小説『森一族』

戦国時代を彗星の如くに生きた森一族の小説です。 SINCE:2008/9/20

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 
 

Information

Date:--/--/--

第五十一話:「任運騰騰(一)」

 
 信長は眠り浅くして五更を送っていたが、二日前から引き続く雨が更に激しさを増し、その雨音に目が覚めた。
更に外で何やら物音がして廊下に出てみれば、北の方の廊下で英が庭から見える月に向かって数珠を手にして怯えるように身体を固めてなかば雨粒を浴びて両手を合わせている。
「また、朝っぱらからあの女か…。こんな日にまで何なのだ。」
信長は頭をかきつつ、上腕をかきつつ、寝着一枚のまま部屋を出た。信長お付きの寝ずの宿直もうっかり眠ってしまったのか隣の部屋から出てこない。
 廊下を渡っていけば、板のきしみに英がハッと人に気づいて涙をふく。
そうして見上げれば、信長の仁王立ちした姿がすぐ真横にあった。英は恐怖に縮こまってガクガクと身体を回して信長に頭をさげて三つ指を立てる。緊張して声も出ない様子である。
「まるで化け物にでも遭うたような驚きようだの。」
「あの…御台(帰蝶)様は、まだお休みでございます。」
「そうか。」
信長がそのままストンと英の横に座りこんだため、英はますます恐怖に陥り、混乱していた。
「毎朝の如くそなたはこうして何を拝んでおるのだ。」
「…。え…。申し訳ございませぬ…。ご迷惑ならここではもう致しませぬ。」
「なぜ、謝るのだ。ただ、何を拝んでおるのかと尋ねただけだろう。」
英の顔がこわばった。
「御仏に日々を感謝し、今日の無事を祈っております。」
「ふぅん。父親も熱心な一向宗の信者と聴くがそなたもそうか。楽しいか。」
 信長は英が手にしていた数珠に指を伸ばし、その房をもてあそんだ。英はしばらく迷っていたが、恐る恐る口を開いた。
「小耳にはさんだのですが…加持祈祷をなさった僧侶を鉄砲で撃ち殺されたというのは誠ですか。」
信長は顔色も変えずにその言葉を聴いた。
「そなたの耳にまで入っておるのか。」
「なぜそのような酷いことをなさったのですか。」
「なぜとな…奴らは仏に祈れば父が助かると嘘を申したからだ。」
「それは僧侶のせいではございませぬ。お父君があの時、甲斐なく亡くなってしまわれたのは持って生まれた運命でございましょう。」
英は臆病者でありながらもその発言は大胆であり、まだ父の死から日を経ていない彼の心を切り刻むように踏みこんでゆく。信長はそれでも今日は穏やかであった。
「そうだな。実にその通りだ。」
と、肯定して黙っていた。沈黙の時が流れる。英はその雰囲気に堪え切れずに退出しようとした。
「儂の親父のせいで喪が明けるまで、そなたの祝儀が長引くな。」
と、信長が口を開いて、英は驚いてそのまま留まらざるを得なかった。
「もう、そのお話は無かったことにしてください。森殿にとっても私などが嫁ぐとは甚だご迷惑なお話です。本当を言えば御台(帰蝶)様が私を嫌っておいで故、早くこの城から私めを追い払いたいだけなのでしょう。ならば私は屋敷に戻ってもう出仕いたしませぬゆえ、どうかこのお話は無かったことにしてくださいませ。」
英の発言に信長は口をポカンと開けた。呆れた笑いなのか、ただの呼吸なのか、信長の両肩が大きく揺れた。
「なぜお前はそうやっていつも自分から悩みを探し歩くのだ。」
「どういう意味でございますか。」
英が一瞬気を取られたスキに、信長はその右手から数珠を奪った。英は驚いて奪い返さんと飛びついてゆく。
「それは母の大事な形見でございます。お返しくだされ。」
その言葉も聞こえないかのごとくに、信長は自分の懐に数珠をしまった。男性の胸肌に自分の分身の数珠がおさまった恐怖で英が泣きだしそうになる。
「僧侶は己の本分を尽くすのみを心がけず、それを超えた事を言い放ち、己の言葉に命をかけなかった。そなたも女に生まれた以上は、女の覚悟というものを持て。親父の喪が明ければ、森殿と祝言をあげ、子を産み、老いて死ね。その時には儂と御台所が介添人となる。よいな。」
英の両目からは涙が伝った。
「まずは数珠をお返しくださいませ。」
「はい、と言えば返す。」
「そんな…。私が嫁ぐことなど無理でございます。」
「親鸞は肉を食らって女を抱いたぞ。お前は念仏だけ唱えてただの肉塊として世を去る気か。」
 この二人の言い争いに部屋の中から帰蝶が何事かと出てきたので、信長は懐に数珠をしまったまま帰蝶の背中を抱いて部屋に入っていった。英はその場で震えを停められぬまま、無言を務めて泣き崩れた。

