小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第十四話:「蝶番(二)」

 与三は、美濃の地の事や斎藤家の話をして織田家の馬子ら郎党たちの関心を誘い、この機に彼らの仕える織田信長の話を引き出そうと試みている。与三の話を聞く織田家の者たちは非常に迷惑そうな、かつ、困惑気味の表情をしていた。彼らにとっては、美濃__まさに敵の本拠地にいるのだ。状況次第では、このまま切って捨てられるかも知れない。その緊張の張りつめたるや与三の話相手どころではない。
「拙者の聞くところによれば、尾張の湊はよく栄えておるとか。」
与三の問いかけに織田家の郎党たちは口を閉ざし、荒い呼吸をしながあら上目づかいに与三を見た。やがて「あなた様はどなた様でございますか。」と問いかけた。
「いや拙者はそなたら同様、主人が屋敷から出てくるのを待っておるのよ。せっかくだから尾張の話でも聞いてみたいと思うてな。湊へは行かれたことがあるか。」
「いえ。」
郎党たちは黙りこんだ。ゴクリと生唾を飲みこむ音がする。与三はようやく彼らの緊張を理解したので一度、口をつぐんだ。その後、重苦しい空気の中、全員の長い沈黙が続いた。しかし、この沈黙に耐え切れなくなったのは織田家の郎党で、その一人がボソッと与三に口をきいた。
「あなた様は、尾張にいらしたことがありますか。」
与三はギクリとした。
「あ…ああ、一応は尾張の蓮台村の者だ。しかし那古屋あたりまでは出たことがないから…。」
「蓮台村…羽栗の蓮台なら、うちの姉が嫁いでおりまする。」
「え。それは…。ナニガシの家に嫁がれたのかな。」
「いえ、名前を申しても分からぬでしょう。」
「いや、分かると思う。言われよ。拙者にとっても知り合いかも知れぬ。」
 ここで思わぬ接点と糸口をつかんで、与三はだんだんと気分が昂揚しはじめた。その郎党は眉根を寄せ首をかしげる。
「奇遇でござる。信長様も、つい昨日、拙者に蓮台村の事を聞いてこられた。」
「え…。それは何と。」

 しかし、それは長井隼人の登場で断ち切られてしまった。道三の屋敷から一人出てきた長井隼人が、鬼のような形相で門を出ようとしている。あの早足の歩き方は後姿を見ただけでもあきらかに怒りを含んでいるのが分かる。与三を含む厩近辺にたむろしていた織田家の郎党がワッと彼に注目して凝視していた。
 与三は隼人を追って行った。隼人のあまりの早足に驚き、ついつい駆け足になった。隼人の背後について与三は尋ねる。
「何か、不都合がございましたか。」
隼人は何も言わない。いつも冷静な隼人がめずらしくも与三の存在など気にかけていられないほどに怒り心頭に達している。この様子では今は隼人から何も聞き出せそうにない。落ち着くのを待つしかない。隼人の背中を見つめつつ、与三は急いで隼人の事を追ってきたことを心の中で舌打ちした。
「ああ…先ほどの男…蓮台村に嫁いだ姉の名前だけでも聞いておくのだった…。」

