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小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第二十九話:「不分明」

 長井隼人の陣中の一角。
西村次郎が隼人の顔見たさに木蔭でしゃがみこんで待ち伏せていると、案の定、夜明け前の涼しさに隼人が側近たちを連れて外へ出てきた。そして次郎のいる木の前を通りかかって日の出を待っていた。次郎は隼人の元へ飛び出して行きたかったが、とても次郎のような立場ではそれができる状況ではない。
次郎はそっと木蔭から隼人を見つめた。

 隼人はすぐに木蔭から感じる気配が次郎のものと気づく。隼人がゆったりと後ろを振り返ってみれば、木蔭に隠れるようにたたずむ次郎と視線が交わる。その次の瞬間には、次郎の目から滝のように涙があふれた。「外は雨か___。」
隼人は笑うともなしにその一言を吐くと、側近たちは雲ひとつない夜明けの空を見上げながら、意味が判らずに首をかしげる。隼人はご来光に立ち会ってそれを拝み終えると、そのまま歩いて立ち去った。

 一方、森与三は夜明け前よりずっと目覚めてはいたが、自分の寝床の上で困惑していた。東美濃周辺の城持ちの国人らとかけ合いに出かけるために馬を用意させ、やがて自らは表に出て顔を洗い、塩を口に含んで歯を磨きつつも困惑していた。
自分が隼人の使いに出て、あの気位の高い土岐氏の連中が納得するのであろうか。しかも、相手に服従を迫り人質を差し出せというのだ。
与三が得意とする合戦の場であれば、相手をやりこめ、追いつめそして倒す、敵がいかに自分を恨もうが死んでくれればそれで終わり。それでよいのだ。交渉の場にように「相手を怒らせぬように」とか、「後々のことまでを考えて禍根の残らぬように」など、そういう言葉や態度での水際の戦いの事を考えると何とも面倒臭い。
「隼人は面倒臭い事をせずに、三河守を討てばよいのだ…。それで周囲の国人らが腹を立てて隼人を討とうとしても、これだけの兵数と準備があれば退治できるのに…。そして降伏してくるものを人質を条件に受け入れるほうが簡単だ。」と心の中では感じていた。

 何より、道三が討てと命じた三河守を隼人が討とうとしないのは何故だ…。
『実は道三が土岐三河守に命じて斎藤正義を討たせた』という噂は誠と信じて、ただ道三との約束を果たしたにすぎない三河守を謀反人として討つのに気が引けて迷っているのか。これまで、斎藤家と長井家乗っ取りの背信行為もためらわなかった隼人がどういうことなのだ。ここで、時間ばかりを無為に過ごしているとは…なんとも不可解である。

