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小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第四十四話:「三間半(三)」

 夜、森与三は客人として与えられた部屋に入って眠る。

いつものクセではあるが、狭い部屋の天井を見ていた。自分に与えられた、しかし自分の領地ですらないこの部屋の天井を。
『余語が…織田信長の家臣にとして迎え入れられて屋敷を手に入れるか…。』
胸の中を、何かがチリチリと焦した。着物をガバッと顔に引きかけて、与三は平和に眠らんと努めた。
これは嫉妬ではない。余語などのような小さい男に嫉妬するはずがない。
戦だ、戦のために自分はここにいるのだ。振り回されるな___。

 与三は大きな肢体をぎゅっと丸めていたが、考え込むうちに、余語のことについての事実がどのようなものか一応は把握しておくべきだと思い始めた。そう思いつけば早速に飛び起きて部屋を出て、余語が寝ているであろう部屋へ向かったのだった。

 その余語の一室だけ、灯りの漏れていた。まだ眠ってはいないようである。
そこから確かに余語の声を含む会話が聞こえてくる。会話の相手は誰なのか、あれこれと考えるのは性に合わない。
「森だ。話があるのだ。開けるぞ。」
と、言うが早いか与三は一気に戸板を開けた。

 その部屋の中にいたのは余語ただ一人であった。
薄暗い灯りの中、布団の上で何かを手にまるめこんで座っている。余語は眉根を寄せ、何事かという顔をして与三を見あげた。
与三はあっけにとられて「あれ。そなた、一人か。」と尋ねた。
余語はイラッとした顔になり、「この部屋に他に誰かいるように見えるのか。」と尋ね返した。

「誰かと話をしていたように思えた…。」
与三が部屋を見回しながらそう言うと、
「夢中になると独り言が激しくなるのだ。」と余語は答えて、急ぎたたんだ地図を自分の前に置き直して皺を伸ばした。それにつられて与三は座った。
「余語殿、そなたが四六時中 信長とベッタリなので皆がいぶかしんでおるぞ。」と心配するような口調で与三が吐く。
「知っておる。」
地図に視線を落としながら、ふてくされるように余語は返答した。

「しかも信長が北の方に、そなたのことを家臣にしたいと頼んだらしい。」
「それも、知っている。」
「そなたも了解済みなのか。」
与三は前かがみになって余語の顔をのぞきこむが、余語は目線を合わせようとはしない。ただ、足元に広げた地図から目を離さず「そうではないが、なるに任せる…。」とつぶやいた。
 与三は唖然とした。余語の視界に入りこむように右手を伸ばして織田信秀のいる末盛城を指さした。
「こいつ(信秀)は己の器量だけに頼って力押しで国をまとめて家の中のことも、国の中のことも、何も調えてはいない。今、病床にある信秀が死ねば息子(信長)は火の粉をまともに振りかぶることになる。屋台骨が折れれば国内外の均衡は一気に崩壊する。まず隣国の三河から今川が襲ってこよう。その三河からの脅威に押されて次々と今川に寝返る者が出てくることになる。さらに信秀が上下関係を曖昧にしたままの織田家に美濃から斎藤道三が割って入ることになる。その時にはそなたは美濃者から疎まれようし、逆に信長のごく傍には美濃者をよく思わぬ平手ら宿老もおる。必ず孤立するぞ。」
与三は一気にまくしたてた。
余語はゆっくりと顔をあげてようやく与三に視線を合わせた。余語は言葉を吐かなかったが、ひたすら与三の心理を伺おうとする目に、与三はいたたまれずに視線を逸らし上唇を噛んでそっぽを向いてじっと地図を見つめた。

「…まぁ、斎藤家でも目立たぬ存在のそなた一人が織田家についたところで何も変わりはせぬが。」

と、与三が半笑いすると、余語は怒ることもなく、
「そうだな。」
と独り言のように言い、却って与三を心底焦らせた。

周囲が予測していたほどすぐに織田信秀が死ぬことはなかった。
ただ、ジワリ、ジワリと皆にとって運命の転換期となる、天文二十年が近づいてくる。
年の末には余語盛種は斎藤道三に正式に赦しを得て、信長の断っての希望ということで織田家家臣としての地位を得た。信長は喜んで余語盛種に屋敷を与え、充分な俸禄を与えた。さらには美濃で人質となっていた家族も尾張に移って一緒に正月を迎えることになった。
しかし、家臣として正式に迎えられたとたんに、信長は余語に関心を示さなくなり、連れまわすことも一切なくなった。余語はたちどころにして孤立してしまった。

 一方では、この余語が斎藤道三の許可で正式に織田信長の家臣となったことが、美濃の長井隼人を激怒させ、斎藤家のほころびた縫い目を一気に引き裂くことになる。
森与三はそれまでの間、余語のことは重要でないととらえ、一度たりとも隼人に報告していなかった。

 実のところ余語は美濃斎藤家にいた頃から、織田大和守と長井隼人が密かに通じている事実を知っている。余語の一族は尾張にもいて織田家に仕えている者も多くあったからである。織田信秀が一族の大和守を警戒して斎藤道三と和睦した一方で、大和守と長井隼人の関係は続いていた。
 斎藤道三はその事を知らずに余語を織田家に引き渡した。いや、実際には、道三は信長との関係を崩すきっかけを作られたくないために、内心快くは思わぬままに娘婿のワガママを認めたのである。
一度認めてしまうとその後、織田信長による美濃者の引き抜きが、道三の許可のある正式な形で次々と行われることになる。長井隼人の怒りが、ほどなく尾張にも届くようになる。 




第四十三話:「三間半(二)」    第四十五話:『三左衛門』
 
 

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Date:2011/01/29
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