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小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第三十七話:「別れ路(一)」


 人の別れが突然である事もあれば、出会いが突然である事もある。
どんなに自分の運命を変えたいとあがいても動かせなかったのに、不意に扉が無条件に開け放たれてこれは夢かと驚かされる幸いに出会える事もある。
だから人はいつも心の準備をしておかなくてはならないのだ。自分が最も望んでいたものに巡り逢えた時に、すぐにそれだと分かるように。

森与三が織田信長に出会う為には、長井隼人との別れが必要だった。
そして織田信長が森与三に出会う為には、父・信秀との別れが必要だった。

 尾張の統一も果たさぬまま織田信秀が突如病に倒れたのは、まだ織田一族の中ですら公然と敵対する最中であった。更には美濃の斎藤道三と駿河の今川義元という呑狼を隣人に持つことを許したまま、まだ年若き我が子・信長を敵だらけの恐るべき境遇に置いたまま、口もきけぬ状態になったのである。信秀が倒れた事は内密にされていたが、織田弾正家がいかに隠蔽を図ってももはやそれは公然の秘密であった。あれだけ意欲的に周辺の国と戦いに明け暮れた男が馬上から忽然と姿を消せば、嗅覚の鋭い敵どもが分からぬはずがない。

 今は斎藤家にもその報は入ってきた。森与三が美濃にもたらしたこの情報も、一日経った時点で確実な話として那古野の美濃衆から飛びこんできた。信長の那古野城には斎藤道三の娘・帰蝶もいれば、彼女に従っていった斎藤家の者も多くいる。もはや織田家の状況は手に取るように判った。
あの信秀は、酒を煽っていた最中に突然倒れこみ、病状は寝た切りでもはや意識もないのではないかという話で、僧侶や神官の加持祈祷に託すのみである。何よりもその織田家の不幸に長井隼人は大喜びである。尤も恐れて憎んでいた獰猛な尾張の虎が、今は猫よりも弱くなってしまったのである。面白くないはずがない。

 隼人は与三らを連れて稲葉山城にあがった。斎藤道三の面前で尾張に対してのこれからの対処の相談が行われた。
与三はその面子に驚いた。いや評定の場にはいつも通りに斎藤道三も家老衆もいたが、それは昨日、長井隼人の屋敷にいた者たちであり、更にはいつも父親から逃げるようにしていた義龍殿がきっちりと評定に参加している。そして、この評定の場の主導権を握っているのは完全に長井隼人であった。いつも人の意見を入れずに強引とも思えるほどに自分だけの裁量で物事を進めていた斎藤道三は、今日はまるで借りてきた猫のように黙って話を聞く方に務めた。ものの数日でこのように立場がひっくり返ってしまうものなのだろうかと、与三は不思議でならない。

そして隼人は意気揚々と話を進めた。
「信秀殿はもはや危篤な状態であられる。しかし嫡男・信長はまだ十五、六。信秀殿ですらどうすることもできなかった織田家家中の不満も抑えきれなくなるのは必定。さらには家督をめぐって織田家家中が混乱をきたすのは目に見えておる。そうなると若い信長に勝ち目はない。ましてや国外においては信秀殿と今川家との敵対状態もそのままだ。ここは信長殿と帰蝶殿の夫婦に我々が加勢してやらねばならぬ。信長は大事な婿殿だ…のう、お屋形様。」
 既に、長井隼人は道三にも織田家にも断りを入れずに尾張に送りこむ兵を取りそろえてしまっている。隼人は自分の用意周到さにもう笑いが止まらぬという感じで、あとは道三が黙って首を縦にふるのを確かめんと横目で道三を見た。
道三も「うむ。」と一言だけ頷く。それを見て隼人はさらに満足気に笑った。
「義龍殿もそれでよろしいか。」
隼人は義龍を見た。義龍も即座に頷く。

隼人は誇らしげに「では、信長を助けるため、補佐として力量のある者を選んで織田家に送りこむ。」と言ってのけた。すると、評定に加わっていた二、三人の者が、自ら名乗りをあげたり、もしくは思い当たる候補の名をあげた。
しかし隼人が首を振る。隼人の中ではもう尾張に入れる者達が誰なのか決まっているのだ。隼人は自分に都合の良い者たちの名を並べてさらに話を続けた。
「織田信長はまだ若うござる。老獪の者ばかりが那古野城へ押しかけたところで信長は警戒して打ち解けぬでしょう。ここに居る森与三や余語どのなどを人数に含めるべきと思うがいかがかな。」
名前をあげられた余語はその評定の場には居なかった。しかし、与三や余語を煩わしく思っていた家老達は隼人に口裏を合わせた通りに賛同すると同時に、小憎たらしい若造二人が一度に美濃からいなくなる痛快さも手伝ったのかそのまま一気に賛成した。
 与三は慌てた。自分が尾張に行くのは事前に知らされていたが、隼人が余語までもを頭数に入れているなどとは思ってもみなかったのだ。あいつと一緒に尾張に入るのだけはごめんだ。死んでも嫌だ。
しかし、その事には道三までもが了解した。そしてその後に与三に向かって言葉を足した。
「与三。そなたなら信長も信頼してくれようし、儂もそなたを大いに信頼しておる。」
「え…。」
自分に対してだけ道三のお言葉があったことに与三もきょとんとしたし、それには隼人がやや不快そうに眉根を寄せた。家老達も義龍も与三を見つめている。一呼吸置いて隼人が頷いた。
「そう、与三ならば、上手くやるでしょう。」
さらに道三が「では、その間、武藤らは儂が預かろう。」と抜き打ちに言ったので、与三は再び驚いた。いや、武藤は不要のようであって必要だ。改めて道三に向きなおって頭を垂れた。
「いや、武藤を預かる…とんでもございません。あれは蓮台村からずっと連れ添ってきた者です。離れることなどできませぬ。」
「案ずるな。武藤のことは大事にいたす。尾張にいる間は隼人から別の者を宛てがってもらえ。のう、隼人。」
隼人は与三や武藤は自分が飯を食わせている認識があってか、ムッとして気持ちのいい顔をしなかった。しかし最終的には妥協して頷いた。
味方ばかりというのに、この評定の場には何とも重苦しく嫌な空気が漂っている。

こうして稲葉山城内は不協和音を奏でたまま、織田家を乗っ取ろうと動き始めたのである。




第三十六話:「予兆(三)」    第三十八話:「別れ路(二)
 
 

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Date:2009/12/26
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