小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

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第五十話:「焼香(三)」

 
 父・信秀の死後、末盛城は弟の信行に譲られ、信長は居城・那古野城に戻っていた。
今に始まったことではないが、那古野城の政務のすべては宿老の平手が取り仕切っていた。信長が幼少のみぎりにこの城の城主となってより、ずっとそうだった。美濃から嫁いできた帰蝶には一切、城内のことに口出しをさせない。帰蝶はただ座っているだけでよい、信長の子も産む必要はない、という威圧的空気すら漂わせていた。
 織田信秀の逝去に合わせて平手は美濃国の動きにいよいよ目を光らせ、帰蝶やその周辺の美濃衆の動きを封じて斎藤道三との連絡を取りにくくした。
 織田信秀が斎藤道三との和睦をなすことに一役買ったのもこの平手であるが、平手個人としては、それほど帰蝶をよい嫁と思っていない風もあった。

 その帰蝶もまた、織田信長が留守の時には尾張の者達を避け、美濃衆に囲まれて時を過ごした。
「葬儀のみぎり、信長殿はお父上の仏前に抹香を投げつけたそうですな。」
「どうやらまことの話のようですな。」
そんな林新右衛門たち大人のボヤきに、帰蝶はいよいよいらだちを見せた。帰蝶もまた、そのことに心を痛めていた。
「あれでは跡目にふさわしくないと敵味方すべてに公言したようなもの。わが夫ながら情けのうて、情けのうて…。私でも恥ずかしい気持ちでいっぱいだというに、平手どのは、信長殿の養育者として恥ずかしくはないのか反省する様子が微塵もない。」
 同じ席にいた森可成は、違う感情でいた。信長は確かに、野遊びのいでたちで葬儀の場に現れ父の仏前に向かって抹香を投げたらしい。しかし、皆が信長をあれが例の大うつけよという中、ただ一人、筑紫から来た僧が「あれこそ国を持つべき人よ。」と言ったと聞く。
可成自身がその僧侶の根拠も真意も理解できないが、なぜかその僧侶の意見に立ちたい気持ちが強かった。
なぜだろう、信長をただの"うつけ"ではないと、自分の中の何者かが解釈したがっている。信長が”うつけ”と認めたがらない自分がいる。しかし、実際には信長は父が死んでも相変わらず湯帷子姿で馬を駆って野に遊んでいた。彼がうつけでないことを確信させるものがなかった。

「それにしても、平手め。何につけても自分の思うように動かし信長と私をないがしろにしてばかりではないか。父に思うように手紙も届けられぬようになってしもうた。信長殿はああだし、この先どうなるか心元ない。何ぞよい手だてはないかのう。」
帰蝶は平手に認められぬ悔しさも半分で、そのようなとりともない話が一刻近くも続いていた。

 皆、こうしている間に信長がこの城に戻っていていることは、部屋の外で見張る者が知らせるまで気づかぬほどであった。

 織田信長は、城の門を通って帰城し、そのまま玄関に入らずに庭を抜けて北の方に直行し、帰蝶のいる部屋をいきなり開け放ってきた。
 さらには円座していた美濃衆が「わっ」と声を立てる間もなく、首を縄で縛った鴨の死骸を投げ込み、皆を驚愕させた。信長の怒れる姿を目の当たりにして、美濃衆は一斉に凍りつく。

「どうした、皆で俺の悪口か。それとも尾張へ攻め入らせる算段か。」

信長は半笑いでそう口をきいた。
美濃衆は首を振って平伏した。帰蝶だけが、まっすぐに座ったまま凛として信長を睨んでいた。信長は死んだ鴨を今一度拾って帰蝶の前に落として「土産だ」とつぶやいたが、帰蝶の周囲一面に羽毛が散っても、彼女は動揺しなかった。
「殿、父君亡き今、このような毎日をお改めくださいませ。ご自分がどのように危うい立場かご存知ないのですか。まずは衣服を調え、髪を結い、城主らしくなさってくだされ。」

信長は「ほう。皆の前で夫に説教か。」と、口角をあげて、帰蝶の前にゆっくりと膝を立てて腰を下ろした。
「お前こそ、どのように危うい立場かわかっておるのか。このまま美濃がいつまでも安泰と思うておるのか。そなたの親父(道三)どのに何かあれば、お前もこの信長にとって役立たずの用なしになり、ここにおる家臣はお前のことを見向きもしなくなる。」
 帰蝶はいぶかしげにした。
可成も皆も傍で話を聴いて信長の発言が理解できなかった。ひねくれた脅しのようにしか聞こえない。
「どういうことでございましょう。」
「どういうことであろうな。楽しみにしておれ。」
信長の発言に、帰蝶は瞳孔を開かんばかりであった。振り返って美濃衆のほうを見てまた信長が言う。
「女の愚痴につき合うのは、大の男どもがすることではないな。そなたらの刀は既に鞘の中で錆びておるのではないか。」
そうして帰蝶の袖を振り払うように立ち上がって信長は部屋を去っていく。
帰蝶が「誰ぞ、殿をお引き留めなさい。」と言うと可成はつい、自分が立ち上がって信長を追った。信長は可成に気づいても構わずに早足で廊下を歩く。
「お待ちくだされ。さしでがましい口を聴き申すが、御台所様のお気持ちもお察しくだされ。誰もが今後を案じる時期、まだお父上の四十九日も過ぎておらぬのに信長様はかくのように毎日、野に出歩き殺生をいたし、喪に服してもおられぬ事に周囲がいぶかしく思うのは無理からぬこと。ご真意があるならどうぞ拙者にお聞かせくださいませ。」
 信長は一向に構わず廊下を突き進んでゆく。
そうした所、廊下の曲がり角で出会いがしらに信長と前田犬千代がぶつかりそうになってしまい、信長は立ち止まらざるを得なかった。犬千代は「ああっ、これは上様。粗相をお許しください。」と、腰を引いて信長に詫びようとするが、信長が不意に犬千代の腕をとったので、目をチカチカとさせつつ、目の前に立つ信長と可成を見た。

「わが父の四十九日を終えたら、森殿は林新右衛門の娘と祝言をなさるがよい。」信長は可成を見てそうつぶやいた。
「そのお話は…。」可成は英の話を出されてひるんでしまい、今度は可成の瞳孔が開かんばかりであった。
この話を蒸し返されるとは…動作の止まって返事に困る可成を、信長は黙って見ていたが、次の瞬間には「来い。」と犬千代に言い、その腕を引いて歩きはじめた。
犬千代は可成の事を気にして振り返りつつ、信長に連れられて歩いて行った。




第四十七:「焼香(二)」    第五十一話:『任運騰騰(一)』
 
 

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Date:2011/10/09
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