河の安祥城の周辺から織田家に寝返る者たちが出始めたので、それを三河進出の好機と睨んでのことだ。
「噂では織田信秀は、今度は駿河の今川と事を構えるつもりだ。」
 当時は尾張・美濃・三河…と一応の国境はあったものの、あらゆる勢力が他国の一部を侵食し、または侵食され、それが日ごとに変化していくような複雑な勢力図を描いていた。美濃と尾張の国境近辺に城を置いている森家とて、斎藤家から見れば、織田家への寝返り候補とであった。ただ、今は蓮台城主・森可行の一粒種である与三が斉藤家に身を寄せているので、与三を質と見なして蓮台への警戒がおさまっている状況である。
「ふうん。お忙しい事で。」
「美濃だって同じ事でござる。美濃と隣接する国には尾張の織田だけでなく、越前の朝倉がいる。近江の浅井もいる。いや、この国内においてすらまだ斎藤家に楯つく輩も多い。相手が織田家ではなくとも、いつでも戦は起こり得ましょうぞ。」

 与三と伝九郎は、馬で共に城下町へ下りた。かつて、織田家が侵入して放火して回ったその爪痕も消えてしまうほどに、今は元通りの町の姿になりつつある。
何やらその往来に、何やら人だかりができて大いに騒いでいる。
「この伊勢神宮のお使いであるこの御師には世の行く末や人の運命を見抜く神通力がござるそうだ。それも百発百中。」
茶屋の表で腰をかけて、町人や武士までもが御師に問いかけをしていた。
「なんだ、占いか。」
厳格には占いではなかったが、与三はその類(たぐい)のものにさして興味もなく、伝九郎を招いて茶屋の奥に入って茶を注文した。
「拙者は、火事で焼けたこの店を建てるのを手伝ったのでござる。」
そう与三が話すと伝九郎は思わず笑った。
「そなたは、何でもできるのだな。」
「蓮台では田植えも手伝ったことがございまする。」
「アハッ!田植えか。」
「わっぱの頃、乗り馴れない馬に乗って誤って水田に踏み込み、親父に死ぬほど叱られて皆と一緒に田植えをさせられ申した。」
「…そなたの父御は、そのくらいのことで子を叱るのか。」
伝九郎のお供の者や武藤も一緒に腰かけていていたが、そこへ焼き餅が出された。伝九郎は、自分の餅が下々の者に出すのと同じ皿に盛られていた事にとまどっていたようだが、与三が平気そうに餅を食って「毒見いたしたぞ。」と顔をあげて笑うと、伝九郎は初めての冒険に楽しそうに微笑んで餅を食べ始めた。

「御師よ、儂らに近々何が起こるかの。」
表では武士達が御師を取り囲んでいた。だが、彼らの顔には真剣さは無く、からかい半分のような質問をしている。
「さて、そなたら三人のうち、一人は出世できる。一人は名誉の討ち死にし、もう一人は…年も越せぬ。」
「儂らのうち、一人が今年の内に死ぬというのか。それは、この中の誰のことか。」
急に武士たちも真面目な顔つきになる。
「神通力を使うのは並大抵の所業ではない。これは有り難い神の御言葉でもある。この話の先は、そなたが伊勢神宮へご寄進してからだ。」
御師が手を出して無心していた。その様子を奥で見ていた与三は「あれが本当に御師か。しかも伊勢大神宮ときた。なんと胡散臭いものよ。」と笑いつつ、二つめの餅に手を出した。
「御師の神通力とやらが嘘か誠か、それが判った数年先には、もう御師はどこにもおりませなんだ、という訳か。」伝九郎も笑った。
「ああいう手合いは大抵、不幸な予言しかせぬものよ。そしてきっと最後には、難を逃れる伊勢神宮の御札を買わされるのだ。難を逃れれば伊勢神宮のお陰。無理なら信仰心が足りなかったのだとと言えば済む。」
 御師を囲む群衆はガヤガヤと沸いて、時には御師に向かって手を合わせさせ、時には柏手を打っている。奥にいる与三達には彼らのやり取りが聞こえなくなった。ただ、再びどよめきが落ち着くと「そなたの出世の糸口は斎藤家ではなく土岐家にあり。」または「土岐家の旧臣を頼って仕官せよ。」という御師の声が垣間聞こえてきて、伝九郎は怪訝な顔つきになった。これをよく聞きとらんとして、餅を噛む口がだんだんと遅くなり、ついには動きが止まる。もう、真横で話す与三の声は聞こえていない。
 やがて御師を取り囲む群衆は「おおっ!」と、大きくはじけるような声を出して、なぜか大きく二手に割れていった。今まで人々に囲まれていた御師の姿が現れる。しかし全員が御師の次の行動をしっかりと見据えている。
 御師は、それなりに年がいって髪にも白髪が多く混じり、痩せてはいるがゆったりとした感じがし、腰には大小の刀を差していた。その御師とやらが腕をあげて、あたまをぐるりと回しつつ、ゆっくりと身体を向けたかと思うと、与三を指さした。