 長井家の屋敷に戻っても隼人はそのまま部屋にひっこんでしまった。与三とは一言も口をきかぬままである。
「よほどの事があったのか…。」
与三は気になるが、隼人が教えてくれぬではどうしようもない。部屋に戻った。部屋に戻ると、隼人と与三の二人においてけぼりを食っていた余語盛種がむくれている。そして与三が腰をかけるのも待てず、ギロリとした目つきで詰め寄ってきた。
「道三様の屋敷に行ったのだな。何を話してきたのだ。」
家来が椀に水をくんできて、与三に渡す。与三はゴクリゴクリと飲みほした。 
「プハーッ。」
「おい、森殿、何について話したのだ。」
「それは…悪いが、そなたには言えぬ。」
与三は、本当は知らない。しかし、自分も何も知らされてないという事まで敢えて余語に言う必要もないと思ったのでそう答えた。与三の返答を耳にすると、余語は寂しそうに、そして静かに言葉を絞り出す。
「もったいぶるな。道三様と何かあったのか。」
「言えぬものは言えぬ。」
その返事を聞くと余語はいらだちを隠さずに、大きく舌打ちをして転がった。
「拙者は道三公に仕官しに来たのだ。道三公にこそ役立てることもあるのに、それなのに隼人殿は道三公に拙者を近づけさせぬ。近づけさせぬばかりか、何もさせてくれぬ。」
余語の悔しがるのを見て、与三は先ほどまでのイライラが少しおさまった。
「それは残念であったな。」
与三が小馬鹿にしたような笑い方をすると、余語が伏せたまま横目で与三を睨んだ。
「満足か。」
「フン…別に。」
「…その程度で満足か。そなたは、もっと志の大きい男と思っておった。」
余語が力を込めて言うと与三は動きが止まった。その瞬間に笑っていた口角は下がり、急に口をきけなくなったかのように黙った。
「クソッ!」
余語はそう言い放って与三に背を向けた。

 また、夕食時も、長井隼人は部屋に籠ったきり与三と余語の前に姿を現さなかった。
大丈夫なのか…尾張とは、そんなにまずい話になったのか…底知れぬ不安が与三の心の中でわいてくる。

 与三と余語が飯を食い終え、余語は引き続き部屋で黙って酒を飲む。与三の存在も手伝って、どうしようもなくイライラとしている様子だった。そして夜中になり二人が寝静まった頃、夜中の屋敷内に突然にドォン!という轟音が響いた。
たちまち長井家屋敷がざわめく。
真っ暗な部屋の中で、与三は驚いてはね起きる。武藤らも部屋の明かりを灯す暇などない。与三は月明かり欲しさにそのまま部屋の戸板を開けようとする。が、その時足元にいた余語の存在を忘れ、横になって眠っている彼の身体に思いっきりつまづいて転んだ。この騒ぎの中、余語は酔って寝入ったせいか、熟睡していた。
「ああ、もうこいつは。起きろ。」と、与三は余語の尻を蹴り飛ばす。余語の家来が「何をなさるか。」と怒り声で与三に抗議する。余語が目を覚まして「何だ。」と怒った。
「刀を持って、ついてこい。」
与三が言っているうちに、武藤は明かりを灯した。与三はその行燈を片手に持って、余語と武藤を伴い薄暗い中を裸足のまま歩いてゆく。
 隼人の部屋のほうから轟音が響いた。間もなく、それは隼人が暴れて戸板を倒してしまったせいだと判った。隣の部屋で宿直していた小姓達が隼人を抱きかかえて制止しようとしている。
「は…めずらしいな、あの隼人が暴れておるのか。」
もはや余語は冷めきった声で言い放った。
隼人は怒りのあまりに心臓が痛むのか、胸を押さえつけて苦しみ、小姓達が抱えるようにして隼人を介抱した。
「馬だ、馬。馬の用意をせよ。」
「殿、真夜中にございますぞ。」
冷静な隼人らしくなく、酔っ払いのごとくに叫び散らす。与三が視野に入ると、与三に向かって言った。
「関城へ戻るぞ。今すぐにだ。」
小姓達の腕を払い、隼人は自分の足で立ち上がった。
「今日、一体、何があったのですか。」
与三が問いかけた。横にいた余語が、いぶかしげに与三の顔を覗きこむ。
「帰蝶を織田家にやるなど、とんでもない話が出た。なぜこちらが敗北者のように譲歩せねばならぬのだ。」
「は…帰蝶…で、ございますか。」
「あの様子では家老も皆、織田家に買収されておるに違いない。もう、儂は知らぬ。関城に帰るぞ。」
長井隼人は尾張ではなくむしろ道三や家老達に怒っているようで、本気で居城の関城に帰る意志であった。詳細は分からない。しかし今、斎藤家が決裂しては最悪な事になってしまう。与三は、まずは隼人を落ち着かせようとした。余語は何もせずにつっ立ってそれを眺めていた。




第十三話「蝶番」      第十五話:「蝶番(三)」
 
 

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Date:2009/01/17
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