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小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第二十一話:「隼人慕わしや」

 雨がほとばしるように降る。
与三が髭を剃り、道三の元へ出かける支度をしているところへ、次郎がやってきた。
「次郎どの、手の傷はよいのか。」
 次郎は与三の問いかけを聴いているのかいないのか、そのままフンフンと小刻みに頷いて、与三の前に腰を下ろした。まるで小リスのように鼻をヒクヒクさせて与三を覗きこみ、口角をあげて嬉しそうである。やがてエヘヘ、と笑った。
「森どの、良い報せじゃ。去年、烏峰城の斎藤大納言殿が殺されたであろう。その烏峰城を道三公がそのまま隼人様にお譲りになられたのだ。」
それを聞いて、与三は息を呑み、背を後ろに反らして膝に拳を置いてうなった。
「あ、ああ、大納言殿…。それは久々利城の土岐悪五郎の館に招かれて殺害されたあの男か。」
次郎はコクリ、コクリと嬉しそうに頷く。
「そう。関城に加えて、烏峰城も隼人様のものになったのだ、道三公は隼人様の事をお怒りになってはいらっしゃらないと知って心の底から安心した…。隼人様も烏峰城を受け取られたのだ、お二人は仲直りできたということだよ。」
 斎藤道三は、東美濃の押さえとして養子の斎藤大納言正義を烏峰城に置いた。しかし彼は道三の意に反してふるまい続け、最終的には彼を憎む久々利城の土岐悪五郎に謀殺されてあっけなく断絶してしまった。その遺領と権益とをそのまま道三の弟の長井隼人が継承するというのだ。関城から東美濃まで。美濃国内において斎藤道三の弟・長井隼人は何という広大な領土を手に入れることになるのか。
「隼人殿のご器量ならば東美濃の土豪らを押さえて治めることも問題ではなかろうな。」
与三が思わずつぶやいた言葉に次郎はますます喜んだ。
「やはり道三公は、他の子よりも隼人様のことを可愛いと思っていらっしゃるに違いない。」
次郎は自らに何度も頷く。
「え…。」
急に外の雨の音が与三の耳からかき消え、静かな世界に入りこんだ___。
今の違和感は何であろう。次郎の言葉の何かが妙に心にひっかかった。
「隼人様は織田家との和睦もご了承なさった。森どの、ご安心して任務をまっとうなさってくだされ。」
言いたい事を言い終えて、次郎は飛ぶように部屋を去ってゆく。
「おい、次郎どの!小次郎の様子はどうなのだ!」
与三が後ろから叫ぶのも聞かず、次郎の姿はあっと言う間に無くなった。与三は武藤とともに顔を合わせて首をかしげて笑う。
「やんちゃですなぁ。」
与三は立ち上がって刀の大小を差した。
「それにしても、隼人が二城の主か…。」
 障子を開けると雨音が直接大きく耳に響いてくる。天から糸のように落ちてくる雨を見上げていると、与三の胸はうずく。
今、自分が長井隼人の傍に居ないことへの焦りなのか。
それとも、長井隼人が今さらに新たな城を手に入れた事に対する嫉妬なのか。
長井隼人も、元々は油売りの家の出。森家以上に何も持たざる者であったはずなのに、それが遠く与三を追い越して、どんどん巨大な存在として膨らんでゆく。

わかっている。与三は、隼人の事を好んでいるし、慕ってもいるし、案じてもいるし、嫉妬してもいるのだ。

「…隼人殿も、伝九郎殿も書状をよこしても何も申してこないでござるな。」
武藤が背後でつぶやく。
「…皆、広間に集まり始める頃だろう。遅れてはいかん。行こう。」
障子をピシャンと閉めた。

 道三の娘が織田信長の元に嫁ぐ準備が日に日に慌ただしくなってゆく。尾張と美濃の境である蓮台村出身の与三は、両国の些細な事情にも詳しいが故に、自然、斎藤家と織田家を橋渡しする役になってしまった。
 今日は婚姻に携わる人たちとの顔合わせをして、道三の娘を尾張に送り出す手筈を確認し合う。
与三は複雑な気持ちであった。戦場での再会を願った織田信長の婚儀を面倒見ることになろうとは、この世とは何と不思議なものだろう。しかし、与三は、今は、ただ長井隼人の事が気になって心が晴れない。彼からは、直接何の言葉も聞けていない。