「え。」
餅を口に運ぼうとしていた与三は動作を止めて、きょとんとした。与三だけではない。伝九郎も、武藤も、店の中の者たちも、店の外の、御師に群がる群衆も静まり返って、やがて、全員が与三を見た。
「何だ。何の話をしていたのだ。」
与三の質問に誰も答えず、代わりに金を払った男が御師に向かって怒り始めた。
「拙者が金を払ったのだ。店の奥の者は関係ないだろう。」
それでも、御師はおかまいなしで、与三を指さし続ける。
「いや、あの者が、ここにおる者の中で最も出世できる。そなたらも出世できるが、あの者の出世とそなたらの出世とは訳が違う。」
与三も、武藤も口をきけないくらいに驚いた。
「半端な出世ではない。歴史に名を留めるほどの働きをし、やがて社(やしろ)に祀られる。」
皆がどよめいて、与三をじっくりと見た。与三は、胸で爆発した血の流れが一気に全身を駆けめぐって、自分の身体に火がついたように熱くなってゆくのを感じた。
歴史に名を留める。
男にとってそれがどれほど強く魅力的に響く言葉であろうか。その為になら、平気で命を捨てる男など、この世にあってはごまんといよう。
その一節がいま、与三のこととして発言されているのだ。しかし、与三自身は皆の手前、冗談を真に受けないぞという顔つきをして嘲り調子で御師に問いかけた。
「はん。それは名誉なことだが、どうしてそんな事がわかる。」
その表情とはうって変わり、与三の体内では心臓がドクドクと脈打ってありえないほどに心拍数をあげている。
「そなた自身がそう信じておるからだ。その心が読める。」
「そう信じておるからとは一体どういうことだ。たとえ拙者が何かを信じていたとしても、それが真(まこと)になるとは限らぬではないか。」
「真になる。」
伝九郎は、とっさに与三の腕をつかんだが、与三は伝九郎の手を払いのけて御師に近づいた。
この御師は大事な、何かを知っている___。
与三がこの世で最も知りたい事を、知っている____。

御師はニヤリと笑って手を出した。その話を続けて欲しいなら、金をくれというのだ。与三は思考が飛んだように頭が空白になり、操られるように金子を取り出して金を渡した。
「しかし先ほど神通力を馬鹿にしたゆえ、神罰にもっともっと面白い事を教えてやろう。」
御師は、与三の耳元に自分の顔を近づけた。与三、以外には聞こえぬ声でつぶやいた。

「そなたは主人の為に死ぬが、そなたの子がその主人を殺す。
そなたは主人に従い何万もの人を殺めるが、そなたの妻はその主人に背いて何百万もの人を助ける。」

予言特有のどうにでも解釈できそうな曖昧な謎かけで、与三を煙に巻く気かも知れない。だが、不思議なことに与三の心の奥底で一気に何かと何かが符号して重なった。まだ来ぬ未来のことであるはずなのに、与三はこの話を自分でも知っていた気がした。そして、それはその場で気絶してしまいそうになるほどの強い衝撃に変わった。

