小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第八話:「冥慮」

 
「高名な占い師を三人呼んである。そなたも会わぬか。」
伝九郎が騒ぎたててソワソワとした態度を隠せない様子であった。
近頃、この男はどっぷりと占いにはまっている。
「先日の事をお気になさっておられるのか。世の中はなるようにしかならぬのだから、お気になさるでない。それに、己以上に、他人が己の事など判ろうはずもない。」
 与三は伝九郎をなだめながらも、心の中では「あのような事を言われてしまえば、それは後味も悪かろう。ましてや隣にいた儂が歴史に名を残すと言われた後なら、なおさら。」と思っていた。

『あまりにも憐れな末路を迎えることになろう』

 伝九郎は、およそ世間知らずで無頓着な一方で非常に繊細な一面を持ち合わせていた。そのうちの一つに、裏切られるのを非常に恐れ、常に周囲の人を警戒するというものがあった。
それは、与三にも理解できる気がする。斎藤道三も、長井伝九郎も、伝九郎も本来は守護代「斎藤」でもその重臣の「長井」を名乗れる立場でもない。彼ら一族は、長井家に家臣として入り込んで裏切りに裏切りを重ねてのしあがり、名門「斎藤家」と「長井家」の名跡を乗っ取ってしまったものである。更には、主君たる守護・土岐頼芸を美濃から追放してしまった。それをこの多感な少年は間近で見てきている。裏切りの末に地位を獲得した後は、次に自分が裏切られる番がやってくるという恐れがつきまとうのは当然なことかもしれない。外見はあっけらかんとしたこの少年にも、人を容易く信用してはならないという心の闇が根底にあり、周りの者にも距離を置いている雰囲気はあった。それでも、なぜか森与三のことはしつこいくらいに執着した。この執着心が何によるものなのかを伝九郎自身がはっきり理解するのは、まだずっと先のことであった。

「与三、なぁ、そなたも観てもらおう。」
与三への予言「歴史に名を残す」というものも、伝九郎は誰かに否定してもらいたいのだ___。与三は、何となくそう感じた。
「しかし拙者はこの後、隼人様に呼ばれておりまする。」
与三が隼人に呼ばれ、隼人の元へ行かねばならぬというのは本当である。伝九郎は諦めざるを得なかった。
「伝九郎殿。拙者はいざという時は、生身の楯になってでも伝九郎殿をお守りいたす。憐れな末路などあり得ない。本当に、お気になさいますな。」 そう言い残して、与三はその場を去った。

 やがて、伝九郎の元に占い師が三人やってきた。伝九郎は「うむ。」と、向い合わせに座らせて、昨日の出来事は告げず、あからさまに自分の最期を占わせる。
陰陽師である男は「大事な方に見送られつつ安らかで幸福ご最後です。」 と自信満々に答えた。
加持祈祷を生業とする神人の一人は「幸福で、ご納得のゆく美しいご最後です。」 と、やはり自信満々に答えた。
だが、最後の一人は、言葉をつまらせた。伝九郎が「どんな悪いことでも言ってくれ。それで罰したりはせぬ。」と頼みこむと、やがて最後の占い師は気まずそうに口を開いた。
「裏切りに…ご用心くだされ。」
伝九郎はそれを聞いて「やはりそうか!」と声を荒げて、身体を乗り出してその詳細を矢継ぎ早に尋ねた。
「私は誰かの裏切りによって命を落とすのだな。昨日、ある男に”あまりにも憐れな末路”と言われたが、その通りなのか。それを逃れる手立てはあるのか。」
毘沙門天からのお告げを聞けると言う占い師は、手にしていた数珠を揉み始めて首を振った。
「そのような酷い事を言われたのですか。お可哀そうに。ただ、運命というものは宿命とは違うもので、変えられるかと存じます。」
「そうか、手立てはあるのか。それで私は一体、誰に裏切られるのだ。」
「それが、私めにはそこまで詳しくは見通せませぬ。ただ、”裏切りに用心せよ”との文言だけが天から私に降ってきたのみでございます。あなた様が誰に裏切られるかを知れば、あなた様は理由もなくその者を遠ざけ、恨みを買い、予言が当たることにもつながりましょう。それゆえに、裏切り者が誰かとは、天からのお告げがないのでしょう。ただ、周りの者を愛して慈しめば運命は覆りまする。」
「周りを愛して、慈しむ…この長井家に籍を置く私には何と遠い言葉だろう。」占い師から顔をそむけ、独り言のように伝九郎は言った。

