小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第十五話:「蝶番(三)」

「殿、白湯でござりまする。」近習が白湯を運んできたが、長井隼人はそれには構わず、馬を用意しろといまだ興奮気味である。
「酒が入っていらっしゃるのか。」と与三が近習に尋ねると「少し。」と、うなづく。こんな騒動のせいで隣の屋敷に住む伝九郎までもが家来を連れて隼人の元に馳せ参じてきた。

 与三はまず、隼人がここまで憤慨している理由を知りたい。
「今宵は、月明かりもさほど明るくはございませぬ。こんな夜中では関城にお帰り遊ばされるのはちと無理でございます。一体、何があったのでしょうか。よろしければお聞かせください。」と、隼人を促す。
隼人は「ならば聞かせるが明朝は必ず儂とともに関城について来い。」
「わかりました。」
隼人と向かい合わせて与三、伝九郎と余語が並んで座った。まだまだ隼人は胸が痛むようで、手で押さえていた。隼人の口が開くのを待って静まり返る部屋。隼人がつばを飲み下す音が聞こえる。
「織田信秀が道三に和睦を言ってきたのだ。」
その一言で、与三と余語は、深いため息をついた。
「その話を進めるために織田家の宿老が美濃入りを希望しておる。何と虫がよすぎる話ではないか。」
隼人がそれきり口を閉ざすと、与三は疑問を切りだした。
「先ほどお話されていた”帰蝶”とは何でございましょう。今の一件と関係ございますか。」
「…儂はそんな事を言ったか。」
「おっしゃいました。」
隼人は白湯を口に含んだ。顔が暗い。伝九郎が焦った様子で身体を前に乗り出した。
「叔父上、まさか…帰蝶殿を織田家とどうにかなさろうとおっしゃるのですか。」
伝九郎のその驚きぶりと焦りよう、どうやら帰蝶とは道三の姫の名前のようだ。
「まだ、他言するな。奴ら、帰蝶を信長の嫁にもらいうけたいなどとぬかしおった。なぜ優位の我らが和平をしてやる上に質まで差し出さねばならぬのだ。」
「はぁあああ…信長って…あのウツケのことでございますか。信長の嫁に帰蝶殿が…。」
伝九郎の仰天の言葉に、隼人は怒りの拳で床を叩いた。ドンッと床が鳴る。皆、驚いて首をすくめる。隼人は歯茎をむき出しにして怒り、答え始めた。
「家老どもは、皆、その話を進めるべきと口をそろえて道三に進言しおる。いつもなら反対しそうな奴らまでもが手のひらを返しおって話がおかしい。家老どもは皆、織田から袖の下でもつかまされているに違いない。」
与三は少し考えてから尋ねた。
「袖の下とは面妖な。家老の方々がいつ、どうやって織田とそのようなやり取りができるとおっしゃるのですか。」
与三の問いに、隼人はケロリと答えた。
「フン…そんなこと、造作もない。どのようでも変装などし、いかようにも城下に出入りできるわ。」
「それが可能ならば織田家は他の家老の誰を差し置いても先に、隼人殿の元へ土産を持って来るはずでしょう。それが無いということは、他の家老にも何も無いのでは。」
とたんに隼人が怒鳴った。
「その場に居なかったくせに判かったような事を言うな。」
与三は再び首をすくめる。隼人が人前でこれほど怒っているのを見たことがない。
「くそっ!信秀めが!和平などと言いおって、あやつはどうあってもこの美濃を獲る気なのだ。今、叩きのめしておかねば必ずや後々の遺恨となる。何としてでも織田信秀を殺さねば。」
「道三様は何と…。」
と、与三が訪ねたとたんに隼人が目をひきつらせ、額に青筋を立てた。ああ…どうやら、道三の事もひっくるめて隼人にとっては面白くない方向に話が進んでいるらしい。
しかし、そういうことがあったとはいえ、怒り心頭に達して関城へ帰城したがるとは、その辺はどうも隼人らしくない。和平が反対なら、断固反対と、もっと道三と話し合うべきではないか。まだ、和平とは決まっていないのだから。
「もう下がってひと休みしろ。明日は関城だ。」
与三と、伝九郎、余語の三人は隼人の部屋を出た。
不安を隠せぬ伝九郎が「与三。」と声をかけるが、与三も余語も、自分の世界に入りこんで伝九郎の声が聞こえない。伝九郎が廊下で足を止める中、二人は沈黙の中ズカズカと歩いて部屋へ戻った。

 自部屋に入る前も、入った後も、与三は物思いにふけっていたが、余語はさっそく与三を責め立てる。
「おい。森どの。なぜ、隼人殿が関城へ帰るのを止めぬのだ。まずいではないか。」
「…どうせ、道三が折れて連れ戻そうとするのを見越してのことではないのか。それはよいとして…和平とは…。」
与三は、壁に向かって坐禅を組んだ。今、何が起こっているのか、そしてどうなるのか、落ち着いて考えたい。そこへ余語が口を挟む。
「斎藤家は織田大和守と裏取引している立場上、信秀と和平はできぬ。それに…森どのも…。」
余語は言いかけて床の上に寝ころび、クククと笑った。
「何がおかしい。」
「いや、そなたの故郷の蓮台村は敵対しあう国同士の境にあって値打ちがあったもの。平和になられては、そなたも今までと同様には道三殿や隼人殿に重宝がられぬだろう。」
余語のくだらない台詞を無視して、与三は、深く呼吸した。

 美濃と尾張、いや、斎藤道三と織田信秀とで和平など成り立つのか。信秀は先年の大敗北の屈辱を忘れてはいないだろう。それなのに、恥を忍んで和平に出るとは…やはり何か裏があるのか。しかし、隼人殿のあの様子、まず、道三は和平の話に乗ったとみてよい。そして、帰蝶という娘を…


帰蝶…与三が一度も見たことのない斎藤道三の娘。
この帰蝶が美濃と尾張との和平のかけはしとなるために、信長に嫁ぐなどあり得るのだろうか。


和平…そうなれば、与三はもう、信長の首を獲りたいとは言えなくなる。
そんなの、嫌だ。あいつの首は儂が獲りたいのだ。

そう。
きっと儂は、信長の首を獲りたいがゆえに、
これほどまでに信長が気になるのだ。
帰蝶という女に、嫉妬さえ感じている。


第十四話「蝶番(二)」      第十六話:「謀殺(一)」


 
 

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Date:2009/01/24
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