 店の奥では伝九郎が腰をかけたまま眉間にしわを寄せ、殺意むき出しの顔をして御師を睨みあげている。御師はそれに気づいて、威厳と風格を見せてゆったりとした口調で言った。
「そこなる少年、そこもとにはまた奇怪な相が出ておる。その身の栄華に甘んじたままでいては、あまりにも憐れな末路を迎えることになろう。」
群衆の中の武士が少年の顔を見て、それが長井隼人の甥と知るなり止めに入る。
「よしてくだされ、あのお方は斉藤家一門のお方じゃ。」
御師は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに険しい表情に変わって、伝九郎を凝視した。
「そなたでは正にも邪にもなれぬ。今ならまだ引き返せる。身内と同じ轍を踏まれますな。」
伝九郎は黙って腰かけたままであったが、左右の供に「あやつを殴り殺せ。」とひとこと言えば、お供の二人が御師に走り寄って飛びかかってゆく。
「やめよ。我に一指でも触れるならば神罰が下るぞ。」
御師を名乗るその男はそう叫んで両手を開いたが、伝九郎のお供は構わずに御師を押し倒して殴り始めた。群衆は驚いて後ずさりを始める。与三はと言えば、まるで時がとまったように動けなくなってその場につっ立っていた。
しかし、自分の傍らで人が殴りつけられているのがようやく視界と耳に入って我に返り、慌てて止めに入る。
「やめ!やめぃ!たかが一人の男の戯言ではないか。」
そうやって御師を助けあげると、伝九郎は「こいつ、私に対して不吉な事を言った!」と、大声で反論して刀を抜きかけてズカズカと近づいてくる。
与三は「私はもっとひどい事を言われた。だが、戯言じゃ!」と、言葉でもって伝九郎を制止しようとした。御師は口を血だらけにして青臭い息を吐きながら与三の腕に取りすがった。
「私の連れの者どもが、間もなくここに戻ってくる、そやつらが儂の身元を証言してくれるはずじゃ。」
だが、伝九郎は、余計に腹を立て、抜いた刀を御師に突きつけた。
「そなた御師ではなかろう、誰ぞ。神通力などと申して人の心を惑わし、果ては斎藤家を中傷した。土岐家の手の者か。正直に答えねばこのまま咽元をザクリとやるぞ。」
そう言っている傍から伝九郎は勢いあまって男の首を刺し貫いていた。与三の腕の中で、御師と名乗った男は事切れて、ズシリと重くなった。
「おい!伝九郎殿!何てことを。」
「この刀…よく切れるな。こやつの肌に触れる感触も無く刺し貫いたぞ。」
伝九郎は自分の刀の切れ味に驚いて感心していた。与三はガックリとして首を振った。
先ほどまで御師の言葉に聞き入っていた群衆が不安気に様子を見ていたが、伝九郎は何食わぬ顔をして皆に言い放った。
「己の死も見通せぬこの男の言葉など信じるに値せぬ。よいな。」


与三は、自分自身に放たれた言葉に対し、信じるべきか、信じないべきか、迷っていた。

『そなたは主人の為に死ぬが、そなたの子がその主人を殺す。
そなたは主人に従い何万もの人を殺めるが、
そなたの妻はその主人に背いて何百万もの人を助ける。』

与三は怖くてこの言葉を誰にも言わなかった。
心の片隅で、人に未来を見通す力などあってよいはずがないと思いながらも、しかし、この言葉だけは自分の中でいつまでも生々しく響いていた。

「ならば私が長井隼人、あるいは斎藤道三の為に死に、まだ見ぬわが子が彼を殺すというのか。本当に、そのようなことがこの先、起こるのであろうか___。」




第六話:「織田瓜」       第八話:「冥慮」
  
 
 

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Date:2008/11/22
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