 帰蝶はしきりに「英と何を話していたのです。」と信長に問いただす。
信長もうすら笑みを浮かべて「使えぬな、あの女。」と言う。
「何がです。」
「はやく森殿の家に嫁がせて父と娘ともども森殿の里に入れるがよい。」
帰蝶は薄着の信長の両肩に、上着をかけてやった。
「そうですね。英が嫁げば私も肩の荷がおります。」
激しい雨音を避けてすべて締め切った板戸。部屋の中は夜と同じように暗い。帰蝶は夫の茶碗に白湯を注いで信長の前に置いた。
「それにしても長く続く雨ですこと。」
「困る。美濃で何かあってもこれでは狼煙があげられぬな。」
「これから、何か起こるのでございますか。」
「いや、たとえばの話だ。」
信長はゴクリゴクリ、とノド仏を動かし、白湯を飲み干した。
空になった茶碗を両手で回し眺めてもてあそぶ。
「稲葉山の親父どの(道三)から文はくるか。」
「はい。父は相変わらずのよし。」
「それならば、よい。美濃に狼煙があがることもなかろう。」
そう言うと信長は帰蝶の布団にゴロリと転がった。
「奥歯に物が挟まったような物言いをなさる。」
もうひと眠りしようとする信長の身体を、帰蝶はゆすった。
「話したいが、話せぬ。」
「何があるというのですか。殿。お教えくださいませ。」
「じぃからも、捨て置けと言われた話だ。子ネズミの企みごときでよもや道三殿に危険は及ぶまい、もう気にすまい。そなたもひと眠りいたそう。」
「殿!」
もはや帰蝶は血相を変えて信長をゆすり起こそうとしていた。

 
 ようやく那古野城内の者たちが起床しはじめた。森可成も城へ登れば、めずらしい者にはち合わせた。
「余語…」
斎藤道三の臣として可成と共に尾張に赴き、織田信長に気に入られて信長の家臣として正式に尾張に迎えられた余語盛種である。今は屋敷も与えられ、着物も日々柄を選ぶゆとりを持ち、萌黄色の着物を着こなしていた。城門までは馬上に傘をさして悠々と入ってきたのであった。雨に濡れた裾周りを自分の懐紙でぬぐっていた。
「森どの、久しぶりでございますな。」
「ほう、余語どの。ぬし、長らくこの城にもあがっておらぬようだが、生きておったのか。」
可成の冗談に取りつくこともせず、余語は真顔で話しかけてきた。
「森どのの里は蓮台村でございましたな。」
「それがどうした。」
「この雨で木曽の川が決壊してかなりの家と人が流されたようで、蓮台村も水に浸かったようですぞ。まだ、あのあたりには近寄ることができませぬが、お身内の無事だけでも確かめる手段を講じられたほうがよろしいかと。」
「え…。それは誠の話なのか。」
「上様(信長様)にお願いして、拙者を検分の使者に立たせていただこうと思うのだ。」
 可成は、織田信秀亡き尾張と美濃のことばかりに気を取られていたが、思いもよらぬ方向から足元をすくわれた。十代に稲葉山へあがって以来、可成はもう長い間、自分の郷里に帰っていない。父や家臣、村人達、そして愛しいお立がどうなったか皆目見当もつかないが、村を平然とひと呑みにする木曽川の威力は痛いほど知っていた。
想定したもの以上の敵が立ちはだかり、可成は目の前が真っ暗になる感覚を覚えた。





第五十話:『焼香(三)』    第五十二話:『任運騰騰(二)』
 
 

Information

Date:2011/11/27
Comment:2

Comment

*

こんにちわ偶然ここをみつけて読みあさってます 信長大好きでネット徘徊。森氏の立場からの視点がまた新鮮でまさしく道三はこうしておいやられたのかと目の覚める想いです。続きが読みたい!切に待望しております
2012/09/10 【みす】 URL #- [編集]

* みす様:

みす様:
こんにちは、みす様。
せっかく貴重なコメントをいただいているのに、チェックを怠ったり、ログインができなくなったりとで、大変遅い返信になってしまいました。本当に、本当に申し訳ございません。
拙小説を読みあさってくださったとは、なんてありがたい表現、嬉しい限りです。今自分で読み返すとところどころ恥ずかしすぎて心臓がムキューッとなっておりますが…。
この小説も、家庭の事情でなかなか更新する時間ができないでいるのですが、私自身は今もやる気満々です。
お時間がかかるかもしれませんがいつか再開しますので、その時にはまたよろしくお願いします。
本当に遅くなってしまってすみませんでした。
2014/11/17 【うきき(管理人)】 URL #- [編集]

コメントの投稿







 ブログ管理者以外には秘密にする
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。