小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第二十八話:「隼人佐」


 長井隼人は烏峰山を睨む陣屋にあって静かに座禅を組んでいたが、その表情や苦悩の末かずいぶんと疲れた表情をしていた。
 その膝の上には開いた書状を置いたままにしている。またしても稲葉山城の道三の傍にいる西村小次郎から届いた書状である。
「森与三は斎藤道三公のご命令を受け、隼人様の動向を内々に報告するよう仰せつかった上で隼人様の元へ馳せ参じる様子。森与三にご油断なさいませぬよう。」

 隼人が坐禅を組むうちに森与三と西村次郎が彼の陣所に馳せ参じてきたと報告があった。
隼人は少々気力を取り戻して「会おう。」と言った。が、「次郎はよい。与三のみここへ呼べ。」と付け足した。開いておいた書状を無造作に畳んで懐にしまった。
 森与三は許しを得て隼人の前に出た。隼人とは実に久しぶりの再会となるが、何から切り出したものか判らない。前回、隼人と別れる時、隼人は織田家との和睦に反対して完全に頭に血が上った状態であった。与三には織田家の使者を殺せと言い、自らは斎藤道三に反発して稲葉山を出て、自分の城へと向かって行ったのだった。そして、隼人は土岐三河守の謀反に接して、今、道三の命で東美濃の平定を仰せつかって兵を出している。
 与三は道三と隼人の微妙な関係を感じ始めてとまどいながらも、しかし自分の居場所はやはり隼人の元だと思っていた。

 隼人は、今はずいぶんと落ち着いた様子で目を細めるようにして静かに口を開いた。
「帰蝶を尾張の織田家へ送り届けたか。」
与三は隼人が織田信秀をいかに憎んでいるか知っている。そして帰蝶の夫となる織田信長が「どうしようもないうつけ者」という評判も当然耳にしている。
「帰蝶は不幸になるな。」
隼人は右手で口元をいじり、肉親さながらの重くて沈痛な面持ちを示した。
「与三、お屋形(道三)様は、何か特別そなたに申しておったか…。」
「いえ、私はただ、確実に尾張へ送り届けるように申し送りされただけでございます。」
 与三のせいではないが成り行きから帰蝶を和睦の印として尾張へ送り届けた。それは隼人の意に反することである。だから返す言葉も見つからずに、尋ねられた以外は黙っていた。
隼人は「仕方がない。それも帰蝶の持って生まれた運命だろう。」とつぶやく。


  「与三。今日はそなたも共に飯を食え。色々としたい話もある。」
隼人は与三の帰還を黙って許しているようであったので与三は心底ホッとした。あるいは織田家の使者を討とうとしたのは、隼人自身でやりすぎたったと思っているのかも知れない。
 与三は、次郎の弟の小次郎だけは自身の意志で稲葉山に留まったことを説明した。
隼人はその事は先刻承知のようで「別によい。」と言った。
「そのうち、小次郎も余語盛種も私の手元に取り戻すから…。」とつけ加えた。
余語盛種…せっかく再会した隼人の口から憎らしい余語の名が出てきたので、与三は火がついたようにカッとなった。
「余語殿はもう隼人様の元へ戻る気がありませぬが。」
与三は余語本人から聞いた通りの意志を教えたが、隼人は首を振った。しかしそれが何に対するどのような否定かわからなかった。

「与三。私を手伝う気があるか。」
「それは、その為に戻って参ったのですからお手伝い申し上げます。使いより戻った武藤より聞いた話では、隼人様は合戦によらずこの一件を収めようと望んでおいでとか。」
「そうだ。あんな小者と合戦するなど馬鹿らしい事だ。だからと言って、この兵を見せつけても土岐三河守は降参してこぬし、この周辺の者たちは誰も私に挨拶して来ぬ。」
「しかし斎藤正義殿を討ち取った輩だけは許しては示しがつきませぬ。」
与三の言葉に、隼人が「それはそなたの決めることではない」と、手にしていた扇子を怒りでパンと自分の膝に打ち付けると、与三は背筋を伸ばして畏まる。隼人は座ったまま、腕を真っ直ぐに伸ばして開け放たれた板戸の向こうに見える山を指さした。
「あれが土岐三河めが籠っておる烏峰山なるぞ。」
与三は隼人の元に駆けつける道中、すでにこの山の姿を見た。
「拙者が稲葉山で聞いた話では、東美濃周辺の土岐氏すべてが隼人様を狙って蜂起したという事でしたが、実際に陣を構えているのは烏峰城の土岐三河守のみでございますね。しかし三河守はこの軍勢を目の前にして、何の申し開きもせずに籠ったままとは。斎藤正義殿を討てば斎藤軍が報復に出る事は判っておったでしょうに。準備があれだけとは不可解なことです。」
隼人はその言葉に対して、何かを悟ったように静かに言った。
「こうなるとは判っていなかったのだろう。相手もそうするより仕方なく私の軍勢を見て立て籠っておるのだ。だとすればつじつまが合う。」
「え…。」
隼人はため息をついた。
「嘘か真かは知らぬが、この辺の土地の者たちは村人に至るまで皆で噂しておる。”斎藤道三が正義という餌を投げて、これに食いついた土岐三河守を長井隼人が釣りに来た”と……。”最後にその魚を食うのは一体誰なのか”と。」
与三はそれを聞いて思わず言葉に詰まったが、「道三様が…」と応え始めた。
「道三様が…自らご養子になさった斎藤正義をわざと土岐三河守にお討たせになるよう仕向けられた事情が裏にあったということですか…。しかし、土岐三河守は…何も申し開きしてこないのでしたら、その噂は嘘ではないのでしょうか。」
長井隼人は表情も変えずに立ち上がって縁側へ寄って行った。与三もつられて立ち上がった。隼人は不意に与三のほうを向いて肩を叩く。
「私は戦をするともなく、ずっとこの場所で考え事をしておったのよ。ここへ来て悟るところがあった。」
「隼人様…それは何でございましょう。」
隼人はようやく口角をあげて自嘲するように笑った。
「とにかくだ。烏峰山に戦をしかけるのではなく、この近辺の土岐一族すべてを説得して人質をかき集めるようにしたい。三河守が一族に説得されて山を降りてゆくように仕向けたいのだ。」
与三は隼人の顔を見た。
「今からすぐに烏峰山を落とすほうが早いと存じますが…。」
与三の言葉は耳を通らず、隼人は何か開き直ったような清々しさを見せていた。

 一方、隼人に面会を許してもらえなかった次郎は悲嘆に暮れていた。
「今は隼人様はお忙しいゆえ、今日はそなたとお会いできなかっただけだ。怒ってはおられぬし、小次郎も手元に連れ戻すとおしゃっていたぞ。」と与三は次郎を励まし、身の置き所のない次郎を預かって、次郎とはできる限り、寝食をともに過ごした。

 与三は次郎の心配よりも、まずは伝九郎の死の真相について知りたいのが本当であった。しかし隼人はまったくその話を与三に切り出してはくれない。今の隼人にはいくぶん余裕があったように見えたが、目の前にいる土岐家の連中の扱いに困って、心中それどころでは無いのかも知れない…。


第二十六話:「同胞」    第二十九話:「不分明」
 
 

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Date:2009/07/19
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