小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第十九話:「信長に続く道」

 森与三は、斎藤道三の兵士らに伴われて稲葉山の麓にある屋敷に入らされた。理由はわかりすぎる。長井隼人が与三に織田家の使者の暗殺を命じたのが知られてしまったのだろう。
しかし何もできぬままであったのに、処罰を受けるようであれば腹立たしいことだ。暗殺の対象は、つい先日までは殺して褒められるべき大恩賞の敵・織田家である。それを今日、殺そうとしたからとて咎められて首を刎ねられては冗談ではない。
「儂の人生は、今日、こんなにあっさりと終わってしまうものなのだろうか。」
 大小の刀は、屋敷に入る時に預けされられてまったくの丸腰である。もう、ここで何が起こっても自分を守る手立てはこの舌先三寸しかない。

 与三と武藤は部屋の奥へ通され
「ここでしばらく待たれよ。」と部屋に籠らされた。
その部屋には隼人の小姓の次郎・小次郎がいて、部屋に通されてきた与三を見るなりヘタヘタとなったが、泣きだしそうな笑顔をして「森殿、ご無事であったか。」とつぶやいた。与三は、瞬時に自分が道三の元に連れて来られた意味を理解した。

こいつら…。
暗殺が怖くて逃げ出したかと思えば隼人の元へ行かずに、道三に隼人の企てを話すとともに自分たちの保護を求めたのか。与三は怒りとともにドカリと大きく音を立てて床の上に腰を下ろした。次郎・小次郎は驚いて身をすくめた。
武藤はどうしてここに次郎・小次郎がいるのかも理解できないようで、次郎・小次郎に向かって「やい!やい!よくも逃げ出したな。」と怒り始めた。与三は武藤を制止した。もとはと言えば、与三が年若い彼らをだしぬけに巻きこんでしまったせいである。彼らだって、自分の心に沿わぬことに命を捨てるのは嫌であろう。腹立たしいが、彼らを巻きこんだ自分が悪い。

 部屋の中が静まり返った。やがて小次郎がすすり泣きし始めた。次郎は、与三のほうに顔を向けた。
「あの後、与三様はどうなさったのですか…。」
与三は黙って答えなかった。ただ、駄目だったと左右に首を振る。次郎は取り繕うように言う。
「あの…道三様には、森殿が織田家使者暗殺の意志が無かったことを私からお話しておいた。だから大丈夫だと思う。」
与三は、ギロリと次郎を睨んだ。
「儂らは大丈夫だろうが、隼人殿はどうなるだろう…。」
与三の言葉に、次郎も身を震わせすすり泣きし始めた。与三は、まずいと思って言葉を続けた。
「そなたらを巻きこんだ儂が悪い。すまぬことをした。」
謝りつつも、怒りが態度ににじみ出てしまっている。与三はこれ以上、この兄弟を怯えさせてはいけないと腕を組んで目を閉じて黙って座っていた。次郎・小次郎兄弟のすすり泣きばかりが漂う。そんな時間が何刻も続いた。
みんな部屋に押し込められたまま、何も起こらなかった。
武藤は「飯の時間でございますのに、拙者どもには何も出ぬのでございましょうか。」と、与三をつついてつぶやく。
与三は「飯のことを儂に聞くな。」とピシャリと言った。
武藤は「小便がしたい…。」と繰り返し始め、フラリと立ち上がって部屋を出て行こうとした。
その頃には泣きやんでいた次郎も、またすすり泣き始める。次郎は、与三の傍にやってきて与三の顔を覗きこんで不安を爆発させた。
「私は、大変なことをしてしまったのだろうか。」
十代前半の次郎の小さな身体がますます小さくなっている。泣きはらした眼が真っ赤である。
「道三公とて身内の隼人殿を討とうとはすまい。きっと、互いの気持ちを理解くださって腹を割って話し合い、かえって物事がよいように運ぶであろう。そなたは後の成りゆきを見守って、自分の正しいと思うことをやればよい。ご心配めさるな。」
与三が憶測でそう言うと、次郎と小次郎はホッとした様子で与三の横に近づいてきて、子犬のようにピットリとくっついた。

