小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第二十七話:「同胞(はらから)」

 森与三は斎藤道三の娘・帰蝶を尾張に送り届け稲葉山城に戻っていた。
道三の小姓よりねぎらいの言葉を伝えられ、帷子も賜ったが、お返しに「今から隼人の元へ戻りたい。」と願い出ると小姓にちょっと嫌な顔をされた。
「お屋形(道三)様は、森どのに引き続き尾張との交渉に当たってほしいとお思いです。ここにそのまま留まる事に何かご不満がおありか。」小姓はそう聞き返してきた。
「不満など滅相もない。拙者とて大事な仕事に携わらせていただけて有り難かった。しかし、今、拙者のお仕えする隼人様は可児へ兵を出しておられるご様子。一刻も早く戦場に馳せ参じたいのでございます。稲葉山に居ては気が気ではござらぬ。」
道三の小姓は頷いた。
「お気持ちは判りました。」

その後、再び同じ小姓から道三の伝言を受けた。
「お屋形様からは、森どのが隼人様のお手伝いにおいでになってもよいとのお言葉です。しかし、烏峰城を落とせばすみやかにここ稲葉山に戻ってこられますように。やはり尾張との和睦交渉については、今後も蓮台村を通じて世話になると思います。道三様は殊のほか森どのを頼りになさって、特別にお屋敷を用意しております。」
与三は「え?」という顔をして、思わず眉間にしわを寄せた。自分は元の鞘に納まって隼人の元に戻りたいと思っているのに、これではまるでそもそも道三の元にいたものを一時的に隼人様の元へ加勢に行くような話…逆ではないか。
 小姓とて先日はそれを認識をしていた風だったのに、今になって言葉をすり替えてきた。更には
「これはお願いなのですが、西可児で何か動きがございましたら、ひとつ森どのから私へ状況をお伝えくださいませんか。この先も、きっと私がお屋形様との間に立って森どののお世話をすることになるでしょうから。」
と無邪気な表情で言う。
「それはよいが…拙者が稲葉山へ戻るか戻らぬかは、私がお仕えする隼人様にお決めいただくこと。」
「はい。それはもちろん隼人様にお断りの上で稲葉山にお戻りください。」
 小姓は何か心にひっかかる言い方をする。与三が稲葉山に戻らなくてはならない状況にうまく誘導しているようにも感じられたが、与三は自分がそこまで必要とされる理由もよく判らない。それにこの小姓の機嫌を損ねては口八丁手八丁なる小細工で道三へ何がどう伝えられるか分からないと心配して、曖昧に返事するだけであった。
 与三は、西村次郎と小次郎の二名を連れて隼人の所へ行ってしまえば、もう道三の為に稲葉山に戻るつもりはないし、途中、この小姓に状況報告するつもりもない。
隼人の元へ行ってしまえば、それで終わることだ。


 しかし、別の問題ができてしまった。
連れて帰るつもりの小次郎が「帰らぬ。」と言い始めて、兄の次郎を困らせたのだった。

 次郎はどうにか弟の決心を変えて一緒に隼人の元へ帰ろうと言葉を尽くすが、しかし、小次郎はこのまま稲葉山に留まると言う。
終いには次郎は小次郎の懐につかみかかった。
「なぜだ。隼人様の元に一番戻りたがっていたのはそなたなのだぞ。隼人様に顔向けできぬと腹まで切ろうとしたくせに今になって何故そのような事をいう。」
「道三様は私を信頼して今はおそば近くに置いてくださる。一旦隼人さまの元を離れ、こうして道三様のご恩をこうむった以上、今日は右、明日は左へとふらつくような事、私にはできませぬ。」
「小次郎、言うこときかぬか。」
「だから兄上だけおいでになればよいではないですか。」
「何を言うか!そなただけを稲葉山に置いていけるか!!」
小次郎に殴りかかろうとする次郎の肩を引いて与三は「よされぬか。」と言った。
「小次郎殿のお気持ちは固い。別に敵同士になる訳ではございません。我らだけで隼人様の元へ戻りましょう。」
「森どのは口出しなさるな。これは我ら兄弟の問題だ。」次郎は声を荒げた。一方、小次郎は飽き飽きしたかのように言い返す。
「だから、何を言われようが私は稲葉山を離れぬ。兄上は元通りに隼人様にお仕えくだされ。」
「お前はこの兄の気持ちを何もわかっておらぬな!」
「はいはい。判っておらぬということでよろしいから、離してくだされ。」
もはや次郎の目からは涙がポロポロと流れていた。与三とて小次郎の心変わりには首を傾けた。
「小次郎殿…道三様に何か弱みを握られておいでなのか。」
与三は小さな声で小次郎に尋ねた。
小次郎はそれをあざ笑うかのように笑って、立ち上がって部屋を出ようとしていた。
「待たぬか小次郎!」次郎は背後から小次郎の身体を抱きとめる。小次郎は「離せよ!しつこい!もう、うんざりだ!」とついに怒りを露わに叫んで嫌悪感を示したまま兄の腕を自分の身体から引きはがしにかかった。
「私はいつもそなたの事を第一に考えて生きてきたのに。よくも兄をそのように邪険に扱えるな!」
次郎も怒りのままに声を荒げた。
「そんなこと私は一言も頼んでない!それは兄上が勝手に自分の思い通りに私を振り回しただけだ。もう嫌なんだよ!」
 与三には兄弟もいないので、これが兄弟というものにつきものの取るに足らない些細な喧嘩なのか、本当に危うい状況なのか、その感覚が飲みこめない。
ただ、もうあまりに見苦しいと感じて、背後から次郎の腕を取って彼の動きを制した。次郎はまるで小動物のように歯をギリギリと鳴らして弟を威嚇する。
小次郎は、立ちあがったまま次郎の姿に一瞥を加えると、あとは、何も言わずに部屋を去った。最後にドンと大きな音を立てて戸板を閉めた。
 
