小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第十一話:「酷肖(一)」

 与三は余語盛種と名乗る男のことを外見で診断しようとするが、やはり同じ身の程であろうか。
「もう、お帰りか。」与三が言葉を投げかけると、余語は首を振った。
「いや。本日は長井隼人殿のお屋敷でご厄介になるので、そちらへ参るのです。」
与三はそのような話は一切聞かされていないので面食らった。
傍でやり取りを見ていた門番が「よろしゅうございましたな。森どのは長井殿にお仕えなさっているのですぞ。」と横合いから言った。余語は「それはそれは。」と笑う。与三もつられて、ハハ、と愛想笑いをする。そうしているうちに、余語は与三を見て突如に何かを思い出したような顔をして表情を変えた。
「いかがいたした。」
その問いかけに余語は答える。
「先般、家老方がお話なさっていた森殿とは、貴方のことでありましょうかな。」と首をかしげた。
家老連中が与三に関して口を開くとなれば、必ずよからぬ話に違いない。家老の文字を出されただけで苦々しい気持ちになった。ただ、長井隼人も同席していたならば話はどのように展開していたのか判らない。この余語という男はどんな話を聞かされたのだろうか。気にはなるが聞きづらいものがある。他の角度から詮索した。
「本日は何用で参られたのか。」
その与三の質問を余語はさらりとかわした。
「森殿は、尾張の蓮台村の方でござるか。」
「そうだが。」
「やはり。」
長井の屋敷は近いが、二人はそのまま話こんでしまい、そのまま歩いて城下町まで出てしまった。余語は、与三には判り切った稲葉山と蓮台村の位置関係を説明しはじめ、そしてこう、つぶやいた。
「蓮台村は木曽川の向こうの尾張側と言ってもこれだけ稲葉山に近いとなれば、斉藤家にお仕えするのも頷ける。」
「それが何か。」
「しかし、そうは言っても蓮台村はやはり尾張にあって織田家をも脅威に感じざるを得ない。」
「それがどうしたのだ。」

 城下町では僧侶の格好をした者が辻説法を行っている。
「みなよく聞け、よく考えよ。この稲葉山に住む男は、そもそもは賤しき出の油売りに過ぎない。それをまんまと斎藤家に入り込み、家を乗っ取り、あろうことかこの美濃の守護である土岐氏を追放したのである。まさに人面獣心とはこのことであろう。」
先日の自称『御師』に引き続き、またしても斎藤氏を非難する者が出てきたのだ。城下にはこういった動きを警戒する横目衆がウロウロしているので、怪しい事をすれば必ず捕まって首を落とされるものを、斎藤家の城下で臆せずに堂々と物を言う。さすがに通りの人々は恐がり、立ち止まらずに知らぬ顔をして通り過ぎる。与三も、余語もその僧侶のことはシカトを決め込み、と、いうよりはむしろ自分たちの話に夢中になっていたので、そのまま目を合わせずに通過した。
「余語殿、そこもとは、どちらにお住まいか。」
「拙者も生国は尾張でござる。しかし…。」
背後から僧侶の辻説法の高らかな声が響く。辻説法は、なおも斎藤家を語り続ける。
「斎藤道三が息子というのは、実は土岐頼芸公の子でござる。その母は、かつて頼芸公の寵愛を受けており、腹には頼芸公の子を宿したまま道三の元に納まった。したが道三、生れてきた子には野獣の心で父は己と教え込み、その子を人質にと囲い込む。これは人の道にはあらず。上に立つ者の道にはあらず。」
 余語は与三と会話の途中で顔色を赤く変えて歯をギリギリと言わせた。興奮しているのだ。そして「やはり捨て置けぬな。」と言い放ち、与三とお供の者を置き去りにしたまま、振り向きざまに駆け出したかと思うと、腰の刀を抜いて僧侶を切り捨てようと飛びかかった。しかし与三もその動きを見て反射的に駆け出してそのまま余語を勢いよく背中から突き飛ばした。余語は、刀を落とし、そのまま道に転がった。
「貴様、何をするか!危ないではないか!」
与三は拳を握り余語に言って聞かせた。
「あのな、かような場所であからさまに切り捨ててはその話が事実と云うておるようなものではないか。」
 与三は余語が起き上がれるように手を伸ばしたが、余語はその手をとらず、自ら起き上がって歯をむき出し、目を怒らせた。
「では何か、斎藤家に仕える者が、このままあらぬ噂を放っておけと言うのか。」と、与三を睨み据えた。
「新参者のくせに生意気な。」
「儂は新参者ではないわ。斎藤家とのつき合いはお前よりもずっと深い。」
「深いかどうかわ知らぬが、おぬしの頭は軽いな。嫌だと思えばすぐに斬るのか。」
与三のその言葉に余語は怒りと笑いの両方に満ちた表情をたたえた。お互いの鼻息も荒い。
「ああ、そう言えば、森どのは織田信長に鑓を振り回して我先にかかろうとしておきながら、まんまと取り逃がしたとか。まぁ、そういうことでは家老連中にも覚えがよろしいようで。」
「野郎、喧嘩を売る気か。」
猛犬と猛犬の睨み合いである。お供の者はいつ止めに出て行くべきかと背後で状況を伺っている。この二人がいつ互いの喉元に食いつかんかという勢いに、道行く周囲の人々は先ほどの辻説法以上に引いてしまった。威勢良く辻説法をしていた僧侶もこの隙に逃げ出さんとする。
「お前は逃げるな!そこに直れ!」
与三と余語は僧侶に向かって睨みつけ、同時に同じ言葉を叫んだ。しかし、自分の命が狙われているのに、呼びとめられて逃げない者があろうか。悲鳴をあげん勢いで逃げて行った。
「貴様のせいで間抜けな事になった。」
「たとえ憎き相手でも僧侶なんぞ切れば斎藤家の評判が落ちるわ。」