ああ…何かまた面倒くさい男に構ってしまった。

 用を足した武藤が部屋に戻ってきた「そこにいた侍女に飯のことを尋ねたら『知るか。』と言われました。」とさびしそうに言う。
「しかし、その侍女が申すには、道三様は、織田家に会いにでしょうが、大垣のほうに行っておられるようで…ただ今、お留守です。」
与三は驚き、組んでいた腕をはずして、その先の話を武藤から引き出そうと武藤を見た。しかし武藤は、次郎と小次郎が与三にくっついているのを見て、ぷぃと横を向いた。
しかし、別の思いがよぎり与三の相好が少し崩れて笑みが浮かんだ。
「五郎は小便に行っているだけかと思えば、誰ぞと話をしてきたか。別に、儂らはここに完全に閉じ込められておる訳ではないのだな。」
そこに間髪いれずに
「隣の間に、余語どのがいらっしゃいましたぞえ。」
と武藤が言う。与三はその名を聞いてゾッとし、高ぶった気持に一気に冷や水をかけられた。そして次の瞬間立ちあがって隣の部屋との間にある襖を力任せに開いてしまっていた。

 そこには暗がりで余語盛種が背を丸めて座っていた。いきなりにも襖が開いて与三の姿が出てきたので、驚いて目を見開いている。
与三は余語のほうへ踏み込んでいって立て膝を立てて余語の顔を覗きこんだ。
「どういうことだ。どうして余語どのまでここへ…。」
余語は与三のほうをチラリと見た。
「知らぬ。森どの、そなた何か隠しておるな。何か企てでもあったのなら、儂は何も関係ないと誰ぞに言ってくれ。」
その時、与三のいた部屋のほうの襖が開いて、道三の小姓が現れた。皆が小姓を見た。
「何をいたしておられる。森殿に話がある。ついて参られよ。」
 
 森与三と武藤は、小姓の後をついていく。小姓があまりに無表情なので、この先に何が起こりうるのか見てとれない。そして行きついた襖の前で与三だけこの部屋に入るよう促されると、武藤は嫌だと与三の腕をつかんだ。与三は「やめろ。」と武藤をふりほどき、小姓と二人で部屋に入った。
「今からお屋形(斎藤道三)様の部屋に入る。何も申し開きはなさらず、”はい”と答えられよ。さすれば無事に終わる。」
小姓が無表情を示したまま、与三を真っ向から見つめてボツリと言った。与三は知らず、ゴクリとつばを飲んで、息がとまった。
「ご心配めさるな…。」小姓が首をふりつつ、つぶやく。
この小姓が与三を思いやっての個人的な言葉なのだろう。

 道三のいる部屋につながる廊下に出て、「森どのをお連れしました。」と襖の前で挨拶すると、部屋の中にいた近習が襖を開いた。
「入られよ。」
 道三はすでに上座の畳の上に座っている。道三は禿げあがった頭に右手を乗せて触りつつしばらく黙っていたが、部屋に入ってきた与三をジロリと見た。
いつもの威厳と謀略に満ちた道三の顔が今日はことのほか恐ろしく感じられる。いつもは何びとの前にあっても堂々とした風情の与三であるが、今は心臓を素手で握られたような緊張を覚えている。
重々しい雰囲気に、やはり道三の殺意が自分に向いているのではないかと思いはじめ、息が苦しくなって窒息してしまうほどの威圧感である。道三は、この上ない不機嫌さである。与三は思わず床に這いつくばりそうになってしまったが、思い詰まって逆に浅いお辞儀になった。