 今度は次郎の怒りの矛先が与三に向かって、次郎は与三の胸元につかみかかった。与三は何とかなだめようとする。
「弟をそうお叱りになられるな。小次郎殿なりに何か悟ったことがあるのでしょう。」
「小次郎には私がおらぬとダメなのだ!森どのだって、訳の分からぬことばかりを言う武藤をしょっちゅう叱りつけて従わせておるではないか!。」
次郎は首を絞める勢いで与三の襟元にすがったまま、大粒の涙を流して取り乱し続ける。
「次郎殿…そのように不必要な事まで口にしてヒトを不愉快にさせるその癖は直されたほうがよい…。」
与三は次郎の意外な馬鹿力にどうにも息が苦しくなって、だからと言って自分の腕力で張り倒して構わぬ相手ではないので、そのまま仰向けに倒れこんだ。
次郎はしばらく与三の隣で膝を抱えて泣いていた。
「父上と母上が亡くなって隼人様お預けになってから、小次郎のことはずっと私が面倒見てきたのだ。私は自分のしたい事も我慢して、すべて弟に譲ってきた。それなのにあのような反抗的な態度をとるなんて…。」
「次郎どの。」
与三は起きあがりざま、次郎の膝に手を伸ばした。次郎の興奮は涙によっていささかおさまったようではあったが、小次郎の反逆を決して認めようとはしなかった。
「森どの。…いきなり、おかしいとは思わぬか。あいつのほうが私よりもずっと隼人様に執着していたのに。今更なぜ戻りたくないなどと言うのだ…。」
与三は少し考えてから返事した。
「小次郎どのは…道三様の元にいるのが楽しいと感じたのかも知れません…。」
与三は考えがまとまらずにそう言った。
美濃最大の権力者・斎藤道三の傍に控えておれば、日々さまざまな武将達が平伏する姿を毎日道三と同じ目線で見ることができ、道三とその周囲の一握りの部分の人間にしか知り得ぬ最重要機密も知ることができる。まだ分別のつけにくい少年の優越感をさまざまに満足させる場所に違いない。小次郎が道三に脅されている訳ではないとすれば、与三にはそれしか答えが浮かばない。
「次郎どの。明日、もう一度、拙者が小次郎どのに訪ねてみましょう。それでも駄目な時は、二人だけで戻りましょう。」
次郎は顔をゆがませて再び目から涙を流した。
「そもそも森どのが我らに関わらねば、こういう事にはならなかったのだ…。」
次郎の恨みがましい目に、与三は首を振ってため息をついた。
「それを申せば、隼人殿が織田家の使者をお討ちになりたいと言わねば拙者とてこういう事にはならなかったのです…。しかし、更に隼人殿からすれば、道三様が織田家の和睦を言いださねばこういう事にはならなかったとおっしゃるだろう。災いというものは誰にだって不慮に降りかかってくるもの。それを人のせいばかりにして受け入れられない奴は見苦しいことこの上ない。」
その言葉に、更に次郎は反抗するかのようにグズり始めた。
「…私は父母も私が小さい頃に亡くなってしまったせいで、養父であった隼人様の元でも、子供のころからガマンの繰り返しで、今まで何もかも思い通りにならぬことばかりだ。」
与三は今度は首をかしげた。
「拙者が今、面と向かって次郎殿に”言い訳してはならぬ”と教えて差し上げている最中ではないですか。私の言葉は耳に入っておらぬのでござるか。」
「森どのは偉そうなことを言っておるが、隼人殿に浪人分のままでコキ使われて、心中ではずいぶんと不服に思っておるのではないのか。」
与三はその言葉に一瞬で怒りが沸点に達した。
「だからそれが不必要な事だと申しておるのだ、このガキが!自分の思い通りに生きていけるヤツなどこの世に一人もおらぬわ!」 
 与三は次郎の襟首を掴んで、そのまま次郎を思いっきり板戸に投げ飛ばした。次郎はかつて切腹しようとする弟の刃を素手で握ったせいで、傷はなおっても右手の自由があまり利かなくなっている。それで自分の身をかばうこともできずに、ぶつかった戸板ごと縁を越えて表の砂利石の上にたたき落とされた。次郎はそのまま身体をうち震わせながら悔し涙を流して伏せたままになっていた。
 与三は言葉を追加して投げかけた。「次から次へとクソ面白くもない言葉ばかり返されて誰がそなたと一緒にいたいと思うか!」
大きな物音に、人々が何事かと言って部屋にやってくる。余語の家来も顔を見せたが、与三は全員を追い払った。部屋に取り置きの酒を出してきて、戸板の上に乗った次郎を酒の肴に呑み始めた。
そしてふと亡くなった伝九郎の事が頭をよぎった。次郎のような少年といれば、どうしても伝九郎のことを思い出さずにはおれない。
「隼人の元へ戻れば、伝九郎の最期も知ることができるだろう。」
与三が酒を飲み始めて半刻。急に次郎が戸板の上からムクリと起きあがった。
与三は縁側から声をかけて酒筒ごと酒を次郎に渡した。次郎は目を赤く腫らしたまま、何も何も言わずに酒を受け取り、表に裸足で立ったまま、ひたすらに細い咽をゴクゴクと鳴らして酒を飲み干した。



第二十六話:「借景烏峰城」    第二十八話:「隼人佐」
 
 

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Date:2009/07/05
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