 その道へ長井隼人が馬に乗ってやってきた。のんびりと馬を歩ませていたものの、二人が言い争う姿を見つけて馬を速めた。「何だ、お前たちは。」

「斎藤家を悪く言う僧侶がここで説法を!!!」
「この男がいきなり僧侶を皆の前で切りつけようと!」

「ええい!同時にまくし立てられても分からぬわ!」隼人は喝を入れた。
与三は、声の調子を落して、隼人に辻説法の話を聞かせた。僧侶が言っていた、ありのままを話した。
「そやつは義龍(道三の嫡男)のことを、土岐頼芸の子と言ったのか。」
「はい。」
隼人は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「このような人の居る場所で僧侶を切るものではない。もう、逃げたのであれば放っておけ。」
与三は隼人の言葉にホッとした。余語盛種は目を怒らせたまま、黙って地面を睨んでいた。
「与三。今宵はそなたも一緒に飯を食うがいい。二人とも仲良うせい。」
与三も、余語も、隼人に連れられて無言で帰途につく。

歩いているうちに、余語と少し距離が開いたので、与三は横に並んで歩く隼人のお付きの者にこっそりと「あやつは何者か。尾張訛りがあるが。」と尋ねた。
「…それは隼人様にお伺いください。」
「いけ好かぬ奴だ。」
「仲良くなさってくださいませ。」

 さて、屋敷に戻って隼人の屋敷で膳が整えられた。与三が屋敷へお邪魔して廊下を渡っていると、どこからか見張っていたかのように伝九郎がトントンと駆け寄って来て、ピタリと寄り添う。
「与三、与三。今日のお召しは何かよいことではないのか。ならば私も立ち合いたいぞ。」
「いや、今日は違う。」
そうして立ち止まって語り合う廊下の後ろから、余語盛種がやってくる。与三と距離を空けずに満面笑みの伝九郎を見て二人の関係を何をか勝手に深読みしたのか明らかに含みのある表情をした。
「お先にご免。」
そう言って、余語が通りすぎると、与三は彼の後姿を目で追った。
「あの男…以前も叔父上の屋敷を出入りしていた。久々に見るな。」伝九郎がボソリと言った。

 隼人は、離れに与三と余語の二人を招いて夕餉を食べた。その時にこそ、与三はこの男の正体を知れると思っていた。十代なかばの給仕の女が酒を注ぎに部屋に入って来て、またとない好青年が二人も並んでいるのを見て驚き、頬を赤らめた。隼人は自らの杯には小姓に酒を注がせていたが、与三らに酒を注ぐ女の尻に目線を遣りつつこれをからかった。
「ふふ、よい面構えの男が二人も並んでいて驚いたか。」
 与三と余語の二人は隼人が箸をつけて食べる通りに食べた。正式な座では、それが礼儀とされる。
隼人はゆっくりと物を噛みしめて半ば、目を閉じるようにして食べる。
「儂はな、毎日このように食物にありつけて、ありがたいと思いながら食うておる。一日に一椀の飯も食えぬ者もいるのだからな。与三、蓮台の米の出来はどうだ。」
「お陰さまでよく実ったようでございます。」
「そうか。それはよかった。」
隼人は与三に慈しむような目を向けた。そして余語にも「酒を飲め」と、自ら片手で酌をしてやった。
「与三、この余語という男はなかなかの切れ者。この若さでたいそう書を読み、物を書く。合戦においても采配が巧みで、また自らも腕が立つ。そなたも彼から色々と教わるがよい。」
与三はその言葉に驚いて飯をのどにつまらせそうになった。心に何かが突き刺さる。しかし、隼人のそれは社交辞令のようなものかと思い直して「はい。」と答えた。
「滅相もございません。森どのには到底及びませぬ。」余語は、はにかみ、謙遜した。
「まぁ、それもそうだな。与三はいつでも周囲に優って読みが深い。よく切れる男だ。」
隼人の言葉に、今度は余語が信じられないという顔つきで目を見開く。
隼人はふたたび、目をつぶって芋を食った。