道三が静かに、そして重々しく言った。
「このたび娘を尾張に遣わすことにした。」
パシリ、パシリと鉄扇を掌の上で鳴らす。
「無事に尾張に送り届けねばならぬ。蓮台村を通るという事もある。国境の警護の兵を出してもらいたい。そして、そなた自身も、嫁入り行列を護衛して尾張まで送り届けてくれ。」
与三は背筋が凍りついて言葉が出ない。道三の娘・帰蝶を織田信長に婚姻させるという話が持ち上がったのは隼人に教わり知っている。しかし今日、長井隼人に命じられて織田家の使者を切りに行ったのだ、そして今やそれを道三も知るところである。その与三に対して、これは何の為の命令なのだ。
「どうしたのだ、与三。」
道三は与三の返事を待っている。先ほど与三を案内してきた小姓が身を乗り出すようにして物言いたげに与三を見つめる。与三はあれこれ思考しながら話す風情で重々しく口を開いた。
「それは…何のご命令につきましても、まずは世話になっている隼人殿の赦しを得ねば、拙者の考えのみでお引き受けできませぬ。」
小姓は眉根に皺をよせて与三を睨んだ。道三は、大きく息を吐いた。
「隼人は今、事情があって儂の命で関城に帰している。そなたの事については、隼人には儂のほうから説明しておく、駄目とは言うまい。」
「え…。」と与三がキョトンとすると、
道三は、鉄扇の棒尻で床をドンと鳴らした。有無を言わせぬ威圧感である。
「しばらくこの屋敷において寝泊まりするがよい。さがって良い。」
与三の心臓は早鐘のように打ち続けた。「はい」も「いいえ」も言わぬまま、一礼してその場を退く。
そこへ道三が背後より「与三、そなたも嫁をめとられねばならぬの。」とボツリと言った。

 結局、道三には長井隼人の企みに関して何も問い詰められなかった。次郎・小次郎がよほど上手く話を伝えて言ったのだろうか。ともかく、道三は隼人と事を荒立てたくないのだと解釈するしかない。大丈夫だ。隼人もきっと大丈夫だ。一抹の不安を残しつつ、心配して待つ武藤の前に姿をさらした。
武藤が嬉しそうに笑う。

 与三と武藤が部屋に戻ると次郎・小次郎がいない。道三の小姓に尋ねると
「ああ、奴らは今日より道三公お付きの小姓になりました。」と言う。
…もしや…余語の野郎までもが…また道三のもとでも一緒という訳ではなかろうか。与三はだんだんとそのような気がし始め、暗い気分がさらにどんよりとし始めた。
先ほど余語がいた部屋との間の襖を見つめ、キョロキョロとあたりを見回す。「五郎、あやつが入って来れぬように、その襖の前に長櫃を積み上げよ。」と言うが早いか、襖が開いて、与三の部屋にのっそりと余語が入ってきた。
「森どの、そなたはどうも拙者に対して意地が悪い。先ほど襖を開け放ったのはそなただぞ。」
与三は押し黙った。しかし、余語はお構いなく部屋に腰をおろして居座る。
「今、拙者も道三殿に呼ばれて細やかな話をしてきた。」
ポンと与三の肩を叩いた。
「そなた、これでかえって良かったのではないか。隼人の傍で飼い犬になっているよりも、こちらにいたほうがよほど」
と、余語が言い終える前に与三の拳が鳴って余語の右頬をえぐっていた。眼に当たったのか余語はうつぶせて苦しんでいる。
武藤が「大丈夫にござりまするか。申し訳ございませぬ。」と、余語に寄って気遣う。

今になって隼人のいたたまれぬ思いが与三の胸にせまってくる。
「隼人殿は今、一体どうなさっているのだろうか…。儂がここにいると聞けば、きっと儂まで裏切ったと怒りに思うことだろう…。」







第十八話:「謀殺(三)」      第二十話:「父子(ふし)にあらねど」
 
 

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Date:2009/03/28
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