 与三は夜明けを見計らい、隼人に出立の挨拶をしに行く。
隼人と打ち合せがてら、一緒に朝餉を食べた。その時に知った話ではあるが、隼人は副使とともに与三にひと軍団を貸して供をさせるという。
「与三、あくまでも目的は相手を味方に引き込むことだ。頭に来て相手を討ってはならぬぞ。」
半ば冗談めかして笑いながら隼人がいう。
与三も、心の中では色々な考え事がめぐりながらも、隼人に笑い返した。
「しかし…なぜ、土岐三河守をお討ちにならないのですか。他の土岐一族が集まったとしても必ず勝てるでしょうに。」
 与三は思い切って胸にひっかかるこの疑問を尋ねてみた。隼人は白湯を飲みながら、わからぬのか、という感じで言った。
「力の加減とは難しいものだ…。美濃もあまり東につきつめれば信濃の入口を脅かして思ってもいない別の敵を新たに作り出すことになる。今はそれはしないほうがよい。…きっちり白黒つけず、どちらかわからぬままにしておいたほうがよいという事もある。」
隼人は白湯を飲みほして、湯呑をゴトリと膳の上に置いた。そしてその湯呑と膳を見つめながら、噴き出すように笑った。
「私は、やはり尾張が気になるのだ。織田信秀とは、このままで終わるはずがない。だから、今は稲葉山から離れたこの場所に余計な敵を作り出したくはない。」
「え…隼人殿は、美濃と尾張の和睦が壊れるとお思いなのですか。」
「そなたはいずれ壊れる時が来ないとでも思っておるのか。ならば読みが浅いぞ。」
「しかし、この先、道三様の姫君と織田信長の間にお子ができれば、事情も今より変わってまいりましょう。」
「果たして織田信秀がお屋形様と共通の孫を望むかどうか見ものだな。信秀はきっと信長に命じて帰蝶との間には子を作らせぬようにいたすと思うが。」
「…。」
隼人の話を聞きながら、与三は何か言い知れぬ不安に襲われつつあった…。斎藤家の言う「和睦」というものはこれほどに儚く脆いものなのか…。
「実子の結婚を伴った和睦」のことを、隼人は軽く「人質交換の上の休戦状態」としてしか見ていない。
いずれ壊すつもりの和睦なら最初からしたくなかった…それが、和睦を反対した隼人の誠意なのかも知れない。
 そして今、隼人は、このまま東美濃にかかりきりにされて稲葉山中央の事情から遠ざけられるのを恐れているのだ。いや、実際に既に道三は、隼人を遠ざけるためにこうして東美濃に行かせているのだ。そのうえ、噂どおりに道三が自分の養子の斎藤大納言正義を片付けるために土岐三河守を利用したのであれば、ただ道三に従った土岐三河守を謀反人に仕立て、その事情を知らせぬまま隼人に討たせようとするとは、道三とは肉親の長井隼人にとっても何とややこしくて油断のならぬ男なのだろう。
『なんだか、道三と隼人の関係が危ういな…。』
与三は食事を終えて箸を置いた。
「隼人殿。拙者の行く先は、やはり烏峰山がよろしいかと。何よりも土岐三河守に話をしたほうが早いと存じます。あなた様が早く稲葉山に戻られたいのであればの話ですが。」
それを聞いて隼人はムッとした表情になった。そして無意識に膝の上に置いた手首をポキポキと鳴らし始めた。与三はためらわずに身を乗り出して一気に話した。
「隼人殿は、ただ、三河守の本拠地・久々利城への退路を開いておいてくだされば、私が説得して烏峰山から奴を押し出します。また、この近辺より人質を取るのではなく、東美濃の情勢に詳しい家臣を募るといってこの土地の者を関城に連れて帰ればそれで自然と人質の用をなすかと。彼らがおごり高ぶった者であるならば自分たちが膝を屈したと思わせずに、斎藤家との同盟でもあるかのように良い気分にしておけばよいこと。それで彼らの面目は保てましょう。隼人殿がその気になればこれだけの大軍を動かせるとは心中ではわかっておれば、そこをわざわざ反抗してはきません。」
そこまで言ってフゥ、と深く息をついて、与三はまた居住まいを正した。隼人が与三の顔を睨みすえる。
「与三。一番大事なのは私の面目だ。」
「もちろん、それを一番に考えておりますとも。土岐三河守が降伏したとも、我々と同盟したとも…きっちりと白黒つけず、どちらかわからぬままにすれば誰一人とて面目を潰さずにすむでしょう。拙者にお任せください。」
そろそろ出立すべき時間だ、と与三は隼人に挨拶してその場を立った。
「与三。」
背後から隼人が寂しい声でポツリとつぶやいた。
「あの噂…お屋形様の命で三河守が正義を討ったのかどうか…三河守本人に聞いてみるのもよいかも知れぬな…。」
与三は「道三様に直接お確かめにならないのですか。」とやんわりと隼人に聞きかえしたが、隼人はうつ向き加減で黙って首を横に振った。



第二十八話:「隼人佐」    第三十話:「かりそめの城主」
 
 

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Date:2009/07/30
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