 
 稲葉山の麓の馬場では、兵の鍛錬が行われていた。今日の昼より不意打ちにその集合を告げる太鼓の音が城下に響くと、各家から武器を持った者たちが、城や城下から一斉に集まった。与三は隼人と一緒に行動していたので、最初から今日の事を知っていてこの場にいた。占い師を招いていたはずの伝九郎も馬で走りこんできた。集合に速い者はいつも決まっていて、後はまとまりなくパラパラと集まってくる。
「遅い、これが本当の合戦なら如何いたすのだ。」
隼人は彼らをいつもより激しく叱咤した。なぜなら、たまたま今日は、斎藤道三までもが馬場に視察に来ていたのだ。道三は、これから続くであろう国内の粛清に向けて、自らが皆の前に姿を現して、このまま士気を高めて次の合戦につなげたいと思っている。

皆、日ごろ間近では目に出来ぬ道三の姿を認めて仰天した。
 斎藤道三と長井隼人は全員を見渡せる場所に床几に置いて腰をかけて、その鍛錬の様子を伺った。
太鼓の打ち方を聞き分け、兵士らは陣形を変えてゆく。
隼人の傍には与三が控えて立っている。隼人が重臣達の若い息子たちを呼びよせた。その中には伝九郎もいた。隼人は、「与三。」と声をかける。
「与三、若い者たちは皆そなたを慕っている。いずれは兵士らを率いて戦うこの者たちに兵をいかに動かすか、陣形をいかに整えればよいのかを教えてやってくれ。」
動作を指示する太鼓の音が馬場いっぱいに鳴り響く。その音のたびに、集団が動く。
「進軍の合図」、「退却の合図」、「総攻めの合図」。
奥で合図の確認がなされる中、少年たちは一角に集まり、いっせいに与三の方を見た。ドンドンと太鼓の音が速度を増して行く。太鼓に合わせて陣形が変わってゆく。与三は太鼓に負けぬ大きな声で語り始めた。
「合戦は敵との矢合わせが終われば、いよいよ敵に近づき鑓合わせとなり申す。兵の前進の際には平押しをする。兵を横に一列に並べて前進させることにより敵にひるんで敗走する兵士が少なくなる。」
兵士の作る陣形が真ん中で折れて鳥の羽のように広がった。
「あれが鶴翼(かくよく)の陣。中央の本陣が奥へ入り、左右の兵を前に押し出す形。味方の数が敵にまされば、この陣を用いて敵を包囲する。本陣が前線に出て、左右が奥に引く形もある。これは大将が真っ先に敵に当たることとなる。士気を高める為に用いる。」
兵士らの陣形が三角を形作ると、与三は引き続き説明を加えた。
「あれが魚鱗の陣。大がかりな戦では、味方の繰引きをしなくてはならぬ。前方で戦い疲れた兵士らをうまく引き揚げさせ、間をあけずに後方の兵士を前線に押し出す。兵を指揮するものはこの間合いを見計らい、かつ、うまく導かねばならぬのでござる。口では易いことなれど、相手と戦う中では難しい。しかし繰引きを続けて長く戦うには、この魚鱗の陣がもっとも有効にござる。」
与三は、繰引きの指揮を披露せんと魚鱗の陣に近づいた。
その時である、若い女が数名、黄色い声をあげて馬場に走ってきた。見張りがその女の者に走り寄ると、女の話に驚いたのか、見張りも女も一緒に長井隼人の元に走った。何か起こったのか。しかし、報告を受けた隼人はポカンとしている。隼人は首を振りながら斎藤道三の元へ近づいた。
 腰刀をギゥと握り締めつつ真剣な面持ちで話を聴いた道三も、ポカンとした。しかし、次の瞬間には可笑しくてたまらないという感じで大笑いした。
「阿呆よのう。あやつも悪いところに出くわしたの。こちらはこのまま用意周到に出撃だ。今日こそは息の根を止めてくれよう!」
何が起こったのか、まだ情報をもらえぬ皆が推量しながらざわめいた。道三も、隼人も甲冑を着けぬまま馬に乗り、皆にそのまま出軍が命じられた。
「今から本当の合戦らしいぞ。」
「軍勢が城下に入り込んだらしいぞ。」
ざわめきの中で隼人が与三を呼びつける。皮肉めいた笑いをして与三に告げた。
「信長が少数の仲間を連れだってまたこの近くで悪さをしているそうだ。」
「え…。」
与三もポカンとしてしまった。
先日、信長の父・織田信秀を完膚なきまでに叩きのめした矢先である。本人は当然、息子も涙にくれ、歯を食いしばり、合戦で失った膨大な損失を補いつつ、いつかまた美濃へ侵攻することを夢見て兵を鍛えなおし、一方では敗戦により生じた国内の混乱を鎮める収めるために尽力する______そのためにおとなしく自城にひっこんでいるはずの時期なのだ。

隼人は確実に与三を皮肉って言った。
「そなた、聞いた話では盛大な出世をいたす運命だとか。まずは織田信長を血祭にあげて名をあげよ。」

与三の人生を変える運命の人との出会いが、もう、そこまで迫っていた。





第七話:「与三の子が殺す」
          第九話:「信長」
 
 

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Date:2008/11/29
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