「尾張の様子はどうだ。」
隼人は余語にそう尋ねた。
「大和守の元に、平手秀政なる信秀の配下が和睦を求めてまいりました。しかし、これは大和守が跳ねのけました。」
フッと、隼人は鼻から息を抜いておかしげに笑った。その事は、隼人の読み通りだったらしい。
大和守…与三は二人の内輪の会話の意味を探った。彼の言う大和守は織田大和守だ。同じ尾張の織田一族であり、織田信秀はこの大和守の下につく奉行の一人の身である。しかしながら両者は徐々に仲が悪くなっていた。先の信秀の美濃攻めでの大敗も一因となっていよう。
どうやら、それにつけこんだ長井隼人が織田大和守に話をもちかけて、織田信秀を叩き潰さんと裏で画策し、手引きしている事は与三も薄々感じていた。隼人は、斎藤道三の家老はそれほど信用しておらず、肝心な事は自らだけの判断で秘密裏に事を運んでいた。時には、道三にすら内緒で。
「一方、駿河の今川も、織田信秀に兵を向ける支度をしております。」
「織田信秀は、今川の元にいた松平の子供を略奪して、松平家は戦いに尻ごみしたというが、松平も今川とともに兵を出してくるか。」
「あの松平家の人質は竹千代とか言いまして、今、あれは信長のよい遊び仲間になっておりまする。」
隼人の問いに対する余語の言葉は今の話の流れには余計なつけ足しであり、不適切であった。しかし、この場の三人とも織田信長が気になっていたのか、話はそのまま信長に流れていった。隼人は汁を飲みつつ答える。
「信長、あやつ、聞くに湯帷子を着て徒党を組んで人にぶらさがって歩くというので、いよいよのうつけと思いきや、兵法の心得はあったぞ。あれは自分の学んだ物が通用するのか、美濃に試しに来ておるのではないかの。」
やがて食べつくされた膳が下げられた。そのうちに、会話は元の本題へと戻っていった。
「駿河の奴らの出方を待って、漁夫の利を狙って尾張を横取りするという手もある。」
隼人は考え込む。
「そうです隼人様。尾張は国内の情勢も覚束ない有様。ましてや今、信秀の心配は確実に駿河に及んでいるはず。これがよい機会となりましょう。尾張を狙うのは今を置いてほかにございませぬ。」
「そうだ。織田信秀だけは叩いておかねばならぬ。あやつは他の者よりも美濃にたいする執着が激しい…。」
織田家と戦う。それは与三の望むものであり、隼人に進言したくてたまらない事でもあった。合戦によって再び織田信長に会う機会もあろう。しかし、今は、余語というこの男に同心するのは死んでも嫌だという気持ちが強かった。
 与三は口から「今は、なりませぬ。」と押し出した。隼人と余語が冷たい視線を与三に向ける。
「土岐氏と結ぶ勢力が美濃にある限りは、美濃も尾張と同じく情勢が覚束ないのでございます。」
「判っておる。」
余語が横合いから口を出す。「しかし、隼人様。時節というものは大事。尾張に攻め込むに、これほどの条件が整うことは再びはありませぬ。」
「それも判っておる。」
「今はこの美濃を固めるという初心を貫くことこそが大事!尾張は美濃に手出しできないことが判っている今は、そのための機会でございます!」
「尾張を攪乱させる機会をみすみす逃すなど、あってはならない事!!斎藤家が勢いを増せば、国内で斎藤家に楯つく勢いなどは自然と失せてしまうもの!」
与三も余語も、意識せぬうちに、どんどんと隼人ににじり寄ってゆく。隼人は、うんざりな顔をして両手を広げた。
「だからお前らに同時にまくし立てられても分からぬと言っておるだろうが!」
隼人は、腕を組んで、しばらく沈黙した。隼人の息づかいは興奮と怒りに満ちている。二人は黙り込んで彼の次の言葉を待った。

第十話:「思い焦がるゝ」  第十二話:「酷肖(二)」
 
 

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Date:2008/12/27
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