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小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第三十話:「かりそめの城主」

 「森殿。」
隼人が預けてくれた兵の中から、思い出したように副使の一人が出てきた。
「可児に着陣の折、まっさきに隼人様がご重臣らを方々遣いをやられたが、まともな話にならずに追い返されました。既に相手は合戦の準備をしてのだ。お若い貴方が普通に口説くのは難しい。念のために合戦の心構えをいたしておきましょう。」
「は?」
 追い返されていたのか。それでも隼人は攻撃の兵を向けなかったのか。与三はそれを知らされておらず驚いた。
「まともな話にならなかった…のか。」しかし与三は顔をあげた。「拙者はまともな話をしに行くのだ、安心めされ。」
与三が自信たっぷりに言い、しかし穏やかに笑うと、副使もとまどいがちに馬の歩みを止めてペコリとした。
「あ、いや。稲葉山のお屋形様もご信頼する森殿に対してこれは失礼でございましたな。姫君を尾張に送り届ける為に稲葉山に呼ばれたとか聴いておりましたが、花嫁行列はいかがでございましたか…。」
 そうこう話をしている内に、土岐三河守の本拠地を叩くべく包囲していた隼人の兵が久々利よりどっと引き返してきた。それは烏峰山の城に籠る三河守に大きく退却路を開けることであった。与三はニッと笑う。
「さぁ、これで三河守を押し出せば必ず出る。」

 家来の武藤が心配して与三の傍に走り寄って来た。小声で与三につぶやく。
「気軽に言われるが本当に大丈夫なのですか…。土岐三河守がどういう奴かもわからぬのに。」
「大丈夫かどうかは天神地祇にしか判らん。しかし自分を試す機会がめぐって来たのだ。合戦ではない別のもので。静かに成りゆきを見守っておれ。」
 道案内に土地の者を雇っていたが、その男が「この先から、ずっと三河守殿の兵士がたまっておりまする。」と曲がり道の先を示した。
与三は、気を引き締め直した。

 長井隼人は可児の陣所より烏峰城を見張りながらも、遠く尾張の織田信秀という別の獲物を狙っている。

 与三の頭に、たった一度だけ遠くから目にしたあの若き織田信長の姿が浮かぶ。
細くてしなやかで美しいあの織田信長の姿が____。
これは予感だ。自分が運命の節目に立った時にこそ、はっきりと感じとれる予感だ。きっと自分の運命も、あの織田家に向いている。あの織田信長と再び逢う日がやってくる。
だから自分は今日、こんな些細な事の為に死ぬことはない。土岐三河守のことなど、きっとこれから歩む輝かしい人生の些細な壁に過ぎないのだ。


