小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 
 

Information

Date:--/--/--

第四十三話:「三間半(二)」

 
 信長は余語盛種を連れてまた出かけてしまった。
余語のことをよほど気に入っているのだろう。
 そして信長という夫が留守の時は、決まって妻の帰蝶は城内の美濃衆と寄りあって談合を始める。いや、留守の時とは限らず、信長が彼女の元へ渡ってこぬ限りは美濃衆を多く出入りさせた。そのまま誰かが美濃に使者として走ることもある。その堂々たること、度を越して目立つこと、妻の行動が信長の耳に届かないはずはない。
 それは実に危ういことだ。信長の守役であり弾正家宿老である平手と、帰蝶や美濃衆との間にはすでに深い溝ができていた。いや、それぞれの事情に従えば、同じ居場所にあっても、心より親密な関係など築けるはずもなかった。今は、ぶつかりあわぬだけマシなのかも知れない。そして、それは平手の我慢によるものが大きい。しかし、それもいつかは破られる日がこよう。

 夫君・信長はそういった城内の諸々の一切に対し、『我関せず』と、いう感じで目をつぶっている、あるいは素知らぬ顔をしている、と言った方がよいかも知れない。
ただ、信長は妻に無関心ではなかった。信長なりのたっぷりの愛情と気遣いを帰蝶に示していた。
帰蝶が、”自分は夫君をうまく手のひらの上で操っている”と、信じこめるほどに。

 その自信も手伝って、帰蝶は織田家の城内においておおっぴらに企てることを止めなかった。
そして帰蝶が目にし、耳に入れた織田家の内情は逐一、本国美濃の斎藤家にもたらされた。出る情報、入る情報には何が有益であるのか、彼女なりの判断で加工され、取捨選択された。それが帰蝶の使命であり、織田家に入りこんだ彼女の存在意義と誇りのすべてでもあったのだろう。

 彼女は先日の信長と与三の会話の些細な内容にすら報告を迫った。
与三は、帰蝶が気にして追求してきそうな部分は削って言上した。信長が三間半の鑓を大量に作ろうとしている主旨が伝わればそれでよい。与三の隣には林新右衛門が座っている。帰蝶は与三の話を注意深く聴いた。そして一言、感心したような口調で言った。
「まぁ…あの人が三間半の鑓を作っておるとなぁ。」
そのことは、帰蝶は知らなかったようだ。こんな情報も美濃に届くのか。
「さようで。ですが御屋形(道三)様の三間の鑓については手前は存じませぬ。」
与三の言葉に、帰蝶は新右衛門と目を合わせて首をかしげた。
「あの人が父(道三)の三間の鑓の事を知っておるとは。よう知っておるな。ふ、子供の自分に戦にでも出たのか。」
『道三の三間の鑓』のことを知らぬという与三に新右衛門が説明を施した。
「森殿。その長鑓のことなら、突いて引くのでも、叩き落として使うのでもない。歩兵が横に並んで長柄鑓を上から叩き下ろし、下からはね上げたりを繰り返して風を起こしつつ敵のほうに歩いて向かうのよ。列が長くなればなるほど横にも逃げ道が無くなるのはもとより、それを見ただけで怖いものではござったな。その中に突き進んでくる者などいようはずもなかった。しかし、鑓の数がそろった上で兵の統率がとれねば意味もなく、御屋形様の戦の方法も変わってきたゆえ、次第にお目にかからなくなったのう。」

 信長は、道三の三間の長柄鑓よりも更に半間長くして、今から更に数を増やそうとは…。
与三は帰蝶の御前ということも忘れ、その場で信長の考えを読まんと一人物思いにふけっていると、ふと帰蝶の視線を感じた。

眉間に皺を寄せて、疑わしい目でこちらを凝視している。

『やはり何か…最初から感じておるが、普通の感情の視線ではない。この女は儂を嫌っておるのか。』

与三は何食わぬ顔で「拙者の顔に何かついておりますか。」と帰蝶に聴いてみた。次の瞬間、帰蝶にはまったく違う方向の切り返しをされた。
「なぜ信長殿は、余語どのを連れ歩くのじゃ。昨日は、余語どのに屋敷を与えるなどと言い始めた。できれば正式に織田家の家臣として迎え入れたいとまで言い出す始末で、私のほうからも父上にお断りを入れよ、とまで。今まで私の言うがままだった信長なのに。」

場が静まった。
しかし帰蝶はそこで止まらなかった。彼女の口から余語への疑念が、堰を切ってあふれだす。
「余語殿と何を話したのかを聴いても信長殿は『何も話していない。』とばかり。何を気に入ったのかと言っても『儂にしか判らぬ。』と申すし。それにしても、そもそも余語はどういう者か。私は美濃におる時にその者の名を聴いたこともない。」
 帰蝶のために尾張に入り、今この場にいる美濃衆には、若い余語盛種よりもずっと年上で重要な立場の者もいる。そして彼らも今、この場に一緒に座していた。おまけでついてきたような余語が来た早々にこの手の話題の中心になることに対して、この者達が嫌悪感を覚えぬはずかなかった。
「余語は、美濃の内部の話を信長殿に漏らしておるのではあるまいか。これで織田家の家臣になってしまえば、我々側はもう余語のことを咎めようもない。」
「もともと余語は尾張者ゆえ一族も織田家のいずれかに混じって仕えておりもしよう。斎藤家からすぐに織田家に乗り換えるにもためらいはなかろう。」
という話になっていき、余語が積極的に裏切っているという仮定がだんだんと確信の言葉へと変わり、その証拠ともいうべき理由づけの段階へと変わっていく。
自分で確信めいた疑問を提示しながら、返された人の言葉を真に受けまいと努める帰蝶の表情も硬い。

「ともかくも、余語殿と話をいたさねばの。」新右衛門がその場を収めようとした。
「それならば、信長殿が引きまわして、話す暇も与えてはくれぬ。」帰蝶が眉根を寄せて渋い顔をした。
「しかし余語殿と森殿は仲が良い。森殿、余語殿から何か聴いておられぬか。」新右衛門が付け足した。

「は…。」
急に話をふられて、与三は口をポカンとさせた。
皆が与三を見る。
与三は余語のことは仲良しどころか大嫌いだ。特に尾張に来てからろくに口もきいていない。彼をかばいたくもない。
「皆、早まりなさるな。そもそも余語が寝返ったとて、美濃においては片隅に居ただけの男、それがどれほどの事を信長殿にもたらせられようか。」
与三はそう言い、自ら深く息を吐いた。





第四十二話:「三間半(一)」    第四十四話:「三間半(三)」
 
 

Information

Date:2011/01/17
Comment:0

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。