「林新右衛門でござる。」
広間で一番に待っていたのは、林新右衛門という男であった。新右衛門のほうから、与三の隣に座って近づいてきた。
この林新右衛門は道三の娘・帰蝶の輿入れに随行して、そのまま家族そろって尾張の信長に仕える事になっている。そして彼の話によれば、この和睦をより堅固なものにするために、帰蝶と信長の婚姻と時を重ねて美濃と尾張間で他にも数組の縁談が取り交わされることになったという。
「それゆえ拙者の娘も、尾張で信長殿のご家来との縁談を用意していただくとのことで、いやはやこの和睦が末永く続いてもらわねば困りまするな。」
そう語る林新右衛門は、与三よりも少々年上に見える。誰の前にいても、いや、誰もいなくても長時間姿勢を全く崩さず、動く時も常に優雅で品の良い男だ。新右衛門があれこれと語りながら袖を動かすたびに与三の鼻先に、炊きこめた柔らかい香の匂いが漂ってくる。
「尾張に引っ越す用意もせねばならぬのですが、娘が尾張でどのような男と一緒にさせられるのか、親としてはそればかりが気になっておりまする。森殿でござったか、その件について何か伺っておりませぬか。」
与三にはどうでもよい話であったが、相槌を打ったり、首を振ったりした。それに調子づいて新右衛門は娘への心配を淡々と話し続けた。
「森どののように立派な方の元に嫁げればよいのですが。」
「はは。そこもとの娘ならばもっとよい家に嫁がせてもらえよう。」
与三は笑いでごまかした。
「よいお導きがあればよいのですが…。」
新右衛門は、そのまま何も言わずにじっと与三の顔を見つめる。何なんだ、このオヤジはと、与三は気持ち悪くなって、笑いを浮かべながら自然に視線をそらした。
 その部屋に余語が入ってきた。まだ、他に人はおらぬのだから離れて座ればよいものを、わざわざ与三の隣に座った。
 林新右衛門は、長身で体格のよく、風貌清々しき余語になかば見とれつつその姿を眺めた。余語のほうは与三以外には気にも留めず、与三の肩をつついた。
「そなた、知っておるか。隼人殿はこのたびご加増されて、烏峰城を貰ったそうじゃないか。」
「知っておる。」
「もう知っておるのか、さすがに早いの。では、隼人殿は烏峰城には誰を置くのだ。」
与三はもうずっと隼人からは何の連絡ももらえていない。隼人が今、与三をどう思っているのかすら分からない状態だ。激しく憎まれているかも知れない。それすら知らぬものを、隼人が烏峰城に誰を置くなぞ知る由もない。
「そなたには教えられぬ。」
この与三の返事に余語は舌打ちした。その二人の横で、林新右衛門がキラキラとした瞳で与三と余語の二人を見つめている。
「このたび、帰蝶様とともに尾張に行くことになった林新右衛門でござる。お見知り置きを。」
「あ…ああ、余語盛種でござる。よろしくお願い申し上げる。」
余語は両手のこぶしを床に置いて、与三を間に挟んだまま新右衛門と挨拶を交わした。林新右衛門の袖の中から数珠が降ってきて床にジャランと落ちてきた。
「あいすみませぬ。」
新右衛門は数珠を拾い上げてそれを懐に入れる。余語は冷淡にペコリとお辞儀して、そしてまた、与三に身体を向き直して言った。
「織田信秀は和睦の証しに美濃を威嚇してきた城を次々に壊し始めた。本当にこれは和睦のようだな。」 
「え。そうなのか。」
与三は思わずそう言ってみたが、自分の知らぬ話を余語からもたらされるのは癪に障る。与三は静かな面持ちで言い直した。
「誠の和睦であるからこそ、こうして互いの縁談も成立するのであろう。」
余語は、その言葉にあきれかえった顔をし、次にため息をついて、与三の肩を手の甲でドンと叩いてそのままそっぽを向いた。
 その、余語が顔をそむけた先に、数珠を握りしめた女が物音もさせずに暗い顔で立っていた。自分たちの他には誰もいなかったはずの広間にいきなり女が立ちつくしていたので、余語は驚いて身体をギクリとさせた。




第二十話:「父子(ふし)にあらねど」    第二十二話:「うつろひ菊」
 
 

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Date:2009/04/18
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