 長井隼人の陣中。
 朝も昼もなく、西村次郎はまた木蔭で涙を流していた。
隼人に許しを乞うすべも判らず、今、自分が何の仕事を果たせばよいのかもわからず、誰からも相手にされず、いや、むしろ誰からも無視をされ続けて、ただ、涙を流していた。
木曽川の水は流れ、時は経ち、夕刻に入って長井隼人が一人、夕涼みに陣屋から外にでて、朝と同じ場所に次郎がいるのを見て呆れた果てた顔をした。
「まだ雨は降り止まぬのか。」
隼人は石にどっかりと腰をおろして、怒るともなく笑うともなく、真面目な表情で次郎を手まねきした。次郎はそっと木蔭から姿を現した。
次郎はそれが自分を許すための手まねきであってほしいと願いながらも、罰を与えられるのかも知れないと思ってギクリとした。
隼人は懐から紙を取り出して次郎に差し出し「みっともないから、これで鼻を拭け。」と言った。
許される雰囲気である。次郎は思わず隼人の傍に寄って行き、彼の足元に二つ折に腰をおろして平伏した。
「あの時は与三にたまたま連れて行かれて、そなたらも運が悪かったの。ははは。」
次郎は、鼻紙にと渡されたその反故紙の墨書きが見覚えのある字であったので凍りついた。書状を切れ切れにしたものではあるが、弟・小次郎の字だ。
何なのだ、この書状は__。
くしゃくしゃになっていた反故紙を開く。
次郎は全身を一気に震わせ、隼人の目の前であっても気にも留めずに紙片を広げ、涙も忘れ、目を血走らせて文字を読んだ。
『道三公は本日、家老のうち』
読み終えぬうちに隼人が、手紙の切れ端を手にする次郎の手ごとつかみあげた。そしてそのまま次郎を自分の顔へ引き寄せた。隼人は恐ろしい形相で眉間にしわを寄せて次郎を睨みつけている。
「そなたの弟は何を勘違いしたのか親切心で色々と私に道三の様子を伝えてくれているが、危うい事だ…。止めろと言っても聞く耳を持たぬ。一刻も早く止めねばならぬ。」
 何も知らなかった次郎は驚いて困惑し、とりあえず何か言葉を吐こうとし、しかし何も浮かばずに息が荒くなる。
「判っておる。馬鹿め…。お前はそのままでいてくれてばよいのだ。私の傍に居てくれるだけでよいのだ…。もう何もあれこれと考えるな。」
隼人は次郎にだけ判るくらいに小刻みに首を振った。少し口角があがりながらも、眉間には激しくしわが寄る。
「隼人様…。」
次郎はおののきながらも、か細い声を出した。隼人は次郎の両眼を覗きこむ。
「次郎よ、そなたは自分が正しいと思う事をしたのだ。それを咎めるつもりはない。今考えれば、織田家の使者を討つなどとは私も少々無謀であった。」
次郎は、道三に隼人の陰謀を告げに走ったわが身を思い出してギクリとした。そのまま隼人の腕が次郎に伸びてくると、次郎は怖くなってますます息が荒くなった。
「次郎、なぜお屋形様がそなたを私の手元に戻したか分かるか。私が怒りにまかせてそなたを切るかどうか知りたいのだ。もし切れば…。」
隼人の指先が、次郎の咽元をシュッと横になぞった。次郎の身体がビクリと跳ね上がる。
次郎はどうにも身体が硬直し「お切りになりますか。」と、ガクガクと震えた声で言った。
「切れぬな。何年もの間一緒に過ごしておれば、どうしても情というものが湧いてくる。ましてや、自分が姓や名を与えた子であれば骨肉のように思われる。たとえ…本当は血がつながらぬ仲でもな。」
 彼らの会話はまったく耳に届かぬ場所に立つ見張り台の者たちも、隼人と次郎の様子が変なのでチラチラと彼らのほうを何事かと気にして見ているのであった。
隼人は、次郎の肩をポンと叩いた。
その時、彼らが背を向ける烏峰山の風景から、山頂に翻っていた土岐三河守の軍旗が外され、城兵の群れが大きく動き出し、次第に山を降りていった。
敵軍は退路に沿ってどんどんと姿を消して行く。

 ずっと緊張状態であった両者の関係がいきなり大きく変化を見せて、長井隼人の陣所が右も左もざわめき始める。
隼人と次郎は見張り台まで寄って行き、烏峰山の城から土岐三河守が兵を引いて行くのを見て驚愕した。彼らだけではない。皆、仰天した様子でまばたきも忘れて烏峰山を見た。
「どういうことだ。与三が上手く三河守を懐柔したにしても撤退が早すぎる…。一体何があったのだ。」
「しかし、隼人様。あれは森どのでは…。」
豆粒ほどの影が先頭切って城へ登ってゆく。隼人の陣所から皆が一斉に一つのその影を「あれは森与三だ。」「森どのだ。」と言って指をさす。
悠然と沈みゆく夕日を背に受け、烏峰山の砦に登る味方の影が鮮やかに映し出されていた。
「与三…。」
 隼人が貸し与えた軍団が、まるで元々より与三が率いるもののように見え、隼人の見つめる遠目にも、ゆったりと馬を歩ませて砦に入る与三の姿がまるで千騎万騎の軍を預かる城持ちの大将のように映えていた。

第二十九話:「不分明」    第三十一話:「鴆毒(一)」
 
 

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Date:2009/08/01
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